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95 マネージャーの悪巧み1

 高寺も同じことを感じたようで、俺と視線があうと、小さく目を見開いた。


「舞ちゃんの思惑、早速外れて安心だね」

「まあな。桜木町のババアが案外まともなこと言うのには腹立ったけど」

「やー、あたしからすれば木の棒投げられないだけでいいや。あれ、痣3日消えなくて、撮影のときすっごい怒られたんだもん」


 そう言って笑いつつ、高寺はデミグラスビーフカレーをパクパク食べていく。お腹が減っていたのか、もう完食だ。俺はまだ半分くらいしか食べていない。


「あ、これも撮っとこ」


 つぶやくように言うと、高寺はカラになった皿をパシャリとスマホで撮影する。


「それなんのために撮ったんだ?」

「あー、ツイッター。ちょっと前に始めたんだよ、事務所に許可もらって」

「あー、そうらしいな」

「え、なんで知ってんの! 情報はやくない!?」


 高寺が驚きつつ、そしてなぜか急ににやける。


「あ、わかった若ちゃん、もしかしてあたしのこと気になって調べてたんだなー?」

「は、ちげーし」

「照れなくていいってば! あたしの写真こっそり見てかわいいとか思ったり、今だって、『あー、なんかこれデートみてーだ』って思ってるだろ」

「いで、背中叩くなって。本天沼さんに見せられただけだよ」

「『若宮くん、これまどちゃんの個人情報なんだけど……』みたいな感じで?」

「ほぼそんな感じだよ。てかモノマネ、本天沼さんのもできたんだな……」


 謎の彼女ヅラをしてきたり、背中を叩いてきたり、挙げ句の果てに新作モノマネ(しかもかなり似ている)を披露してくるなど、やはりこの子は忙しい。


「なーんだ。ま、そうだろうと思ったけど」


 だが、にひひと嬉しそうに笑う姿を見ていると、俺も注意する気がなくなる。


「ツイッターもともとやりたかったんだけど、なんか承認制で、研修とか最初に受けないといけなくて」

「へー、そんなんあるんだな」

「ツイートしちゃいけない情報たくさんあるしね。それに、もともとうちの事務所、まあ声優事務所ってどこもそうなんだけど、わりと頭が固い人が多くて。先輩方に聞くと、ちょっと前まではSNS解禁反対派も多かったらしい」

「今の時代、SNSやらないほうが不自然な気がするけどな」


 とか言いつつ、自分は中2のあの一件以降、アカウントすら持っていないのだが。


「入ってみて思ったけど、声優業界ってわりと古風なんだよね。リスクをおそれて、新しいことをやらない的な。風邪を引かないためにずっと家に篭ってる人が不健康なのは誰でもわかるけど、仕事ではありがちみたい」

「なるほどね」

「でもそれを美祐子さんとかが変えてったらしい。炎上リスクを恐れてなにもしないのは、炎上リスク以上のリスクがありますよ、とか言って」

「商売的にはそうかもな。機会損失って言うんだっけ?」

「そそ」


 話が通じたのが嬉しかったのか、高寺がニコリと笑う。


「ま、、あたし田舎出身だから、そういうチャレンジしない、現状維持を良しとする空気って微妙にわかって」

「そういうのあるんだな」

「まあママが経営者だったり、ソフトで県外の高校行く子とか多かったりで、周りは先進的な人も多かったんだけどさ」

「そっか、高寺のチームメートも違う高校に行ったりしたんだな」

「そ、そうかな? うん、まあそうだね。ひ、人にもよるんだけどさ」


 そこで、なぜか高寺は少し慌てた雰囲気を見せる。自分で振ってきた話なのになぜだろう……などと思っているうち、


「とりあえず、りんりんの秘密がバレなくて良かったね!」


 と、彼女が話を変えるかのようにして言ったそのとき。


 スマホの着信音が鳴り始める。と同時に、ズボンのポケットのなかに振動を感じる。鳴っていたのは俺のスマホだった。


「電話……?」

「そうみたい。誰だろ」


 コクリとうなずきつつ、高寺に返答できないまま、俺はスマホを取り出す。そこに表示されていた名前に驚き、目を見張ったのと、ちょうどスマホの向こうに席に戻ってくる本天沼さんの姿が見えたのは同時だった。


