83 中2の冬1
その週末。
待ち合わせ場所である改札前で待っていると、向こうから本天沼さんが歩いてくるのが見えてきた。
軽く手を振ると、俺の存在に気づいたのか、駆け足でこちらに向かってくる。駆け足と言っても、ゆったりおっとりした彼女なだけに、そこまで早くないのがポイント。俺のところにたどり着くと、本天沼さんはすかさず尋ねる。
「待ってないよね?」
「ごめん待った? じゃなく、待ってないよね? なんだね第一声」
「うん。時間的にまだ待ってないだろうし……待ってたとしても若宮くんなら『待ってない』って言ってくれそうだし」
「えらく俺への評価が高いんだね? まあ待ってないけども」
出会って4秒でツッコんでしまった。意図が通じたと思ったのか、本天沼さんはふふふと柔らかい笑みをこぼす。
本天沼さんはボーダーのトップスに、紺と黒の中間のような色合いのワンピース……いや、これはジャンパースカートって言うんだっけ? を重ねたファッションだった。肩にかけたトートバッグは少し大きめで、おそらくメモ用のタブレットが入っているのだろう。 靴は黒のスニーカーだが、白い靴下がチラ見せされているので軽やか。かっちりしすぎていないものの、上品さは十分に出ている感じだ。
放課後に会ったことがなければ、ファミレスで遭遇したときも制服だったので、なにげに私服姿を見るのは初めてだった。
「そういや、休みの日に会うのって初めてだよね?」
俺が私服を見ていたのに気づいたのか、本天沼さんがのぞき込むようにして言う。
「中間テスト前、石神井くんとは会って一緒に勉強してたんだけど……若宮くんはあのとき敵だったもんね」
「敵というか。まあ敵か」
「私は完全に、石神井くんに、巻き込まれただけだったんだけどね」
「ご愁傷様でした」
「若宮くんこそ、その節は男男の揉め事って感じでお悔やみでした」
「ちょっと、そのイジリ方はもう……」
俺が顔をゆがめると、本天沼さんは満足そうにふふっと笑う。
「にしても……まどちゃん遅くない?」
時計を見ると、たしかに集合時間からすでに10分近く経っている。
「そうだね、LINE来てない?」
「あ、さっき来てる……『寝坊したから先に行ってて! 絶対追いつくから!』って」
自分から参加を表明するものの、遅れて来るというのがなんとも高寺らしいと思った。
○○○
そんなワケで。
遅刻の高寺を一旦おいて、俺たちは先に横浜に向かうことになった。
JR南武線で川崎駅まで行き、そこから京浜東北線に乗り換えて桜木町駅へと向かう。最短でも40分と、同じ神奈川県とは言え、俺たちの住む場所から横浜はじつはそんなに近いわけではない。
高寺が追いつけるようにというのと、体力温存のために座席に座ろうというので、快速電車には乗らず、各駅停車で川崎まで向かうことにした。時間的にも余裕があるし、石神井なら構わないけども一緒にいながら読書に勤しむのもどうかと思ったので、俺は本天沼さんに前から気になっていたことを質問してみることにした。
「本天沼さんってさ、石神井とはどういう感じで仲良くなったの?」
「ああ、石神井くん?」
「中学同じだったんだよね」
「そうそう。初めて同じクラスになったのは、中3のとき、だったんだけど。でも初めて話したのはクラスのなかじゃなくて」
「そうなんだ」
すると、そこで本天沼さんの顔の角度が、少しだけ下がるのを感じる。
「若宮くんだから言うけど、私ね、中学生のときはちょっと孤立してたんだよ。そのときも委員会に積極的に参加してて、最終的には生徒会長もして」
「すごいな」
「でも目立ちすぎたのか、あんまり友達関係がうまくいかなくて、ひとりでいることが多かったんだ。『なんでこんなに人の目ばっか気にしてるのに上手くいかないの!』って思ってたんだけど、人の目ばっか気にしてるから上手くいかないんだよね」
「なるほど」
「で、そんなときに石神井くんと話すようになって」
そこまで話すと、本天沼さんが軽くふっと笑う。思い出し笑いをしたらしい。とてもくだらないことを石神井がしてそうで怖い。
「夏休みにね、生徒会の仕事で学校に行ってた時期があったんだけど、せっかくだしってことで図書室で勉強して帰ってたのね。そうしたら石神井くん、夏休みの間ずっと図書館にこもっててさ……最初のうちは受験勉強でもしてるのかなあって思ってて」
「中3だしね」
「私は全然そんなつもりはなかったんだけど、後輩の子とかのなかには石神井くんが勉強してる姿を見るために来てるような子もいて」
「黙ってればあいつイケメンだもんな」
「……って感じだったんだけど、ある日、石神井くんが『座右の銘』を作ってただけだったのを知って」
「座右の銘を作る……?」
意味がわからない話だったので言い間違いではないかと思い、座右の銘って作るものなの? という目で俺は本天沼さんを見るが、残念ながら間違いではなかったようだ。
「石神井くん、幼稚園のときからずっと日記つけてるらしいんだけど……そこに『明日の座右の銘』ってのを書くらしくて」
「なにそれ?」
「私もわかんなくて聞いたら、『座右の銘なに? って聞かれて、なんか一個答えるみたいな風潮あるでしょ? 僕の座右の銘は初心忘れるべからずです、みたいな。でも、座右の銘ってべつに一個じゃなくてもいいと思うんだよね。だから毎日、座右の銘を変えることにしてるんだ』って」
