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93 変わってしまった自分1

 そんなことがあったのに、である。


 いや、そんなことがあったからこそ、だろうか。


 可容ちゃんと出会ってから、会わなくなった今に至るまで、俺は確実に彼女の影響を受けていた。単純に「好き」でコンテンツを語るというより、過去の作品やジャンルにおける流れ、影響を踏まえ、ときに作家的見地に立ちながら、なるだけ客観的かつ俯瞰的に作品を語る……という考え方の影響をだ。


 しかし、である。


 その影響が俺にとって良いものだったかは、正直わからない。むしろ、自分の知識量とか関係なく、好き勝手にあーだこうだ言ってるほうが幸せだったかもしれないと思うこともある。だって、今の俺は昔に比べて、確実に色んなものを純粋な気持ちで楽しめなくなっているから。


 現に俺は、自分のことをオタクだとは思えなくなり、周囲からオタクだと言われても、反射的に否定の言葉を放つようになってしまっている。自分より特定の作品や作家へ大きな熱量を注いでいる人を見ると、一気に引け目を感じてしまうようになっている。


 そんな変化が自分に起こったと考えると、果たして良かったのかと思ってしまうのも、俺としては当然のことなのだ。


(でも、可容ちゃんってホント独特な女の子だったよな……)


 そんなことを、胸のなかで口ずさむ。


 あのあと、俺はスマホが壊れてしまい、可容ちゃんの連絡先をなくしてしまうというハプニングに見舞われた。


 ツイッターで幹事のおじさん経由で連絡を取ろうと思ったのだが、あろうことかツイッターのログインパスワードも忘れてしまい、そうこうしているうちに中3に。受験勉強に打ち込むうちに、タイミングを完全に失い、今に至る。


 妖精のような見た目をして、吐息のような清楚な笑い方をし、知的でちょっとあざとい……今振り返ってみても、可容ちゃんはとても魅力的な女の子だったと思う。


 会わなくなって、いやあえなくなってもう3年近く経つにしばらく経つのに、俺の中にはまだまだ彼女の存在が色濃く残っているんだから。


 いやむしろ、彼女のことは一生忘れない。


 ……それも違うな。


 忘れないんじゃない。忘れられないんだ。


 それくらい、彼女は俺の心に、深い傷跡を残した。


 だからあの日から3年経っても、その特徴的な声を、容易に脳内で再生することができるのだ。



   ○○○



 と、そんなことをひとり胸のなかで考えていると……。


「若宮くん、おーい」


 呼び声に、ハッとなる。


「あ、ごめん」

「どうしたの……? 急にボーッとしちゃって」


 本天沼さんが、イノセントな表情で俺を見上げてくる。


 はい、長かったけどここで中2時代の回想は終了。本天沼さん、高寺との横浜遠足延長戦に戻ります。長かったけど、一瞬で思い出したので現実の時間経過では数十秒程度だと思ってもらって構わない。なお、高寺は未到着である。


「いや、なんでもないよ」


 そう言うと、とくに疑いを持たなかったのか、それとも単純に興味を引かれなかったのか。おそらく後者であろう本天沼さんは「そっか」と小さくつぶやき、コクンとうなずく。


「そう。それでそのツイッターの話なんだけど」

「え、ツイッター!?」


 思わず大きな声が出てしまい、自分で驚く。


 本天沼さんは不思議そうに首をかしげた。


「どうかした? 私が中野さんのツイッターアカウントがないか調べたら、まどちゃんがシレッと始めてたことがそんなにおかしかった?」

「あ、ごめん。いや、とくにそういうワケじゃないけど」


 可容ちゃんとの出会いのことを、そしてそのきっかけとなったツイッターのことを思い出していたため、ついそんな過敏な反応をしてしまうが、本天沼さんの話は至って普通の内容だった。


「……え、高寺がツイッター?」

「そう。ほら」


 本天沼さんは実際にツイッターの画面を見せてくれた。そこにはたしかに高寺のツイッターアカウントが表示されており、公式のマークなどもないものの、フォロワーはすでに1000人を超えていた。


「ホントだ……」

「まあまだ始めて2週間くらいだからそんなに数はしてないんだけど」


 見てみると、高寺のツイートは主に3種類だった。ひとつは若手女性声優との写真、ひとつは出演作の告知およびリツイート、そしてひとつはバッティングセンターに行った等の日常報告ツイートだ。