「ちょっと出てくるわ」


 そう言い残し、俺は足早に離れる。そして、電話に出ると……


「おう、若宮くん。久しぶりだな」


 会社員にしては、やけに通りのいい声が聞こえてくる。


「……美祐子さん、どうしたんですか、いきなり」


 ふっと小さく笑う声が、向こうから聞こえた。俺は左手でスマホを隠し、なるだけその声が漏れないようにした。


「休みの日に連絡してきたのって、たぶん初めてですよね」

「なんだ? 今、都合が悪いのか?」


 脳天気な声で聞かれて、俺は思わずため息が出そうになる。


 そして、あなたのことを知ろうとして嗅ぎまわってるクラスメートがいるので、と言いそうになるのをこらえて、俺はひとりうなずく。


「そうなんですよ。説明するとややこしいんで話しませんけど」

「ひよりのクラスメートの好奇心異常な女子が、私のことを探ろうとしてわざわざ横浜に来ている、ってことか?」

「そうなんですよ。占い師相手に情報聞き出そうとするなんて、やっぱおかしいですよね……って。え、なんで知ってるんです?」


 すらすらと言った美祐子氏に俺が驚く。


 だが、彼女は鼻で笑うだけで、さも当然、といった感じだ。


「私は君たちが思う以上に、君たちのことをよく見ているのだよ」

「もしかして、高寺になにか言いつけてた感じですか?」

「円にそんな高度なことができるわけないだろ?」


 そうですよね、と俺は即座にうなずく。しかし、口元にふくんだ喋り方からして、高寺になにか秘密があるのは間違いない。


「今日、円になにかいつもと違うところはなかったか……?」

「いつもと違う……あっ、もしかしてスマホですか?」

「ご名答」


 電話の向こうで美祐子氏がクスッと笑ったのがわかった。


「とくにおかしなことはなかったんですけど」

「……あ、そろそろ終わりか」

「はい?」


 すると、途端に電話の向こうがガサガサ騒がしくなる。


「あの、美祐子さん? おーい」


 そして呼びかけて十数秒後、聞き慣れた、落ち着いた声が聞こえてくる。


「若宮くん、こんにちは」

「中野……?」

「ご指摘のとおり、私は中野よ」


 冷めた表情で言ってるのが浮かぶ。


「今ちょうど、横浜で行なっていたイベントが終わったところなの。ということで、1時間くらいしたら迎えに行くから。合流しましょう」

「……えっ」



   ○○○



「君たちが想像する芸能事務所って、マネージャーがずっとタレントについて、車を運転してあちこちに運んで……って感じだろ? それはある意味、正しい。私の知り合いの大手芸能事務所では、マネージャーとして入った者は最初、車の運転の練習をさせられるんだ。運転席の側にペットボトルを置いて、それが倒れないようになれたら合格だ。車のなかで台本を読むタレント、俳優が酔わないように、ということだな。芸能制の高校の話をするなら、堀越や日出に通ってる人は、在学中に人気が出ることもあるが、その場合は学校まで車で迎えに行くんだよ。そうしないと、電車のなかがパニックになってしまうこともあるからな。でも、多くの声優事務所では、声優は単独で行動している。移動も基本、電車だ。理由は色々だが、所属と言いつつ、事務所と声優は業務委託契約を結んでるだけだから、というのが大きな理由だな。要するに、個人事業主なんだし、交通費は自分で用意してね、ということだ。だが、さすがに今日のようなイベントは私も送り迎えはするよ。じゃないと、ひよりとファンがまったく同じ電車に乗ってしまうからな」


 高速道路を、俺たちは東京方面に向かって進んでいた。


 運転しているのは美祐子氏。助手席には中野が座っており、俺、本天沼さんは後部座席1列目、高寺は2列目最後尾に座っている。


 そして、美祐子氏がいつも以上に饒舌になって喋り続け、そして時折、ミラー越しに俺と本天沼さんに視線を送っていた。俺たちがなんのために横浜に来ているのか、知っていることを踏まえると、なにを考えているのかが余計にわからない。


 一方、助手席にいる中野は、喉の筋肉を動かして、ひとり念入りにストレッチを行なっている。それを最後尾から見ている高寺が「りんりん、めっちゃ喉の筋肉動くんだなー」と感激しているが、今、彼女に構う人間はこの車内にはいない。


 そして、俺の横では本天沼さんが先程から固まっていた。


 クラスメートに対しては積極的に交流を持とうとする彼女でも、学校の先生を除けば、一回り上の大人と話す機会はそこまで多くないのだろう。



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