その日、男の娘になった。
きっかけは文化祭の出し物であった。
文化祭で行われるクラスの出し物で何をするかもめていた時、男子が「メイド喫茶」とか「コスプレ喫茶」などを提案したの対し、女子は「女装喫茶」など提案してきた。
散々もめた結果「性別交換喫茶」に決まった。男子が女装、女子が男装するのだが男子はスカートに履きなれていないせいか、ブーイングが飛んできたが、決まったことなので従うしかなかった。
僕はもともと姉や妹に着せ替え人形にされて、近所はおろか、駅前まで歩かされてきたので、女装には充分慣れてきてはいるのだが、問題は他の男子だった。
一人っ子、兄弟がいても姉や妹がいない人には生き地獄もいいところだった。
これから簡単な自己紹介をする。僕は宮下雄太、高校1年生で中学生の妹が一人、高校生の姉が一人っていう感じで、二人とも正直性格がよくありません。
冒頭にも話した通り、姉と妹に着せ替え人形にさせられ、外を歩かされ、おまけに写真を撮り、ネットに上げるので、本当に始末が悪いのである。
姉はSNSに僕の写真を載せて「彼氏募集!」とか「妹とデートしてくれる優しいお兄ちゃん、待っているよ」と投稿していて「いいね」をつけてもらっている。
服装も自分の制服や体操着、普段着などバリエーションはさまざまである。
足のサイズも妹とほとんど変わらないので、妹の靴を履かされることは日常茶飯事であった。
冬に慣れない姉のブーツを履かされ、転びそうになったこともしばしばあった。
普通の女性なら間違いなく嫌がるところを逆に面白がってやるので、本当に始末が悪い。
最初は着ただけの女装が、今ではメイク、カラコン、ウィッグ、シリコンパッドなど用意して完全に女性に近い状態にしていた。
声まで裏声を出す訓練もさせて、僕に何を求めてきたのかわからなかった。
さて話を文化祭に戻すが、準備を着々と進めていった。
衣装、教室の飾りつけなど少しずつ進めていった。
時には夜遅くまでかかり、先生がお菓子やジュースなどを差し入れてくれた日もあった。
そして、文化祭当日がやってきた。
みんな衣装に着替え、メイクやウィッグをやっている時、僕のクラスに姉がやってきた。
姉の和子は大き目の手提げ袋を用意して僕の教室へやってきた。
「姉さん、風紀委員の仕事は?」
「その前にやることがある。雄太、メイクまだなんでしょ?お姉ちゃんがやってあげる。」
僕は言われるまま、姉に連れられてメイクをしてもらうことになった。
姉は手提げ袋から妙な被り物を取り出して僕の頭を覆うようにかぶせた。
「お姉ちゃんが『いいよ』って言うまで目をあけちゃだめだよ」と言って、メイク道具とウィッグを取り出して黙々とメイクを続けて行った。
「終わったから目を開けていいよ。」
姉から手渡された鏡を見たら、驚くほど可愛くなっていた。
そして仕上げに白のレースの手袋を用意して僕の手にはめた。
「これで完璧。さ、みんなのところへ行ってらっしゃい。お姉ちゃん、この後風紀委員で校内を巡回するから。」
姉はそれを言い残していなくなっていった。
みんなの前に行ったら、僕の女装を見るなり早速デジカメやスマホのカメラで写真を撮り始めた。
「お前の姉ちゃん、メイクのプロだよ。どうやったらこんなに可愛くなれるんだよ。」
「僕に言われても・・・・」
「照れてる姿もかわいー!!」
クラスのみんなは僕の方に注目していた。
今被っているシリコン製のフィメールマスクのおかげだった。
しかし、唯一の欠点があった。呼吸と会話が若干不便であった。
でも頑張って慣れるしかなかった。
僕と内山洋子は看板をもって呼び込みをやっていた。
「ねえ、これってシリコンマスクなんでしょ?」
「うん。」
「黙っておいてあげるから、あとで被らせてくれる?もちろん、ただじゃないよ。私の制服、靴、体操着を貸してあげるから。」
「いいよ。その代り、文化祭終わったらでいい?」
「うん!じゃあ、後夜祭で。」
内山洋子は小学校4年生からの付き合いだった。
元々は岐阜の多治見から親の仕事の転勤で横浜に引っ越してきた。
最初は方言を使ってきたので、聞き取りにくいのもあったり、男子からからかわれていたこともあったけど、今では標準語を使うようになってみんなと馴染んでいる。
僕的には方言使ったほうが可愛いから、使ってほしいと思っていたけど、本人が恥ずかしいからという理由で使わなくなった。
そろそろ休憩時間なので、交代をお願いをしようとしたら、中がすごいことになっていた。
「お前ら、どんな呼び込みをした?すごい忙しいんだけど。」
「普通に看板もって立っていただけ。」
「それで、こんなに客が来るのか?」
結局休憩を30分ずらして手伝うことになった。
休憩時間は内山と回っていたが、なぜか僕と内山が一緒に回っているだけで、充分に宣伝になっているみたいだった。
