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86 それはまるで映画のように2

 間近で見ると、「かわいい」というより「美しい」という言葉が似合うと思うほど、彼女は整った容姿をしていた。


 小柄かつ童顔寄りの顔なのであどけない雰囲気もあるのだが、やはり外国の血が入っているのか、意外とくっきりした顔立ち。居酒屋が隠れ家風の、茶色っぽい外観だったこともあり、意図せず額縁におさまっているかのように思えた。色素の薄い肌はレフ板のようで、俺が今いるエレベーターの灯りですら、はじき返してしまっている。


 そして、さっきは腕に持っていた白色のコートを、今は着込んでいた。銀髪と相まって、どこかのシスターのような神聖さを感じさせてくる。胸元にはアンティークっぽいペンダントネックレスが確認でき、非常に良く似合っていた。


 しかし、である。


 そんな私服に見とれている暇もなく、アーモンド型の瞳が俺の姿を捉えて、さっきまで遠くから一方的に見ていた笑顔がこちらに向けられ……次の瞬間、驚くほど整った顔立ちが屈託なく、くしゃっと崩れる。


 その笑顔は予想以上に人懐っこく見え、自分は今、世界一贅沢な無駄遣いに立ち会っているんじゃないか……と思ってしまうほどだった。


「あ、よかった。まだ帰ってなかったんだ」


 彼女の口が動くと、そんな言葉が聞こえてくる……今どうやら喋ったらしい。という感じで思考できなくなるほど、俺はこの状況を理解できないでいた。居酒屋の中から聞こえてきていたはずのざわめきが、今は不思議と遠く感じる。


「もう行っちゃったのかと思った」


 彼女が笑顔で続ける。今度はきちんとその言葉を、声を聞く。少し高めの声で、息の通りが良いのかすごくふんわりした聞こえ方。と同時に、少しかすれた雰囲気もあり、それが声に不思議な甘さを加えている。


 一言で形容しがたい響きを持ったその声は、彼女のどこか幻想的で、実態を掴みにくい雰囲気そのままのように思えた。


「あと、階段だったらどうしようって。まあここ最上階だし、それはないかなとは思ったんだけど」

「あ、う、うん」


 やっとのことで返事らしい返事をすると、彼女がエレベーターに乗り込んでくる。その瞬間、居酒屋後のはずなのに、甘い香りに空間が包まれた。


 えっと、どういうことだろう……いや、どういうこともないか。ただ帰るタイミングが一緒になっただけだよな……そんなことを脳内で思いつつ、「閉」のボタンを押し直す。エレベーターは完全な密室になり、下に降り始める。


 と、静かになったところで、首のヘッドフォンから、明るくかわいいメロディが盛大に音漏れしていることに気づいた……店に来るまで聞いていた『アニソン』だった。


「あ、それ」

「ごっ、ごめん、音出てた」


 俺は大いに慌てながら、反射的に音楽を止める。頭で考えて行動できるほど余裕がなかったので、まさに反射的な行動だったが、きっと、「初対面でアニソンを聞いてるというのはちょっとアレ」的に、無意識に思ったのだろう。


 実際、そう思うっても仕方がない出来事も、過去にあった。中1のとき、電車の中でBluetoothイヤホンが接続されてないまま、盛大にスマホからアニソンを流してしまったのだ。そのとき、周囲にいたサラリーマンやおばさんたちが皆笑いを堪えた顔になっていて、俺はすごく恥ずかしい思いをした。


 べつにアニソンがダサいとか言いたいワケじゃない。むしろ、曲によってはオシャレな洋楽と同じ感じで捉えているし、中2だからと言って「ポップスとか聞いてんの? いやいや、時代はヒップホップっしょ」的な、安い価値観に大脳皮質を侵されていたりもしない。むしろコアな音楽好きこそアイドルソングやアニソンに行き着くと思っているくらいで……って、話が逸れすぎた。


 まあそんな価値観を持つ俺だが、世の中にはそこをくみ取ってくれる人が少ないワケで、女性歌手のかわいい声がかわいいメロディとともに電車の中で流れると、それはやっぱり破壊力が違ったのだ。


 その一件以来、俺はBluetoothイヤホンのことが信じられなくなってしまって、結果、家の中でしか使わないようにしている。コードレスっていう最大の長所をまったく活かせていない。


 と。


 思わず、恥ずかしさからまたしても話が逸れて、いや話を逸してしまったが。


 今は目の前の女の子だ。きっとこの状況に失笑しているだろう……と思いきや。


「いや、そういうつもりじゃなくて」


 音楽を反射的に止めた俺を、優しく笑いながら、どこか制止するように言うと。


「今の、『Catch You Catch Me』でしょ?」

「……えっ?」

「違う? ほら、『カードキャプターさくら』の」

「あ、うん、そう……」


 正解だった。


 俺には昔から、なにか辛いことがあると明るい曲調の歌を聴いて無理矢理自分を元気にするという習慣があった。ほらさ、だって例えば『もってけ! セーラーふく』とか『ドラマチックマーケットライド』とか『GO! GO! MANIAC』とか『スタッカートデイズ』とか『ようこそジャパリパークへ』とか聞いてさ、落ち込み続けるのも難しいじゃないですか。逆に『秘密基地』とか聞いちゃうと元気になるどころか鬱にもなり得るから、注意しないといけないけど。


