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85 それはまるで映画のように1

「つまりさ、ラノベっていうのは、今の時代に小説が生き残っていくうえで、唯一残されたフォーマットなんだよ」

「そうなんですね」

「今の人はスマホ中毒だし、動画みたいな受け身なコンテンツに慣れてるから、読書みたいに能動的にする娯楽が苦手なんだ。なのに、小手先の文章表現とかにこだわって小難しいこと書いてたら、読んでなんかくれないだろ?」

「そうなんですかね」

「もちろん、作家に趣味嗜好があるのはわかるよ? でも、ビジネスでやってるなら売れないと意味ないじゃん? 金になって初めてプロの作家って言えるワケだし、究極的に言えば、小説って作家のものだけど、同時に作家だけのものでもないというかさ。まあ、親が裕福で作家家業で食っていく必要がないなら、好きに書けばいいと思うけどさ」

「なるほど……」

「そういう意味でもラノベは可能性がまだ残ってるほうなんだよ。巻数重ねやすいし、マンガに比べて制作コストも低いし、メディアミックスしやすいし、なによりアニメの原作にもなる。というか、ラノベの果たすべき役割のひとつだとすら思うね」

「ラノベの役割が、アニメの原作ですか……」

「もちろんそれだけじゃないし、ラノベにしかできない表現とか面白さがあるのもわかるけど、でも大半の読者ってそんなとこ見てないんだよね。なのに『ラノベにしかできないモノw~』とか言って細かいとこにこだわるのは、もはや読者のためじゃなく書いてる自分のためというかさ。アニメ原作が無理でもマンガ原作くらいにはなるべきだし」

「マンガ原作くらいには、ですか……」

「ちょっと見回してみたらわかるでしょ。世の中、絵はそこそこ上手いけど話は考えらんないって人なんか山ほどいるんだから、そこにそこそこ面白いラノベ原作を足したらちょうどいいんだよ」

「そこそこ面白い、ですか……」

「でも、本当の意味でダメなのは作家じゃなく編集者だと思うね、ボクちんは。少し流行ったと思ったらみんな異世界転生に飛びついてさ。でも、それってジャンルが飽和状態になるから、結局自分たちの首を絞めるだけなんだよね」

「なるほど……」

「だから、ボクちんが出版社に入ったら、絶対に毎年10万部売れる新作を立ち上げて、それでアニメ化されて100万部売れる作品も何年かに一度つくるんだ。もちろん、『なろう』でちょっと人気出たってだけでまだストックも全然ない作品に声かけて出版して売れなくて打ち切りになって、結果、連載もエタってみんな不幸になる、みたいなこともしないよ」

「ユキトさんならヒットさせられるってことですか?」

「……そうちゃん、残念ながらそれはハズレだ。ボクちんはそもそも、なろうでちょっと話題になってるってだけの作品に声かけたりみたいな、そんなプライドのないことはしない。作家は編集者が育てるものだと思うからね」

「なるほど……それは、すごい、ですね……」


 厄介なことになったな。と俺はひとり胸のなかでつぶやく。


 同じ趣味を持つ人間たちの楽しい交流が始まったかと思いきや、どうやら座った場所が良くなかったらしい。


 俺の隣の席は、現在大学3年生のHN.ユキトさん。ウェリントンタイプのメガネをかけたうえで、七三に前髪を分けた某花輪くんのような髪型をしており、なんだか知的な雰囲気の青年だ。


 彼は現在、有名私大の文学部に通っており、ゼミではライトノベルについて研究しているという。そのゼミは本来、純文学を扱うゼミなのだが、ユキトさんだけはラノベを研究対象にして、卒論もそれで書いている最中らしい。


 なお、卒業後は出版社でラノベ編集の仕事をしたいそうで、現在就活準備中。宣伝会議というスクールに通ったり、編集者が登壇するイベントに参加しているとのこと。


 しかし、それはいいとして……さっきから辛いな、うん。


 べつに彼がラノベに対してどんな意見を持っていようが構わない。けど、いくら俺が年下だからって酒の酔いに任せて上から目線で一方的に話してくるのは、正直、勘弁してほしい。さっきからずっと話しかけられているせいで、俺は他の人と話せていないのだ。もちろん、あの女の子とも……。


 チラッと横目で見ると、彼女は今もなお、幹事の男性と話していた。えっと、たしか彼はアニメ関係の仕事をしてたと言ってたような。プロフィールにはなんて書いてあったっけ? 冬なのに半袖のポロシャツ着て季節感ないのも、アニメ業界の人だからだろうか。それは関係ないか。


 じゃない、今はあの子の話だ。


 こういう会に参加するくらいだから、彼女もコンテンツ好き人間なんだろうか。入ってきたときと同じく、屈託のない笑顔を浮かべ続けており、薄汚い居酒屋のなかでそこだけ一筋の光が浮かんでいるように見える。


 やっぱり、一言でもいいから、話してみたいな……。


「……そうちゃん? ボクちんの話聞いてる?」


 あの子の話じゃなかった。


 ユキトさんが不満げに、俺の顔を覗き込んでいる。前髪を指で流しながら、気取った口調でそんなことを言うので、ウザさの濃度がスゴい。ウザさの濃縮還元だ。てか、ずっとスルーしてきたけど、一人称ボクちんってなんだよ。


