91 惣太郎の黒歴史2
そして、俺たちは色んな話をした。
詳しく話してみると彼女はやはり博識で、俺なんか足元にも及ばないほどあらゆるジャンルに造詣が深かった。ラノベやマンガはもちろんのこと、一般文芸、映画、海外ドラマ、音楽などなど、どのジャンルにも詳しい。
また、ふたりが出会ったオフ会の主たるテーマというか、参加メンバーの興味の共通項であるラブコメについて会話する場面もあり、キャッチボールは止まらなくて、時間は急流に浮かせた一枚の葉っぱのように、怖くなるようなスピードで流れていった。
加えて、可容ちゃんは思いの外、聞き上手で、想像通りに話し上手だった。俺の話に笑顔でうなずくと、自分の意見を交えながら、反応を返してくれる。
しかも、内容がマニアックでありながらもまた面白くて、たくさんの作品に触れてる可容ちゃんなりの解釈とか、色んなジャンルの作品を知ってるからこその見方とかがあって、こういう話に慣れてない俺は、可容ちゃんの話を喜んで、うなずきまくりながら聞いた。
そして、なにより。
好きなものについて話す可容ちゃんは、とてつもなくかわいかった。
「それでね、それでねっ」
「そうなんだ。面白いよねっ!」
「あ、そうちゃんはそう思う? ふふっ」
目をキラキラさせ、鼻をふんふんと鳴らし、口でふふっと清楚な吐息を漏らす。冬の夕陽はすぐに沈み、桜木町駅前の広場を行き交う人々の足取りも早くなっていく。だけど、それ以上に俺たちの会話のテンポは早くなり、また驚くほど噛み合って……楽しそうに笑い、そして俺の話に真剣に耳を傾ける姿に惹きつけられないのは難しかった。
そのような時間が積み重なった結果。
俺の気持ちを支配したのは、こんな感情だった。
(好きなものについて話すときって、人ってこんなに魅力的に見えるのか……)
可容ちゃんとの時間はとても刺激的で、俺は時が経つのを忘れたのだ。
そして、時間経過の概念を忘れて、しばらく経った頃だろうか。
「あっ……」
可容ちゃんが突如小さな声を漏らす。見ると、机のうえに置いてあった紙コップが倒れ、中の飲み物がこぼれていた。
「大丈夫?」
「う、うん」
倒れたのは可容ちゃんの飲み物で、幸いにも前方向にこぼれたので、制服が濡れることはなかったようだ……が、なぜか彼女は頬を赤くしている。
「どうかした?」
「……15センチ」
「えっ」
「……前のめりになって肘が当たっちゃったんだよね。そうちゃんとの話が楽しすぎて、気付いたらこんなにも前にいっちゃってた……恥ずかしいね。ふふっ」
そんなふうに言って、可容ちゃんはさらに顔を赤くし、両手を左右の頬に当てる。隠そうとしているのか温度を確かめようとしているのか、その両方か……そんな様子を観ていると、俺も赤くならないはずがなかった。
俺は、我を忘れそうになる一歩手前だった。それほどまでに、可容ちゃんが俺に近づいた15センチは、大きな一歩に思えたのだ。
○○○
あれから3年近く経った。
当時はまだ中学2年生で、今以上に人生経験も少なかったけど、でも今振り返っても、あの日の俺はうまく会話できていたと思う。
お互い知っている作品の魅力について語り、知らない作品のとこはその魅力を聞き、作者について聞き、ときにツッコミを入れたりする……。
初めてのデートは映画館に行くべき、なぜなら2時間話す必要がなくなるから、というのをよく聞くが、俺たちの初デートでは……まあ、あれがデートだったのかは議論の余地がかなり残るところだけど、たとえあれがデートではなかったとしても、会話が大いに盛り上がっていたのは疑いようのない事実だった。
しかし、そのときの俺はまだ知らなかったのだ。
失敗というのは、油断したときに訪れるということを。
そして、それは大抵得意科目で起きるということを。
ラブストーリーだけじゃなく、黒歴史も突然訪れるということを。
そう。
恥ずかしいことに。情けないことに。
饒舌になっていたせいで、普段の俺なら言わないであろうことを、思っていても口に出さないであろうことを、可容ちゃんに言ってしまったのだ。
○○○
出会ってからどのくらい経った頃か。
なんの会話の流れでその話になったのか。
どうして俺は彼女の反応に気付かず、嬉々として話を続けてしまったのか。
振り返っても、うまく思い出せない。それほど、その前後の記憶がぼんやりとしてしまっているのだ。
ただ、可容ちゃんの笑顔がなくなった元凶の話題については、はっきりと覚えている。
いや、覚えているというより忘れられないのほうが近いし、さらに言えば「忘れない」とも思っているのだが……。
なんというかここで書き記すのも恥ずかしいし、実際のタイトル名を出したら失礼でしかないので具体的には触れないけど、
――某学園ラノベ作品は、別の有名学園ラノベ作品のパクりではないか――
というものだった。
しかも、さらに恥ずかしいことに俺が可容ちゃんに嬉々として話したのは、じつはツイッター偶然見かけた誰かの意見で、正直、俺自身で深く考えた末に出たものではなかった。聞きかじっただけのものを、さも自分の考えであるかのように言ってしまったのだ。
これはべつの意味で恥ずかしいのだけど、言い訳がましいのだけど、正直可容ちゃんとの話が楽しすぎて、途中から俺はなにも考えずに喋ってしまっていたのだ。
そう。
今なら、その意見がいかに浅はかで無責任なものかわかる。
だけど。
14歳という年齢だったこと、初めてこういう話が通じる人ができたこと、そしてそれが同世代の女の子だった奇跡に、俺はすっかり浮かれていたのだ。
パクリ疑惑についてもそうで、人気が出た作品に難癖をつけるように、盗作盗作と叫びたがる人が少数ながら存在するということを、まだ知らなかったのだ。
そして、である。
たっぷり、一通り俺の話を聞いたのち、可容ちゃんの『論破』は始まった。
「そうちゃん、それってさ、本当にパクりって言えるのかな?」
○○○
「えっ……」
先程よりも少し落ち着いた可容ちゃんの声のトーンに、俺は違和感を覚えた。
「だってハーレム物ってのと、部活が個性的ってだけでしょ似てるのは。でも、それって本当に似てるのかな?」
「本当に、似てる……??」
そう問われ、俺は可容ちゃんの表情をもう一度しっかり見る。
ふんわりとした笑顔であり、ぱっと見ではそれはいつも通り……なのだが、やはり違和感が胸を襲う。イヤな予感がしたが、俺は動揺で口が開かなかった。
その結果、だったのだろうか。
俺が引き返そうとしなかった結果なのだろうか。
彼女は至って冷静な表情で、ごく自然なトーンでこんなふうに話し続けた。
 