「……なにそれ?」
「詳しく話す前と後で反応が同じなんだけど」
本天沼さんが苦言を呈すが、致し方ない。だって意味がわからないのだから。
「いや、座右の銘だよね? 座右の銘は基本一個か、多くても二、三個でしょ」
「私もそう思ったんだけど、石神井くん的にはそんなことないらしくて……小学生の頃から毎日欠かさず次の日の座右の銘を決めてて、中3のときは夏休みの作文にそれを出した……らしい」
高校受験のために、夏休みなのに毎日図書室に通ってくる美男子……そんなふうに思われてたんだろうが、石神井は中学時代から石神井だった。
やってることが不毛の極みだし、意味不明すぎる。
「一応聞くけど、そのとき石神井が作ってた座右の銘って……??」
「えっと、『石の上にも三年、気づいたら中年』とか『勧善懲悪、略してカンチョウ』とか『ソクラテスにも賢者モードはある』とか『一期一会と一意専心を混ぜると一期専心でイチゴ戦士っぽい』とか……」
「全部座右の銘じゃなくない?」
「だね」
「ギリギリ、『ソクラテスにも賢者モードはある』はなんとなく『どんなに偉い人でも結局は取るに足らない人間である』的な解説を入れられそうだけどよくわかんないし、ただのダジャレもあるな……」
「私に言われても……」
「そうだよね、ごめん……」
謝りつつ、思う。なるほど、石神井はその頃から不毛なことに命をかけてたんだな……マジで全然変わってない。
しかし、呆れる俺をよそに、苦笑を浮かべたまま本天沼さんはこんなふうに続ける。
「でもね、そんな姿を見て私、衝撃を受けて。『ああ、人間ってこんなにむちゃくちゃでいいんだ』って……究極的に言えば、石神井くんは自分が人からどう思われるかに一切興味がないんだよ」
「まあ、それはわかる」
「だから周りに期待しないし、人に『こうあるべき』みたいなのを押しつけない……だから、誰とでも分け隔てなく仲良くなれる」
教訓を得るエピソードとしては意味不明すぎるが、でも。本天沼さんの指摘は、正直核心を突いていると思った。
実際問題、石神井は誰かに自分の価値観を強制したりしない。むしろ自分との違いを楽しむし、そういうのを知ることを楽しみにしている節もあると思う。だからこそ、俺のような人間とも仲良くできるのだろうし。
「でも、そんななかでもたまに彼の琴線に触れる人が出てくる……わかる?」
「琴線に触れる……」
「正解はね、変な人」
「変な人? それって、俺が変な人みたいな言い方じゃない?」
「みたいな言い方……じゃなくて、違うの?」
真面目にツッコんだつもりが、本天沼さんに一笑に付されてしまった。
正直、俺は自分のことをごくごく常識的で中庸で平凡な人間だと思っているのだが、話が進まないので今は黙っていることにする。
「彼はね、変わってる人が好きなの。周りに流されないんじゃなくて、流れがわからないみたいな。ホントは自分もみんなと一緒に川をくだって行きたいんだけど行けなくて、ずっと上流でひとりぼっちでいる……ような」
「流されないんじゃなくて、流れがわからないってことか」
「そういうこと」
「ん、それってズレてるってことか?」
「そういうこと。っていうふうに考えると、私や若宮くん、高寺さんに、最近は中野さんとも距離が近くなってきてるの、納得じゃない?」
その問いかけに、俺は黙ってうなずく。
中野、高寺は明らかに色んな点でズレてる女子だし、仲良くなると本天沼さんも結構おかしいとこある。
「その後仲良くなって、私が素の自分を見せるようになってもなにも言わないからね」
「好奇心オバケだもんね」
「むしろ、満足いくまで横にいてくれる」
「まあ、あいつも楽しんでそうだしね。ウィンウィンってやつか……あいつ自身は意識高い系どころか、意識低い系、いや意識不明系だけどな」
そんなふうに俺が茶化すと、本天沼さんはクスッと笑ったのち、こう述べる。
「だから、クラスのみんなは私が石神井くんに振り回されてるって思ってるけど、それは違くて……ホントは私たち、お互いに振り回してるの。都合のいい友人としてね」
都合のいい友人として、お互いに振り回し合う。
なんとも独特な関係性だが、普段石神井がしょうもないことを言い、それを本天沼さんが毒のある言葉でいなしているのを見ている俺としては、なんともしっくりくる表現だった。ふたりの間には、俺と石神井の間にあるものとはまた別の、揺るぎない信頼があるのだろう。
窓の外を流れる景色に視線を向けながら、そんなことを思っていると。
「若宮くんはさ」
隣から遠慮のない視線を感じる。それは先程より、少し踏み込んだ感じの目だった。
本天沼さんの、澄んだ黒い海のような瞳が、俺をじっと見つめる。
「それまでの価値観とか考え方が大きく変わった出来事とかある? 石神井くんと仲良くなったときの、中3の私……みたいに」
『社畜リーマン、お隣のJKが凄腕マッサージ師で即落ちしてしまった件…』なる新連載を開始しました。知能指数3くらいの頭の悪い作品なので、昼休みや電車の待ち時間、トイレの待ち時間などに読んでみてくださいませ。著者ページからどうぞ!