 またしても照れからちょっと話逸れたけど、『カードキャプターさくら』は、俺たちの世代的にはかなり古い作品だ。俺は絵里子が一時期、魔法少女モノの作品にハマっていたせいで、それ系を結構観たから『Catch You Catch Me』を知ってたけど、2000年代生まれの俺たちは世代的に、知ってて『プリキュア』くらいまでなのだ。この子はどういう経緯で知ったのだろう。


 すると。


「いいよね、私もその曲好き。キャッチーでノリが良くて、アニソン嫌いな人にも聞いてみてほしいというか」


 そんなふうに述べたあと、なにを思ったのか、彼女は不意にヘッドフォンの先をしゅるしゅるっとたどり、音楽プレイヤーをズボンのポケットから取り出すと、俺のほうに体を寄せて画面を覗き込んだ。


「あっ……」


 急に彼女が近づいてきて、音楽プレイヤーを持つのでヘッドフォンが引っ張られる。結果、俺は首から近づいてしまい、体を近づけないように腰を引いて体を曲げた体勢に。


 だけれど、甘い香りは容赦なく俺の鼻腔から体内に侵入し、脳をぐわんぐわんと揺さぶってくる。


「どんな曲入ってるか見ていい?」

「いい、けど……」


 許可を得ると、彼女はボタンを操作し、ふんふんと確認していく。


 その結果、首にかけたヘッドフォンが引っ張られる。それはまるで俺の動きを支配しているようで、今のもどかしい状況のようでもあった。


「へー。色々聞くんだね。アニソン以外もたくさん入ってるね」

「お、オタクだから俺……」

「じゃ、私と同じだね」


 ニッコリそう微笑むと、彼女は音楽プレイヤーから手を離す。俺の体も開放されることになる。


「私、90年代アニメ好きなんだよね。今言った『カードキャプターさくら』でしょ、『カレカノ』でしょ、『COWBOY BEBOP』でしょ『ふしぎの国のナディア』でしょ、あとは『ウテナ』は私のなかでバイブルだし、もちろん『セーラームーン』は大好きだし」

「あー、全部いい作品だ」

「えっ?」


 彼女が早口で羅列したその作品たちは幸いにもすべて観たことのある面々で、だからこそのそういう感想が自然と漏れてしまったのだが、結果、彼女が食いついてきた。


 ゆえに、俺はなんとか言葉にして続ける。


「えっと、なんていうか、どれもジャンルは違うけど、深さがあるというか。面白いから、ただ面白いって気持ちで観ることもできるけど、それだけじゃないというか……」


 喋ってて恥ずかしくなっていくのが、自分でもわかる。そもそも中2の分際で作品について語るなんておこがましいと思うし、普段はそう思って感想をノートに書き込むだけにとどめてるんだけど……。


 オフ会に参加した後だからだろうか。テンションがおかしくなってるんだろうか。あのユキトとか言う変人大学生の話をずっと聞いてたせいでフラストレーションが溜まってたのだろうか。自分でも、自分が格好つけていることがわかる。振り返ったときにひとり恥ずかしくなる未来が見えている。


 でも、そこでさらに予想外のことが起こった。


 俺が話せば話すほど、目の前の女の子の瞳が輝いていったのだ。


 そして、胸の前で両手を合わせると、我慢できなくなったという感じで口を開く。



「そう! そうなの!」

「えっと……」

「ただ単純に面白いだけじゃなくて、その作品ならではの哲学があると思うんだ。クラスの子とかにね、昔のアニメが好きって言ったら『古いの観てなにが楽しいの』って言われるんだけど、そうじゃないんだよなーって」

「あ、それわかる。古いとか新しいとかは関係ないよね」

「そう! そうなの! むしろ面白い作品はいつの時代のでも面白いよね。時の洗礼に耐えきってるって言うのかな。ふふっ」


 俺が思わぬ形で同意&論を補強したのが嬉しかったのか、彼女のテンションは明らかに上がっていた。


 と、そこでエレベーターが1階に到着。彼女は優しく俺に告げる。


「……一旦降りよっか」

「う、うん」


 自分の身に起こっていることをまったく理解できないまま、ドアが開き、俺たちは夜の街に放り出されることとなった。

わかりやすいオマージュを入れてみました。

ちなみにこれまでにも名作ラブコメ映画のオマージュを何個か入れています。気付いた方いらっしゃるでしょうか?笑

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