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87 夜の街を歩くだけ1

 俺と彼女は、駅に向かって並んで歩いた。


 居酒屋が並ぶ夜の街を、お人形のような銀髪美少女と並んで歩くのは、どう考えても非現実的すぎて、足取りまでふわふわしてしまう。安全面を重視して前を見て歩くべきなのか、それとも礼儀を重視して隣を見て歩くべきか、恋愛経験もなければデート経験もない俺にはまるでわからない。


(自分でも意味がわからない。どうして俺は今、女の子と歩いてるんだ……)


 横目でチラリと見ると、彼女はすぐ横を歩いている。幻覚ではないらしい。


 きっとメイクなんかほとんどしてないだろうに、その肌は驚くほど澄んでいて、透明感があると言うよりもはや「透明である」と言っても良さそうな気すらしてくる。メイクもコスプレもしてないのに、オーラや雰囲気がエルフのそれなのだ。


 一瞬、俺の目にしか写らない生き物なのかとすら思えてしまうが、行き交う男たちがこちらを振り向いているし、実在しているらしい。

 

(こうやって視線感じるの、『いち100』で何度も見たけど、実際にあるんだな……)


 陳腐な感想が浮かぶが、実際に経験してみると優越感を感じる余裕などない。まあ感じる筋合いもないけどさ、ただオフ会の帰り道が一緒になったってだけだから。


 と、そんなことを思っていると、彼女が近くを歩いているカップルたちを見ていることに気付く。どうやら聞き耳を立てているようで、たとえば前を歩いている20代中盤くらいの男女を見ていた。


 そして、俺の視線に気付いたのか、こんなふうにつぶやく。


「たぶん付き合って3年目くらい。大学の先輩後輩だけど付き合い始めたのは就活が終わったあとで、平日は忙しくて会えないから週末に会うんだけど、付き合いが長くなるにつれて彼がもともとのテキトーな性格を発揮して話を真剣に聞いてくれなった。彼女はそれが嫌なんだけど普段は我慢してて、今日爆発しちゃった」

「え、わかるの?」


 その目はまるで刑事のように鋭く、口ぶりは探偵のように推察に満ちていたが、俺が尋ねるとすぐに元の笑顔に戻る。


「わかるワケないでしょ。想像して楽しんでるだけ」

「あ、そういうこと」

「ね、知ってる? 人が誰かのことを忘れるとき、最初になくなるのは聴覚の記憶なんだって。つまり声」


 そして、彼女はそんなふうに話を転がしていく。蠱惑的な声でそんなことを言うのだから、いつもより耳から得る情報量が多くなっている。


「ってことは、今近くにいるカップルたちも、別れたら最初に相手の声を忘れると」

「ふふっ、そういうこと。逆に言えば、声を忘れたらホントの別れの始まりって言えるかもね」

「彼氏彼女じゃなくなったときじゃなく、記憶が消え始めてからが本当の別れ」


 俺の返しに対し、彼女は満足げに吐息のような笑い方をする。


「言われてみるとたしかに声って、すぐに思い出せないな。顔覚えてる人でも、声は浮かんでこない的な」

「でしょ。逆に最後に忘れるのがニオイなんだって。嗅覚は五感のなかで唯一脳の記憶と感情を処理する部分に繋がってるから、って理由らしい」

「じゃあ、いい声の男を目指すよりいいニオイの男を目指したほうが、女の子に覚えてもらいやすいってこと?」

「間違いないね。むしろ、ニオイさえ良ければなにも喋らなくても平気だよ」


 そんなことを、明らかに冗談だとわかる口ぶりで彼女は言う。なんとか必死で会話を続けたが、正直なところ自分がなにを喋っているのか、いまいち脳が認識していない。


「……帰るの、早かったんだね」

「うん。門限あるって言って出てきたんだ」

「門限か」

「中学生って感じでしょ? ふふっ」


 暖色の街灯の下で、彼女のかすれた甘い声がふんわりと広がる。どう違うのか説明しにくいが、彼女はイントネーションが他の人のそれとは少し違っている気がして、それがどこかここにいるのにここにいない、なにかを演じているかのような雰囲気を感じさせる。


 そして、ふと目が合う。


 暖色のネオンを背景にした彼女の微笑みは、とてつもなく完成度の高い一枚絵のようで、俺の心は当然、すぐにとろける。


「……うん」


 そんな返事を、絞り出すのがやっとだ。


 すると、指先まで真っ赤になった手を、彼女は白い吐息で暖める。


「寒いね。寒いというか、もはや痛い」

「手袋は?」

「母さんが夜なべをして……手袋はしない主義」

「なにその途中停止」

「あ、ツッコんでくれるんだ」


 俺のツッコミに、彼女はパッと顔をあげる。青みがかった瞳が嬉しそうに、星空のように輝いていた。反射的に口から出たツッコミだっただけに、距離感を間違えたかと一瞬ヒヤッとなったが、大丈夫だったようだ。