文化祭が終わり、後夜祭になったので僕は制服に着替えてマスクとウイッグを内山に貸した。
内山は鏡で自分の顔を見てうっとりしていたので、半ば強引に内山の手を引っ張って、後夜祭に参加させた。
「なあ、宮下の隣にいつ奴誰なんだ?かなり可愛くねえか?」
「ダンス、誘ってみないか?」
「だめだ、宮下が邪魔しているから無理だ。」
「ちくしょう、あんな女装趣味のどこがいいんだよ。」
そういう声を無視して僕と内山はフォークダンスやゲーム大会大会などを楽しんだ。
文化祭が終わり、衣装は演劇部に寄付するか、持ち帰るかという結果になったが、僕と内山は持ち帰ることになった。
やはり、こういうのって何かの思い出になると思ったからである。
1週間後、クラスで写真が出来上がったと言うので、とった写真を見せ合いしたり、交換もして、思い出話にひと花咲かせていた。
その中で僕の女装の写真だけが、なぜか飛ぶように売れていた。
クラス委員の近藤博美さんが興味深々な目つきで僕に近寄ってきて「宮下君、あの可愛いメイクどうしたの?」
「実は姉さんが用意したフィメールマスクを被らされていたんだよ。シリコン製で顔にフィットする分、少ししゃべりにくい欠点もあるんだよ。興味あるの?」
「ちょっとね。お姉さん、どこで入手したか分かる?」
「たぶん、ネットだと思う。スマホでも買えると思うから」
「ありがとう。あ、そうそう。宮下君、知り合いの店で男の娘カフェやっているの。ちょうど欠員も出たことだし、良かったらやってみない?バイト代も高いから。」
「やってみようかな。フィメールマスクって大丈夫なの?」
「たぶん大丈夫だと思う。一応聞いてみるね。」
翌日の夜、近藤さんからバイトの件のことで電話が入ってきた。
フィメールマスク、衣装の持参が大丈夫という了解を得た。
次の日の放課後、制服姿で面接に向かい、来週からバイトを始めることにした。
帰宅後、姉に頼んでフィメールマスクと服を貸してもらうことになったのだが、マスクは貸してもいいが、服は貸さないと言い出した。
妹に頼んでも答えは同じだったので、マスクだけ借りて服は内山に交渉に当たってみた。
しかし、結果としては遊びならまだしもバイトで着るとなると話が違うということになったので、マスクとウィッグだけを借りることにした。
バイト初日、店長は本名をさらすとイメージが崩れるという理由で店にいる間だけ、別の名前を付けてくれることになった。
僕の場合「雫」という名前になった。店長がやってきて「みなさーん、今日から一緒に働いてくれる可愛い子を紹介するね。名前は雫ちゃん。じゃあ、自己紹介お願いね。」
「雫です。今日から一緒に働かせていただきます。どうかよろしくお願いします。」
「雫ちゃんはサファイアちゃんと一緒にお店を掃除するところから始めてちょうだいね。」
僕はサファイアと呼ばれる子と一緒に店の掃除をやり始めた。
「雫ちゃんって、文化祭にいなかった?」
「うん。」
「やっぱり?俺、その時客になって参加していたよ。とにかくよろしくな。あ、そうそう。ここでは店長以外はみんな先輩であろうと、後輩であろうとみんな『ちゃん』づけが当たり前だから。間違っても敬語や『さん』づけは禁止だから。
サファイアと呼ばれた子は僕にそういって掃除を終わらせて、開店の準備を始めた。
お客さんの半分以上は女性だった。
基本は笑顔で迎えて、満足するサービスをすることだった。
準備中や定休日には新しいサービスを考えることもあるが、基本は店長自ら考えることが多かったので、僕らの出番はそんなに多くはなかった。
バイトを始めて、最初のクリスマスがやってきた。
お店ではクリスマス一色に染めて、盛大に盛り上がっていた。
店を早めに閉じて店長がケーキを用意して、従業員だけのパーティもやってくれた。
学校も冬休みに入り、バイトも忙しくなった。しかし、家の正月の準備もあったので、そこだけは外してもらうことにした。
正月は基本的におせちとお雑煮やら、お菓子などをたべてまったりと過ごしていた。
正月が明けて、バイトの日々が始まった。
学校ではすでに僕のバイトのうわさが流れてきて、みんなで店にやってくるものだから正直驚くだけであった。
「皆さん、雫ちゃんの学校のお友達なんだね。今日はサービスしちゃうから。」
「よかったら、一緒にバイトしてみない?給料高いわよ。」
「一応検討しておきます。」
クラスの吉田信二はうまく逃げた。
「雫ちゃん、お友達にジュースだしてあげて頂戴。」
「僕たち頼んでいませんよ。」
「いいの、今日は店のおごりだから。」
「ありがとうございます。」
バイトの帰り、店長の紹介でニューヨークに本格的なメイクとモデルの修行ができると聞いたので、思い切って渡米を決意した。
