94 変わってしまった自分2
桜木町駅から5分ほど歩き、占いビルにたどり着く。
ビルの前には数人の若い女子グループがおり、「入ってみない?」「やめとこうよ」「占いなんて当たんないって」などと話していた。それを見て、少し前の自分が重なり、神妙な面持ちになる。
……と、俺の存在に気づいた女子グループが、ビクッとして早足でその場を離れて行った。神妙な面持ちのつもりが、彼女たち的には薄ら笑いしているように見えたようだ。
若干傷つきながら、俺たちは中へ入り、エレベーターで5階へとあがっていった。
幸い、本天沼さんが予約していたようで、前回のように待ち時間は発生しなかった。
「次の方どうぞ……あら、あんたたちは……」
「ど、どうも~! こんにちは」
紫色のサングラスの奥にある小さな瞳がギロリと光り、高寺が軽く震えながら、それでも元気に声を発する。前に占い用の木の棒を投げられたのか、若干トラウマになっているようだ。
「あの長い黒髪の子といい、もうひとりの男子といい、なんでそんなすぐ来るのさ」
「え、もうひとりの男子?」
「あんたたちは占いを何だと思ってるんだい? 答え次第ではぶっ飛ばすよ?」
「中野が来てるってのは知ってたんですけど、まさか石神井も?」
「そうだよ。しかも占いせず、ババアの話をずっと聞いてね。ま、金払ってるから全然いいんだけどね。ババアは占い師である以前に商売人だから。アッハッハ!!!」
さっきまでキレ気味だったのに、急に高らかに笑い始めたのでいよいよ怖い。
で、知らぬ間に石神井がひとりで来ていたというのも怖い。あいつ、そんなこと全然言ってなかったのに。
そんなことはさておき、本天沼さんが前に身を乗り出す。
「あの、このなかにいない人のことでも占えますか……?」
「相性占いとかならできるよ。ちなみに特別オプションで『体の相性占い』ってのもあるよ! ガッハッハ!!」
「実は、この間一緒に来た女の子のことで聞きたいことがありまして」
ババア流ド下ネタジョークを華麗にスルーしつつ、そう告げた途端、彼女の額がぴくりと動いた。
「長い黒髪の子だね? なんだったか、たしか芝居の仕事をしてる……」
「声優です」
「そう、それだ」
そして、ババアは俺たちをすーっと見回す。
なにを話すべきか、逡巡しているかの様子だが、不思議とキレ感は少なくなっている。
「なにを知りたいんだね」
「なんでも知りたいんですけど、それじゃ困ると思うので……一回り年上の人がいるって言ってたじゃないですか。どういう人なのかなって」
「そんなこと、知ってどうするんだね」
「どうする? 強いて言うなら、ニヤニヤする……でしょうか」
「あまりいい趣味とは言えないね」
趣味の悪い服装をしたババアが言うので、説得力はない。本天沼さんは笑顔のまま、黙っている。
「それに、あんたには関係ないことだろ?」
「そうなんですけど、でも知りたいんです。中野さんにどんな過去があって、どんな人間関係があって、どんなふうに仕事をしてて……このふたりが教えてくれないので、自分で知らないといけないんです」
「それでババアのところに来たってことか」
自分のなかで話がつながったのか、桜木町のババアは顎を撫でると、ゆっくりうなずく。
「私的には、たぶん事務所のマネージャーさん的な人で、ラジオで喋ってる内容的に女性だと思ったんです。でも、確定したわけじゃないし……」
「そこまで見当がついてるなら、本人に聞けばいいと思うけどね。答えを聞かずとも、反応でわかるだろう」
「でも」
「でもじゃない。すまんが、あんたに教えてやることはできないね。占いは信用第一だから個人情報は守らないといけないのさ」
その言葉に、本天沼さんと高寺の肩がすっと下がるのがわかった。片方は落胆、片方は安堵という感じ。もちろん前者は本天沼さんで、後者は高寺だ。なにげに、中野の情報が拡散することに不安も感じていたらしい。
「それに、そういうことは直接聞いたほうがいいね。それが人間としての道理だろ? 今のあんたは道理が通ってないよ」
「ば、ババアがまともなことを言ってる……」
「そこなんか言ったかい? 小声で言ってるけど」
「いえなんでもないです」
「というかあんた、この子を見ておかしいと思わなかったのかい? 止めようとは思わなかったのかい?」
そりゃおかしいとは思いましたけど……
俺が答えられずに黙っていると、ババアがふたたび本天沼さんに視線を移す。
「まあいいよ。とにかく、期待にこたえられずにすまんね、ということさ」
「そうですか。わかりました」
しかし、本天沼さんはすぐに明るい表情に戻った。いくらババアとはいえ、顧客の情報を流す確率
は低いと思っていたのだろう。
○○○
役に立つ情報を得ることができず、俺たちは占いビルを後にした。とくにその後の予定はないので、みなとみらい方面へと歩き、山下公園を経由して赤レンガ倉庫に入る。
ここはもともと保税倉庫として今から約100年前に作られた一号館、二号館から成る建物で、2002年に展示スペース、商業施設として利用されるようになった。以降はオクトーバーフェスなどのイベントや、屋外ライブで使用されることもあり、横浜を代表する観光地になっている。前回の遠足ではこの近くでカップ麺を食べただけなので、俺が中に入るのは小学生のとき、家族で遊びに来たとき以来だった。
二号館には多くの飲食店が入っており、ピクニックコートと名付けられたエリアは、フードコート的に利用することができるようになっていた。レンガ調の壁に天井からは短めのペンダントライトが光っており、非常におしゃれ。並べられた木のテーブルはシンプルだが、赤・白・黒・緑の色違いのイスがモダンな雰囲気を生み出している。
その中にある洋食屋で、俺たちは昼飯を購入。俺はカツカレー、本天沼さんはオムレスライス、高寺はデミグラスビーフカレーだ。
本格的な洋食屋の味で非常にコクがあり、カツも分厚く旨いが、フードコート的な利用なので価格は3人とも1000円前後。基本的に、雰囲気のいい場所はお値段も高くなりやすいので、それを考えると非常にお得な感じだ。
観光気分なのか、高寺が料理を写真におさめていた。
「はあ。ダメだったね……」
本天沼さんが笑顔に悔しさをにじませる。
「桜木町のババアなら、お金払えば、なにか喋ってくれると思ってたんだけど……」
「やー、案外まともだったねえ」
「人としてどうなんだとか道理が通ってないとか、なんか『渡鬼』めいたこと言ってたけど、俺たちあのババアに初対面から木の棒投げつけられてるからな?」
俺がそう言うと、高寺が思い出したように、おでこをサスサスし始める。
「た、たしかに! そう考えると、あのババア、やっぱ頭おかしいね」
「ヤンキーがたまにいいことをすると、いい人に見えるみたいな現象あるけど……頭おかしい人がまともなこと言っても、余計頭おかしく見えるんだね」
「むしろ、余計頭おかしく見えるまであるな」
本天沼さんの総括に、俺はおおいにうなずく。
そんなふうにして昼食を食べ終わると、本天沼さんが席を立ち、トイレに向かった。
そして、俺は気づく。本天沼さんが席を離れたことで今日はじめて、ふたりになっていることに。
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