11.狙撃手はただの社畜である
「んむ・・・」
俺は職場の椅子でぐーっと伸びをする。
長時間PCに向かっていると、どうにも肩が凝っていけない。
すっかりVRゲームにハマっている俺だが、リアルでは一般社畜・田嶋健太郎だ。
きちんと毎日仕事に行っている。
仕事をしないと食っていけないからな。
少し休憩するかと思い、給湯室に赴く。
棚から安物のインスタントコーヒーを入れる。
コポコポと音を立てて湯気が立ち、カフェインの香りが鼻孔をくすぐる。
やはりカフェインは落ち着く・・・。
「あっ、センパイ! お疲れ様です!」
不意に背後から、鈴を転がすような声がかけられる。
声色だけで人を涼やかな気持ちにさせてくれる、お得なスキルを持った後輩ちゃんだ。
「ああ、お疲れ。理子ちゃんも休憩か?」
「そうなんですよー。もう肩が凝っちゃって」
あははーと笑う後輩ちゃん、もとい理子ちゃん。
栗色の髪を綺麗に肩で切り揃えて、目はくりっとして快活な印象を受ける。
そして印象通りに快活だ。顔もやや童顔だが可愛い。
もちろん印象がいいということは、職場での人気も高い。
いくつだったかな?
俺より10歳くらい年下だった気がする。
本来なら接点のない年齢差だが、ゲームという共通の話題があるのでたまに盛り上がっている。
この職場、ゲーム好きな人間が少ないからなあ・・・。
ちなみに嫌味なクソ上司は、典型的なゲームをすると頭が悪くなると思い込んでいる石器時代の人間である。
「コーヒーでいいか?」
「あ、スミマセン! 砂糖多めでお願いします!」
「おう」
コーヒーをもう一杯作り、紙コップを差し出す。
それを受け取って、理子ちゃんはにこーっと笑った。
「相変わらず笑顔が眩しいな」
「センパイは相変わらず目つき悪いですねっ」
「うるせえ」
「あははー」
ふーふーとコーヒーを冷ましながら飲む理子ちゃん。
この子がちょっと毒を吐いても嫌味に聞こえないのは、やはり人柄というやつだろう。
「と・こ・ろ・でえ」
理子ちゃんがにまっと笑う。
ああ、聞きたいことはわかっている。
「どうですか、センパイ?」
「いや、参った。お前の言う通りだった」
「でしょ? ハマりますよね?」
「完璧にな。いいストレス解消になっている」
「やったあー」
喜ぶ理子ちゃん。
そう、この子が俺にEarth World Onlineを勧めてくれた後輩ちゃんだ。
理子ちゃんはこう見えてかなりのゲーマーだ。
それもRPG系(アクション含む)を好むタイプのようだ。
やっぱり花嫁は幼馴染ですよね!お金持ちのお嬢様じゃなくて!と力いっぱい主張してくれたのは記憶に新しい。
俺は1周目にどっちかを花嫁にしたら、2周目は逆をする人間だから、正直そこにこだわりはないんだが・・・。
ともかく理子ちゃんも、VRゲームには大いにハマっているらしい。
「センパイは何の職にしたんですか? やっぱり一番人気の剣士ですか?」
「剣士が人気なのか?」
「そうですよっ。もしかしてセンパイ、始める前に攻略サイトとか見てないんですか?」
「さっぱりだな」
「そうなんですねー。このサイトとかわかりやすいですよ」
理子ちゃんがスマホを取り出して攻略サイトを見せてくれる。
何々・・・。
初心者にオススメの職。
オススメの武器。
オススメのスキル振り。
オススメのクエスト。
オススメの攻略ルート。
オススメのボスの倒し方。
・・・。
・・・。
うーむ・・・。
これ、楽しいのか?
確かにわかりやすいし、この通りに進んでいけば楽だ。迷うこともないだろう。
だが自由度の高さが売りのVRゲームで、他人がご丁寧に敷いてくれたレールの上を、みんなしてトコトコ歩いていくだけのプレイが楽しいのか?
あれこれ試行錯誤しながら、成功と失敗に一喜一憂して少しずつ攻略を成し遂げていくようなプレイはもう時代遅れなのだろうか。
まあ、俺が三十路のおっさんだから時代に取り残されているだけかもしれん。
そもそも俺は、人に何か説教できるほど偉い人間でもないしな。
「わかりやすいけど、俺は攻略サイトなしでプレイするよ」
「そうですか?」
小首を傾げる理子ちゃん。
「ああ。何ていうか、自力で試行錯誤しながら進めていくスタイルのほうが、俺としては楽しめそうでな」
「おお・・・!」
何故か目をキラキラさせる理子ちゃん。
「センパイ! 尊敬します!」
「な、何だ急に?」
「そういう楽しみ方ができる人って、ゲームを楽しんでるなあっていうか、とにかく何かすごいなあって思うんです! 尊敬ですよ!」
「そ、そうか?」
「そうですっ」
何が理子ちゃんの琴線に触れたのか知らんが、まあ褒めてくれているようだし、いいだろう。
「ああ。理子ちゃん」
「はい?」
「明日の昼飯奢ってやるよ」
「えっ、ほんとですか? どういう風の吹き回しですか?」
「いいストレス解消を教えてくれた礼だ」
「やったあー。そういうことならご馳走になります!」
ぴょんっと喜ぶ理子ちゃん。
表情が豊かで見ていて飽きない。
「じゃあ明日の昼休みな。そろそろ休憩を終わらんと、また上司に嫌味を言われる」
「あっ、そうですね。ではまた!」
「ああ」
理子ちゃんは軽く手を振り、給湯室から出てこうとして・・・くるっと振り返る。
「センパイ!」
「あん?」
「ゲーム内でも会えるといいですねっ」
「ああ」
理子ちゃんは朗らかに笑うと、小走りに去っていった。
うーん、ゲーム内か・・・。
狙撃手の俺はパーティプレイに向かないし、個人的にソロプレイのほうが好みに合っている。
会うだけならともかく、パーティを組もうとか言われるとお互い得がないだろうなあ。
まあそこは、もし言われたらそのときに考えよう。
さて、俺も憂鬱なマイデスクに戻るとするか。
 