その翌年には英語の猛特訓が始まり、バイトをやめて英会話スクールへ通って、卒業までに英語をマスターすることを目標にした。
姉は大学生になり、妹は高校受験で忙しくなった。
僕は毎日部屋にこもって英会話の勉強に集中した。
そして、卒業式がやってきた。
みんなで記念撮影をしたり、打ち上げをして楽しんだあと、僕は渡米の準備をした。
そして出国の準備が来て、僕は皆に見送られながら飛行機の搭乗ゲートに向かい、ニューヨークへ向かった。
お話は4年後に飛ぶ。
日本ではファッション雑誌を片手に話題を盛り上げている人を見かけるようになっていた。
「洋子、今月号買った?」
「まだだけど。」
「トップに載っているのって、あんたの彼氏じゃないの?」
内山は友達から雑誌を借りてトップの記事を見てみた。
確かに載っているのを見て、内山は僕だったことに驚いていた。記事には「あの、男の娘モデル雫ちゃんが女装の歴史を大きく変える」と書いてあった。
さらに読んでみると、「フィメールマスク、素顔、どちらの顔も女性のハートをわしづかみ!」と書いていて内山は驚いた表情で読み続けていた。
一方僕はというと、すでに帰国しており、モデルの事務所に所属してマネージャーとスケジュール調整を行っていた。
今月は久々に仕事がオフだったので、家の近所を歩いていた。
児童公園に近寄ってみると、内山が熱心に雑誌を読んでいたので、後ろから肩をそっと叩いた。
びっくりして振り向くと、僕がいたことにさらに驚いていた。
「宮下君、いつ帰ってきたの?」
「先週かな。」
「もう、帰ってきたなら一言えばよかったのに。」
「悪い。何かおごるよ。」
「じゃあ、久々にあのマスク貸してよ。そしたらチャラにするから。」
「じゃあ、デートしてくれる?」
「うん。」
僕は家からフィーメールマスクを用意してその上からウィッグを被らせ、メイクもして自然な感じに見せた。
そのまま近所を歩いたり、バスに乗って駅前で買い物や食事を楽しんだ。
翌月には内山の誕生日だったので、フィメールマスクとウィッグをプレゼントした。
「これで、いつでも変身できるよ。」
「ありがとう。」
次の日、内山は早速マスクとウィッグの姿で僕のところにやってきた。
「どう?」
「とても似合っているよ。」
「良かったらこれからデートしない?」
「いいよ。どこへ行く?内山の行きたいところならどこでもいいよ。」
「ありがとう。実は駅前にできたケーキ屋さん。」
「じゃあ、行こうか。」
バスに乗って駅前のケーキ屋さんでケーキを食べた後店を出て、その足でブティックで買い物したり、CDショップで新曲をチェックして家に帰ることにした。
「今日はありがとう。このマスクとウィッグは大事にするから。」
「実は僕、明日からモデルの仕事で忙しくなるんだよ。でも、また暇になったら会えるようにするから。」
「今度はどこで撮影するの?」
「うん。今度は奥多摩かな。大自然をテーマにした撮影だから。」
「そっか、頑張ってね。また女の子になるの?」
「うん、それが僕の姿だから。」
「雑誌が出来たら、買うよ。」
「ありがとう。」
次の日から僕はモデルの仕事に専念することになった。
来る日も来る日も。
ライバルには絶対に負けない。そう思った。
翌年の春、久々に同窓会が行われた。
懐かしい顔ぶれに会うのだから、少々緊張気味。
クラスのほとんどは結婚したり、家を出て一人暮らしをやっている人が多かった。
「よ、近藤久しぶりじゃねーかよ。元気してたか?」
「まあね。宮下君こそ日本に帰ってきて、少しは成長したの?」
「ああ。」
「そうそう、私結婚して吉田博美になったの。」
「吉田って、吉田信二と結婚したのか?」
「そうだよ。」
「いつ結婚したの?」
「大学卒業してから。私達、大学も学部も一緒だったから」
「そうなんだ。」
「そうだよ。宮下君も早く内山さんと結婚しちゃいなさいよ。もたもたしていたら他の男に取られちゃうよ。」
「そうだな。」
僕は勢いに身を任せて、その場で内山に告白する羽目になった。
「内山、実は僕、君のことが好きだよ。できれば結婚したい。返事は急がないから。」
「ありがとう。実は私も宮下君のことが好きだったの。これからもよろしくお願いします。」
大胆な告白で会場は一気に盛り上がった。
翌月には両親の了解を得て、区役所に婚姻届を提出した。
内山洋子はその日から宮下洋子に変わった。
それと同時に僕の男の娘生活にピリオドを打とうと思った。
振り返れば、姉や妹に女装の着せ替え人形にされたことから始まり、文化祭、男の娘喫茶でのバイト、アメリカでの修行となり、帰国して女装モデルをやっていたが、これからは純粋に男性モデルに専念してもいいのかなと思い始めていた。
終わり