92 惣太郎の黒歴史3
「たとえば、たとえばだけど、主人公とヒロインが狭い部屋に閉じ込められるっていうラブコメのお決まり演出あるでしょ?」
俺は黙ってうなずく。可容ちゃんはこれまでと同じように優しい口調で、優しい笑顔を浮かべて、優しい声で語っていた。
「あれが出てきて、そうちゃんは『あ、これパクリじゃね?』って思う?」
だからこそ、なのだろうか。俺の背筋は自然と伸びていった。問いかけ、なので俺は答えることになる。
「え、いや、それはパクリではない、かな……むしろ、よくある、ベタな手法というか」
「だよね。それをパクリって言っちゃうのって、『ギターとベースとドラムがいるからビートルズのパクリ』って論と変わんないよね?」
「う、うん……」
「じゃあ別の例えを出そう。『ロミオとジュリエット』あるじゃない? この作品の構造で一番重要なところって、私的には『立場の違うふたりが、その間にある障壁を乗り越えようとする』ってとこだと思うんだけど、そういう意味では『電車男』だって『オレンジデイズ』だって『ジョゼと虎と魚たち』だって『中二病でも恋がしたい!』だって『凪のあすから』だって『ニセコイ』だって、根幹部分は同じだと思うんだ」
「たしかに……」
「障壁が障害なのか、美人とオタクの間にある階級差なのか、中二病と元中二病なのか、そこは色々だけど。でも、これを聞いて『中二病』が『ロミジュリ』のパクりだって思ったりする? むしろ、恋愛モノの基本的な構造だって思わない?」
「……」
スラスラと、可容ちゃんの口から出てくる言葉に、俺は圧倒される。
「あるいは、これもラブコメに定番の演出なんだけど『実はふたりはすでに出会っていました』。主人公とヒロインの出会いが運命的なものだと演出する、定番中の定番テクニックで、『俺ガイル』も『中二病』も『五等分』も『冴えカノ』も『エロマンガ先生』も、映画なら『君の名は。』も『エターナル・サンシャイン』も当てはまるでしょ?」
「……」
「例をあげるとキリがないんだけど、細かく分けるとさらに2つのパターンがあるんだよね。1つはすでに出会ってたってことに主人公・ヒロインともに気付いてないパターン。もう1つは、ヒロインだけ気付いてるってパターン。日本のラブコメはだいたいこっちで、あとでそのことに読者・視聴者が気付くと、今まではただ天真爛漫なだけに見えていたヒロインに、じつは秘められた想いがあったことがわかって、キャラの見え方がグッと深くなる。だから読み返すのも楽しくなるし、実際問題、六花にキュンってしたでしょ? ガハマさんが何を思ってヒッキーに近づいたのか、色々考えちゃうよね? 2周目観ると、作品の見え方まで変わってくるよね?」
「……」
「あ、でもこれ、べつにアニメに限った手法じゃなくて。たとえば、んーそうだな、ドラマの『カルテット』。あれ、諭高さんがじつはまきまきさんの夫さんと過去に会ってて、いろんな事情を知ってたってことがわかるんだけど、まさにこの手法の応用形でしょ? 実際その真相がわかったとき、みんなびっくりしてちょっと怖くなったじゃん? 唐揚げレモンとか、あとで見直すとさらにみぞみぞしたでしょ? 全部知ったうえであんな会話を仕掛けてたのかって」
「……」
「こうやってさ、読者視聴者に効果的に訴えかける手法だからこそ、たくさんの作家が用いるんだけど、でさでさ、そういう前提を共有したうえで改めて聞くけど、手法かぶりってパクリって思う? 本当にそう思う?」
「……」
正直なところ、可容ちゃんはべつに怒っているという感じはなかった。むしろ、ひどく落ち着いた様子で、俺に対し、純粋に疑問を伝えているという雰囲気だった。上から目線の雰囲気も、そこには一切ない。
「そういうの、パクりだと思う? 私はね、思わない。そういうのってさ、ただ作家たちが純粋に面白いものを描こうとした結果、確信犯的に手法とか構造を選択してるってだけじゃないかな?」
「……」
