114.狙撃手、オフ会に集合する
目覚ましが鳴る。
ベッドから起きる。
欠伸を一つ。
ぐっと身体を伸ばす。
顔を洗う。
簡単にハムエッグを作って朝食を済ませる。
歯を磨く。
髭を剃る。
服を着る。
髪を整える。
よし、いいだろう。
今日は週末。オフ会の日だ。
俺は別にイケメンではないただのおっさんだが、身だしなみをきちんと整えることは大切だ。
人間、中身が大事ではあるが、そうはいっても初対面の人に良い印象を与えるためには第一に身だしなみなのだ。
いやまあゲーム内でフレンドだから初対面という気は全くしないが・・・。
そうであっても楽しみではあるし、僅かばかりの緊張もある。
今後もゲームでフレンド関係を重ねていく以上、リアルでもきちんと仲良くなっておきたい。
最低限、悪印象は与えたくないという意味での緊張だ。
とはいえ30代のおっさんにもなると、当日にジタバタしたところで意味がないことも理解している。
失礼なことをしないよう、ごく普通に接すればいいのだ。
大人としてのマナーをわきまえていれば、大抵の場面で問題は起こらない。
ゲーム内でのダンチョーは、銀髪イケメン細マッチョだ。
そしてクッコロはプラチナブロンドのすらりとした凛々しい女性だ。
どちらもモデルにいてもおかしくない。
しかしまあ、あくまでゲームにおける容姿なので、リアルよりも多分に盛っていることだろう。
リコッチもゲーム内だと、髪の色をリアルより明るくしているしな。
レッドは赤髪の青年だった。
ただリコッチによると学生ということだったから、リアルはどちらかというと少年といった風体であろうと予想できる。
青年キャラを作ったということは、ちょっぴり背伸びしたいお年頃なのだろう。
そんなことを考えながらマンションを出る。
しばらく電車に乗らなければならないが、この時間なら余裕を持って着けるはずだ。
本当はリコッチと一緒に行きたかったのだが、何でも市役所かどこかに寄ってから行くらしいので今日は現地で待ち合わせだ。
******
電車を乗り継いで、駅前のロータリーに着いた。
ここが待ち合わせ場所だ。
初めて来る駅だが迷わずに済んでよかった。
しかし何だろう、この妙に幾何学的なモニュメントは・・・。
目立つしわかりやすいからいいんだが。
周囲を見回すと、やはり休日だけあって人が多い。
家族連れ、カップル、友達同士といった団体が特に多めだ。
まあ一人で来るような場所じゃないもんな。
「ケンタロ!」
そんなことを考えていたら、横合いから声をかけられた。
俺は振り返り――目を見開く。
「やあケンタロ、初めまして」
プラチナブロンドの髪をなびかせた美男美女が、親しげな笑みを浮かべていた。
俺はしばらく呆然としてしまった。
誰かはわかる。
ダンチョーとクッコロだ。
いやしかし・・・。
盛るどころかゲームそのままのイケメンと美女だ。
まるでファッション雑誌から飛び出してきたモデルのような風体だ。
笑顔がキラキラして大変眩しい。
ダンチョーは清潔感のあるジャケットスタイルで、クッコロはスラッとした格好良いパンツスタイル。
平凡なおっさんの俺とはあまりにも比較にならない。
「・・・ケンタロ?」
クッコロが凛々しい美女スマイルを浮かべて首を傾げる。
女優もかくやというシャイニングオーラを発している。
完璧だ。
これに見惚れない男はいないと断言できるほどだ。
「ああ・・・すまん。初めまして。ケンタロだ」
「ははは。ゲームのキャラそのままなんだな。何だか安心感があるよ」
「ふふっ、本当に」
眩いスマイルを放つ2人と、それぞれ握手を交わす。
俺はようやく心が落ち着いてきた。
「いや驚いた。2人とも外国人だったんだな」
「ああ、母がスウェーデン人だからね。2人とも母方の血を色濃く継いでるんだ」
「・・・2人とも?」
「言ってなかったかい? 僕とクッコロは兄妹なんだ」
「なにい・・・!?」
2度びっくりだ。
そうか、だからいつも一緒にいるのか。
どうも恋人同士という雰囲気でもないと思っていたが、兄妹だったのか。
俺は改めて2人を見比べる。
言われてみると似ていると言えなくもない。
煌めくようなプラチナブロンドの髪は、確かに北欧の人間の血が濃いことを示すものだ。
しかしスウェーデンか。
首都がストックホルムであることしかわからない。
人口も知らないし、特産も知らない。
公用語は何だ? スウェーデン語でいいのか?