 彼女の社交スキルの高さゆえか、意外といろんな女性声優と写真を撮っており、なかなかバラエティ豊かなのは声優に疎い俺にもすぐわかった。また、バッティングセンターに行った報告はすでに2回もされていて、文面はこんな感じだった。


『元ソフト部だからついつい来ちゃう! 男子には負けないよ! キャップ似合ってますか!?』


 ツイートには自撮り写真が添えられていた。ベースボールキャップを被った顔のアップの写真で、バッティングセンターならではの球速表示の看板が背後に映り込んでいた。


(つまり、あれから2回もひとりで行ったってことか……)


 そんなふうに内心呆れる俺だが、バッティングセンター報告は正直パッと目を引きやすく、とくにベースボールキャップが似合うこともあって、なるほど心をくすぐられる男性も多そうだなと感じるそうである。


 と同時に、野球好きな彼女の一面を、改めて強く感じる。



   ○○○



 そんなことを話しつつ、桜木町に到着した俺たちは、改札の外で高寺を待っていた。各停を乗ってきたので、40分弱で到着できる道のりに、1時間かかった計算になる。


 さてこの20分のロスで、高寺はどこまで差を縮められたのか……と思いつつ、5分ほど改札の外で待っていると、高寺が階段を駆け上がってきた。予想外に早い到着である。


 服装はカーキのブルゾンに、内側はシンプルな白シャツ。膝上丈のデニムスカートから覗く脚は、いつもの通り健康的だ。


 頭にはどこぞのアメリカの球団のベースボールキャップに、足元は白黒のナイキスニーカーで、シンプルだが妙にかわいい。なるほど帽子はさておき、こういう感じの靴は男子が履いていてもなんとも思わないけど、女子が履くとかわいいんだな……。


 靴下とリュックはともに黒で、シンプルながらも高寺の雰囲気にとても合っていた。彼女の私服姿はもう見慣れたと思っていたが、今日は膝上丈のデニムスカートのせいか、いつもより女の子っぽく感じる。


 キョロキョロと周囲を見渡したのち、俺たちの存在に気づくと、彼女の表情はぱあっと表情が明るくなった。明るい表情のまま、俊敏に走って近づいてくる。


「ごめんね! あたしから行くって言ったのに、遅れちって」

「いや、大丈夫だ。気にしてない。高寺が遅刻するのは予想してたし」

「優しいと思ったら、信用されてないだけだった……」

「でも、少しでも待たせた感覚がないように、各駅停車で行こうって若宮くんが」

「そんな気遣いを……やっぱ、若ちゃん優しい……!」


 せっかくイジッたつもりなのに、本天沼さんが悪意なしで妨害してきた。こうやって褒められるのはキャラじゃないので照れるところだが、そんなことを言う分際でもないので甘んじて受け入れるしかない。


「まあ、そのなんだ。先についてもどうせ待つわけだし、電車に座ってたほうがこっちも楽だったし」


 感謝に戸惑いつつ、視線を外す。


 と、そこで俺は高寺が首からスマホをぶら下げていることに気づいた。専用のスマホケースのようで、紐がついており、それが首にかけられている感じだ。財布や定期券を落とさないようにしている小学生のようだが、よく見ると深い赤のデザインは洗練されており、高寺の髪色にもマッチしていた。


 俺の視線に気づき、高寺がふふんとご機嫌な感じで鼻を鳴らす。


「あっ、気づいた? このスマホケース」

「首からぶら下げてどうしたんだ? 小学生のおつかいか?」

「そうそう。誰にも内緒でお出かけなのよ~、っておいおい。これ、じつはりんりんがくれたやつなのさ」

「中野さんが?」


 本天沼さんも少し驚いたようだ。


 たしかに、彼女に人にプレゼントを贈るイメージはない。


「じつはあたし、少し前にスタジオにスマホを忘れて帰ったことがあって。で、偶然そのあとにりんりんが同じスタジオで収録があって、家まで届けに来てくれて」

「スタジオかぶりみたいな?」

「そうそう。結構あるんだよ。同じ作品にならなくても、すれ違ったり」

「わざわざ家にか」

「ドアを開けたらそこにはりんりんがいる。こんな喜びが他にあるでしょうか、いや、ない! って感じで一緒にこのケースをくれたんだよね」


 高寺はとても嬉しそうに、スマホケースを頬ですりすりする。


 それを少し呆れて、俺と本天沼さんは笑って見ていた。

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