そんな雰囲気だからこそ、苦しかった。
「もちろん、文章を何ページもパクるとか、オマージュとかじゃなくギャグをコピペするとかはアウトだよ問答無用で。だってリスペクトもメタ的な遊び心もないもん。過去の作品たちに真面目に向き合ってないもん。でもさ、それと私が言ってることって違うでしょ?」
「……」
彼女の話す内容は、俺にも納得できることだった。
いや。
というか、その通りだと思った。
可容ちゃんは各作品をただ楽しむだけでなく、その構造・要素まで深く分析し、なんとなくではなく客観的かつ俯瞰的に見ている。
しかも、それは彼女の深い思索のうえに出た言葉であり、ツイッターで見かけた誰かの意見を、さも自分の考えのように語った俺とは、正反対にあるように思えた。
「あのさ、一応言っておきたいんだけど……私はべつに、こういうふうに語れることが偉いって思ってるワケじゃないからね? そんなことできたって、楽しむことの邪魔になることもあるワケだしさ」
「……」
「……でも、やっぱ軽はずみで『パクり』とか言っちゃうのは良くないと思うんだよね。そういう心の持ち方って作品を楽しく観られなくなるだけだし、それにさ……」
少し言いにくそうな表情。
しかし、彼女は口を真一文字にギュッと結び、まるで絞り出すかのようにして。
「作品にも、作者に失礼だと思うんだ」
その形のいい口から、優しい形をした、鋭く尖った矢を放り出した。
(作品にも、作者にも失礼……)
思わず、その言葉を脳内で反芻する。と同時に、俺の頭にはオフ会で俺を苦しめた大学生、ユキトさんの顔が浮かんでいた。
オフ会で年上であることをいいことに悪絡みしてきた彼に、俺は色んな点で俺は違和感を覚えたのはすでに記したとおりだ。
そして、その中でもっとも大きかった違和感が、
『作品と、作家に対するリスペクトがない』
というものだった。
しかし、である。
しかし、なのである。
可容ちゃんから言わせてみれば、俺だってリスペクトに欠けていたのだ。
(俺は……なんて恥ずかしいことを……)
作家たちが魂を注いで作り上げたはずの作品を、ネットで見た声をもとに簡単に批判するなんて……さも、自分が創作について深く理解しているかのように、一端の評論家であるかのように勘違いして……猛烈な羞恥心が心の奥底から湧き出して体を熱くし、後悔と自分への嫌悪感が五臓六腑にぶつかって、吐きそうな気持ちになる。
可容ちゃんは、そんな俺をただじっと見ていた。アーモンド型の瞳には、決して見下すような色はなく、かと言って憐憫もなく、俺のことを考えてくれているからこそ、誠実に対応してくれているのが伝わってきた。
だからこそ。
そのまっすぐな瞳に対し、俺は何も言えなくなってしまったのだった。
○○○
その後、俺たちは程なくして解散した。
俺が論破以降、ずっと引きつった笑い方をしているのに気づいていなかったのか、それとも気づいてて無視していたのか。可容ちゃんはいつも通り、優しく柔和な笑顔を浮かべるだけだった。
しかし、である。
彼女の真意は関係なく、俺が自分に自信を失い、今まで積み重ねていたものの価値を見失い、そして自分の感性、見方、分析など、あらゆるものがショボかったことを実感するのには、その日起こった出来事は十分すぎる破壊力を持っていたのだった。
そして、俺は『楽しむ』とか『好き』と言った感情を。
今までなら当たり前のように自分の中にあった、見つけられた感情を。
すっかり見失ってしまったのだった。
そういうワケで可容ちゃん回が終了です。この子は後ほどまた出てくるので(意味深)、頭の片隅に置いておいてもらえると嬉しいです。
と同時に、今回は自分の作家性が出た回だったのかな~と思います。ぱっと見では小難しく、興味がない人には全然興味のないネタかなとも思うんですが、こういう抽象的でメタ的な視点とか、実在する作品の引用・オマージュ、過剰な描写は自分の持ち味なのかなと思っております。