ああ、税金が高い代わりに社会保障が整っていることは知っているな。
まあそのあたりは話のネタとして後で聞けばいいだろう。
「スミマセン、お待たせしましたーっ!」
後ろから元気な声が飛んできた。
振り返るまでもなくわかる。
思わず頬が緩んでしまうハツラツとしたこの声はリコッチだ。
「センパイ、こんにちはっ!」
リコッチは俺の横まで駆けてくると、にこっと笑いかけてくれる。
今日を楽しみにしていた様子が窺える、上機嫌な笑顔だ。
ふわふわの淡色フレアスカートが可愛い。
「やあ、リコッチ」
「会えて嬉しい」
「わっ、わわー! 初めまして!」
ダンチョーとクッコロに挨拶されて、目を白黒させるリコッチ。
気持ちはわかる。
さっきの俺もそんな顔をしていたはずだ。
「会えて嬉しいですっ。ダンチョーめっちゃイケメン! クッコロさんかっこよすぎ!」
「ははは、ありがとう」
「リコッチはゲーム以上に可愛いな」
3人がにこにこしながら握手を交わしている。
リコッチの容姿も非常にレベルが高いため、この3人の周りだけキラキラオーラが発散されている。
周囲の通行人たちがちらちらとこっちを見ている。
どいつもこいつも、まず3人を見て目が釘付けになり、次に俺を見て「何でこんなおっさんが?」みたいな表情をしている。
まあな・・・。
俺が通行人でもそう思うだろう。
容姿の面でいえば、明らかに俺だけ場違いだ。
虚しい。
と、ふと手に温かいものが触れた。
リコッチがきゅっと俺の手を握っていた。
リコッチを見ると、にこりと笑み。
何といういい子だ。
「2人とも仲が良いな」
「ああ、見てて微笑ましい」
ダンチョーとクッコロが、嫌味のない本当に微笑ましいものを見る目で俺たちを見ている。
リコッチがちょっと赤くなって照れている。
何だかくすぐったいな。
「よう」
横から声がかかった。
視線を向けると、勝ち気な目をした少年が立っていた。
恐らく高校生くらいだろう。
ちょうどイキりたい盛りの年齢だ。
「やあレッド」
ダンチョーが温かい笑みで迎える。
そうだな。人数的にこいつがレッドに違いない。
ゲームでは燃えるような赤髪だったが、リアルでは黒髪を染めて茶髪にしてある。
「あんたがケンタロか」
じろじろと上から下まで睨まれる。
やはりあまりいい印象は持たれていないようだ。
まあそれは別にいい。
「初めまして、レッド」
「ああ」
ちょっと尊大な態度を取るレッド。
うん・・・微笑ましい。
そうなんだよな。中高生くらいのときって、全能感があるんだよな。
何というかこう、物事は自分を中心に回っている感覚というか。
特に根拠はないが自分は特別だという意識があるのだ。
「ええと・・・レッド? 初めまして」
「! リコッチ・・・!」
リコッチが控え目に挨拶をすると、レッドは目に見えて顔を輝かせる。
そりゃあもうキラキラと。誰がどう見ても恋する少年だ。
俺のときとはえらい違いだ。
やはりリコッチのことが大好きらしい。
「レッドだ! リコッチ会いたかっ・・・・・・?」
勢い込むレッドの視線が、リコッチの顔から腕へとゆっくり移動し・・・俺と仲睦まじく手を繋いでいるところでピタッと止まる。
「・・・リコッチ?」
「あ、ええと、その・・・私、センパイと付き合ってて」
リコッチが恥ずかしそうに、繋いだままの手を軽く揺らす。
「・・・こんなおっさんと?」
「こんなじゃなくて、ケンタロセンパイだよ」
「・・・付き、合って・・・?」
「うん」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
ダンチョーが慰めるように、レッドの肩をぽんぽんと叩く。
クッコロが苦笑している。
レッドは燃え尽きたように真っ白になっていた。




