118.狙撃手、リコッチと・・・
リコッチの顔を見つめる。
俺に抱きついたまま、ほんのりと上気した頬。俺を見上げる潤んだ瞳。
控えめに言って可愛い。
俺とリコッチは紛れもなく恋人同士だ。
だからそういう雰囲気になれば、そういうことに至ってもおかしくはない。
今から手を繋いでホテルに足を運んだとしても、それは極めて自然な流れだ。
だが・・・。
俺の脳裏に小さな疑念がこびりついている。
リコッチの将来的な幸せを考えるならば、10歳も年上のこんな平々凡々としたおっさんと、この先に進むべきではないのではなかろうか?
ここまでなら、まだ間に合う。
今ならまだ引き返せる場所にいるのだ。
リコッチは有り難いことに、今はこんなおっさんといることに幸せを感じてくれている。
だが恐らく将来的な幸せまでは考慮しているまい。
極めて冷静に、現実的に考えてみてほしい。
俺は今34歳だ。
つまり、あと僅か6年でもう40代だ。
言い訳のしようもなく、もはや完璧におっさん中のおっさん・・・あるいは、小さな子供から見ればおじいさんとすら呼ばれる年齢だ。
・・・いやおじいさんはないか?
まあそれはともかく。
逆にリコッチはまだ若い。
20代前半だ。
24歳だったはず。いや待て、23だったか?
正確に確認したことはなかったが、まあそれはいい。
ともかく俺などよりよほど多くの将来性がある子だ。
今、一時的に幸せだからといって、その輝くばかりの将来性を縛ってしまうのがいい大人のやることだろうか?
・・・いっときリコッチに嫌われたとしても、心を鬼にして突き放すべきではないか。
リコッチの視野を広げさせ、大きく広がる未来に目を向けさせてやることこそ大人の責務ではなかろうか。
そうだ。
本当にリコッチのことを想うのならば、今ここで――。
「センパイ」
思考の海に沈んでいた俺を、リコッチの声が呼び戻す。
「・・・どうした」
「またくだらないこと考えてませんか?」
「いや、くだらなくはない。リコッチの将来を」
「センパイ」
リコッチは両手で俺の頬を挟んで、強引に目と目を合わせる。
純粋で真っ直ぐな視線が俺を射抜く。
「センパイ。あのとき私が言ったこと、覚えてますか?」
あのとき。
一つしかない。リコッチが俺に告白したときのことだ。
「自分の幸せは、自分で決めると」
「そうです。私の幸せは、私が決めます」
「だがリコッチは今はよくても、恐らく将来の幸せまでは考えていないだろう?」
「どういうことですか・・・?」
眉を顰めるリコッチに、俺はよく言い含めるように告げる。
「リコッチは今、俺のことを好いてくれている。だが冷静に考えてみてくれ。あと僅か6年すれば、俺はもう40の大台だ」
「そうですね」
「何の取り柄もない平凡な40のおっさんだ。わかるか? 今のように好きでい続けられるか? リコッチはまだ若いんだ。今ならまだむぎゅ」
リコッチが俺の頬を、両手でむぎゅうっと強く挟み込む。
その瞳には怒りと――悲しみがある。
「センパイは私のこと、好きじゃないですか?」
「そんなはずはない。だが」
「おじさんだから何ですか? 私は10年後も、20年後も――100年後だって、センパイが好きです」
「――」
強い言葉だった。
胸に突き刺さる言葉だった。
リコッチの目には一片の迷いもない。
心の底から、ほんの少しの疑いもなく、言い切った言葉だった。
「センパイは・・・私のことを、信じてくれませんか?」
唇を噛むリコッチ。
俺に信じてもらえないことが悔しい。
そんな表情だ。
「・・・」
――そうだ。
何が年齢だ。
何がリコッチの将来のためだ。
そうじゃない。
単に俺が、リコッチを信じ切れていなかっただけだ。
これほどまでに外面も内面も素敵な子が、いつまでもこんなおっさんのことを好いてくれるはずがないと。
そのうちもっと心身共にスペックの高い男に乗り換えるんじゃないかと。
そんなふうに、心のどこかで思っていただけなのだ。
俺が、リコッチを、信じていなかった。
・・・。
・・・。
・・・。
俺はリコッチを思い切り抱き締めた。
「わ・・・! せ、センパイ・・・?」
よくわかった。
俺はリコッチを信用していなかった。
理解した。
ならば反省しろ。
リコッチは俺が好きだ。
一途なほどに好きだ。
疑うな。その想いを信用しろ。
反省したか?
したな?
ならば次はどうする?
決まっている。
行動だ。
リコッチの疑念を、悲しみを、払拭するのだ。
俺はリコッチが好きだと。
リコッチを信用していると。
きちんと伝えなければならない。
「リコッチ、済まない。俺はもうリコッチの好意を疑わない」
「センパイ・・・」
俺の言葉に、リコッチの瞳にじんわりと涙が浮かぶ。
不安だったのだろう。
当然だ。自分が好きな相手に、好意を疑われていたのだから。
だから俺は行動をもって、その不安を拭わなければならない。
俺はもう迷わない。俺は決断したのだ。
決断は行動をもって示さねばならない。
「リコッチ、行くぞ。今すぐだ」
「え、えっと、どこにです?」
「ホテルだ」
「ふえ・・・!?」
******
「あ、あ、あの・・・。よ、よろしくお願いします・・・」
カチコチに固まっているリコッチが、ダブルベッドの端っこにちょこんと正座している。
内装が過度にゴテゴテしていないオシャレなホテルだ。
リコッチを見る。
シャワーを浴びた直後なので、肌が仄かに上気して色っぽい。
しかし本人は緊張している。
俺も緊張がないではないが・・・年上として、それを表に出すべきではない。
ここは俺がリードすべきだろう。
「あ・・・」
リコッチの手を引いて、抱き寄せる。
じっと見つめると、リコッチは頬を染めて目を閉じる。
そっと唇を合わせる。
最初は軽く啄むように・・・徐々に、深く。
小さな音が部屋に響く。
そうしているうちに、リコッチの緊張も解れてきたようで、俺に身を預けるようにして、幾度も唇を重ねる。
本当にいいんだな?と聞こうとして・・・やめる。
リコッチの好意を疑わないと決めた。
ならば余計なことを問うべきではない。
俺はゆっくりと服を脱がせていく。
リコッチが恥ずかしそうに身じろぎをする。
けれど抵抗はない。
白い裸身が露わになる。
服の上から想像した通り・・・いや、それ以上に魅力的な肢体だった。
「リコッチ」
「は、はい」
「綺麗だ」
俺がそう言うと、リコッチは身悶えして、恥ずかしさを隠すように俺に抱きついてきた。
リコッチを落ち着かせるようにゆっくりと頭を撫でる。
それから・・・リコッチを押し倒した。
「あ・・・」
リコッチが赤い顔のまま目を逸らす。
俺はもう一度、唇を重ねる。
リコッチの肩から力が抜ける。
じっと見つめると・・・リコッチが、小さく頷く。
俺とリコッチは肌を重ねて、互いに温もりを交わし合った。