「ええ、聞いてますよ」


 そんなふうに返事し、ユキトさんは機嫌良さそうに話を続けるが、俺はもう相槌を打ち、聞いているフリをするだけになっていた。


 というか、彼との会話が始まって20分もする頃には、俺の中にある確信が浮かんでいた。それは、


『この人には、根本的な部分で作品に対するリスペクトがない』


 という確信である。さらに言えば、


『作品だけではなく、作家という生き物に対するリスペクトもない』


 という言い方もできるだろうか。


 たしかに彼の発言には--それが彼自身の意見というより、ネットで散々言われているものっぽいということはさておき--個人的に納得させられる部分もある。読書が能動的な娯楽ってのはその通りだろうし、巻数を重ねやすいラノベが、ヒットしたときに一般文芸などに比べると美味しいってのもわかる。制作コストだってアシスタントが必要になるマンガより低いのも事実だろう。


 と同時に、出版社のお金で本にして販売している以上、ビジネスとして成立させないといけないのだってわかる。俺はまだ中学2年生だが、オヤジの仕事の話をよく聞いている分、お金を稼ぐのが大変なことだというのをなんとなくにせよ、理解しているからだ。


 けど、それを踏まえても……なのだ。


(この人には、作品や作者に対するリスペクトが欠乏しすぎている……)


 どうしても、そう感じてしまうのだ。


 とくに「アニメ化に向いた作品以外は売る意味はない」とか「絵は上手いけど話は考えられないやつに、そこそこ面白いラノベ原作はちょうどいい」とか、よくもまあそんなことが言えるな……とすら思った。


 考えているうちに、違和感がだんだん言葉としてまとまっていく。


 もしかすると。


 ……いや、きっとそうだ。


 彼自信は気付いていないのかもしれないが……きっと、彼は自分の思想や考え方が正しいことを証明するために、作家やライトノベルを利用しようとしているのだ。


 「編集者になりたい」という想いだって、突き詰めていくと、感情をひとつひとつ因数分解していくと、そこに残るのは「俺の正しさを証明したい」「俺の頭の良さを証明したい」「俺が他の人間より優れていることを証明したい」みたいな感情なのかもしれない。高学歴であることに必要以上の価値を見い出し、実際は頭が硬いにもかかわらず、それに気付かず、作品や作家を自己実現に悪用しようとしているのではないか……。


 ああ、なんて浅ましいんだろう。


 そして、なんて悲しいんだろう。


 こうなってくると、もはや意見のひとつひとつが正しいかとか、そういうことはどうでもいい。だって、今この空間には「ラノベやマンガのことが大好きな人」が集まってるはずだったのだから。


 俺のなかで、居場所になりかけていた場所が壊れたのだ。


 かわいい女の子に話しかけられることを期待していた1時間前の俺。しかし、実際はそうでないどころか、厄介な男子大学生に絡まれているのが現実だった。



   ○○○



 その後、俺はみんなより早めに店を出ることになった。


 中学生なのであんまり遅くならないように、ということらしいが、実際はユキトさんにずっとまとわりつかれていた俺を見て、気を遣ってくれたんじゃないかと思う。


 とくに幹事のおじさんは申し訳なさそうな顔をしていたので、「門限とか気遣ってくださってありがとうございます」的な感じで一瞬、頭を下げそうになったが、「かわいそうだと思うなら絡まれてるときに助けてくれよ」という本音がすぐ浮かんだので、感謝するのはやめておいた。


 むしろ、放っておかないで助けてくれよ半袖ポロシャツ男め……ごく普通系中学生が意識高い系大学生に絡まれてるって言うのに、それを救うより大事な仕事がこの世界にあるって言うのだろうかいやない。


 そして、店の入り口のところで気付き、心のなかで口ずさむ。


(結局、あの女の子とは一言も結局話せなかったな……)


 まあでも、現実なんてこんなものだろう。むしろ、少しでも同じ空間にいられたことを感謝すべきなのだ。


 落胆と、安い揚げ物のニオイをまとった黒のピーコートに身を包んで店を出る。外の冷気が頭を冷やせと言っているような気がして、エレベーターに乗り込むと俺は「閉」ボタンを何度も押した。


 そして、取り出したのはヘッドフォンだった。


 今ではまったくつけず、つけてもイヤホンだが、当時はそのフォルムに憧れ、ヘッドフォンを好んでつけていたのだ。思春期だったというのもあるし、外界から自分の身を遮断してくれているかのような気持ちにさせてくれる、というのもあった。


 そのときヘッドフォンをつけようと思ったのは、完全に後者の理由だった。そうやって今すぐでも気を紛らわさないと、不快感で吐きそうだったのだ。


 と、そうやって音楽を流し始めたとき、ドアがスッと開いた。あれ、もう一階についたのか、今押したばかりなのに……そう思って顔をあげると、俺は目の前の光景に目を見開いた。


「あ……」


 目の前に、あの銀髪の女の子がいたのだ。

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