「私、見た目のせいか初対面の人にあんまりツッコんでもらえないんだよね。めっちゃわかりやすくボケたときでも。だから、今も途中で日和ったんだけど」

「いやボケるなら最後までやろうよ」

「それそれ! そーいうの欲しいっ!」

「……」

「あー、ごめん。戸惑うよね。初対面だし、あんま素の自分出さないほうがいいかな?」

「いやべつにそんなことはないけど……」


 あれもしかしてこの子、ちょっと思ってたのと違う?


 少々動揺しつつ、そんなに寒いならコートのポケットに手を入れればいいのに……と思って、俺は視線をさまよわせる。


 すると、彼女が着ているコートが、他の人とは少し違うことに気付いた。左右のポケットの中に、それぞれ文庫サイズの本が数冊ツッコまれていたのだ。かわいい女の子のかわいいコートが、文庫本でふくれあがっているというのは初めて見る光景で、なんだか小さな図書館のようだな……とか思ってしまう。妖精とかエルフとか、さっきから俺の思考はメルヘンになっている。


「あ、これね。気になった? 私、本好きなんだ」

「そうなんだ」

「司書になりたいとか下克上したいとかは思ってないけど」

「それは良かった。急に倒れられたら困るから」

「ふふっ」


 そう返すと、彼女は上機嫌に笑う。小さく跳ねるような笑い方で、吐息が混じっていて、なんていうかとても清楚な笑い声だ。いや、笑い声に対してその日本語はどうなんだって感じもするけど、実際そう感じたのだ。


「私、小説もマンガもラノベも好きで」

「俺も同じ……まあわざわざオフ会に来るような人はみんなそうかもだけど」

「だね」

「でもなんでコートに?」

「なんで? そりゃ、すぐに取り出して読めるように、に決まってるでしょ?」


 首をかしげながら彼女はこちらを見てくる。身長差があるので、見上げてくると言ったほうが正しいかもしれない。それ以外になにがあるの、とでも言いたげな様子で、首をかしげた分、下に落ちた前髪を左手の中指で横にかき上げた。


 そして、俺たちは赤信号で立ち止まる。


 それがまるで合図だったかのように、彼女はコートからラノベを取り出す。


「こんなふうに信号の待ち時間とかに読むの。私の家から学校までに信号は合計6箇所なんだけど、一週間毎日待ち時間の合計をはかったら1日平均4分12秒だったんだよね。往復で8分24秒だから一ヶ月で200分。夏休み、冬休み、春休みを抜いたとしても、通学の信号待ち時間だけで年間25時間生まれるの。ってことは、ラノベ換算で10冊読めるってワケ」

「わざわざ計算したんだ……ってのはさておき、10冊ってスゴいな。信号待ち時間にスマホ見てる場合じゃないな、俺も」

「ふふっ。そう思ってくれるな嬉しい……他にもいろいろ、時間節約してるんだよ。たとえば、『ごはん読み終わってから読書する』とか」

「えっと、それのどこが時間の節約に?」

「あー、そうだよねこの言い方じゃわからないか」


 俺の気持ちを汲み取ったらしい。


「んと、詳しく言うと『ご飯を食べながらラノベを読むのと、ご飯を食べ終わってからラノベを読むの、どっちがたくさん読めるのか』って検証したんだ。で、ラノベが面白いとごはん食べるのに時間がかかりすぎて、早食いしてから読んだほうが効率がいいってことになって」

「わざわざ検証したのに普通な結果だな……」


 彼女の熱意を尊敬しつつも、若干呆れてしまう。


 そして、かわいい女の子の口からかわいい声で「早食い」みたいな単語が出てくることが、ちょっとシュールで面白い。


「ふふっ」


 そして、彼女はまたしても上機嫌に笑う。「ふふっ」はもはや笑うというより、上機嫌な吐息が吐き出されるってのに近い感じだ。

サブタイでわかる人はわかるかと思うんですが、この辺りも某名作ラブコメ映画のオマージュです。

というか本作は映画、マンガ、ドラマ、声優ラジオなどなど、色んなモノをオマージュしたり引用してます。「これってもしかして…?」と思った方はツイッターのDMとかで聞いてくださいませ。笑

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