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80 『反省文の天才』3

   =========



--声優にシフトするきっかけってあったんでしょうか?

鷺ノ宮:ひとつは、人前に出るのが得意じゃなかったからですね(笑) 舞台とかドラマとかって、基本的にカメラに写るじゃないですか。今でこそ平気になりましたけど、子供の頃はなかなか慣れなくて。でも、お芝居については褒めてもらえることがあって、「声優って興味ない?」と今の事務所の社長に誘ってもらったんです。


もうひとつは、今のマネージャーとの出会いです。じつは彼女、もともと声優で、事務所に入った時期が同じだったんです。年も離れてて、最初は特別仲良かったわけでもなかったんですけど、彼女が裏方に転身することになり、一緒に頑張っていきたいなと。もともと、自分のために頑張るより、誰かのために頑張りたいって人間なんですよね。今ではなんでも話せる仲で、私が一番信頼している人です。



   =========



 なるほど、本天沼さんの推理は見事に当たっていた。


 情報を可能な限りたくさん集めたうえで、取捨選択し、そこから推論を立てる。探偵とか、週刊誌記者とか、作家になれそうな想像力である。


「それで、確かめに行きたいんだけど……」

「また物好きだねえ」

「本音を言えば、若宮くんが教えてくれれば……行かなくて、済むんだけど」

「それはできないな、中野がOKを出したことじゃない限り。でもまあ、本天沼さんの行動を制限したりもしないけど」


 断られるのはわかっていたようで、本天沼さんは「ふふ」と小さく笑う。


「ありがと。引かれないだけで私には嬉しい」

「でも、すごい情熱だ。なんか、レベル高すぎて正直ついては……」

「そっか。でもそうだよね。やっぱダメかぁ……若宮くんが着いてきてくれたら、とっても楽しいかなって思ったんだけど……」


 俺がそう返すと、本天沼さんはがっかりした表情に変わる。ひどくうなだれており、その横顔はしおらしい。


「どうかした?」

「その、もし良ければ今週の土日って時間あったりしない? って聞こうと思ったんだけど……」

「あったりする」


 自分でもびっくりするくらいの即答だった。


「えっ?」

「土日、ちょうど暇だった。たぶん今までの人生史上、一番暇な土日になる気がする」

「人生で一番暇な土日……」

「今のところ息する以外の予定は入ってないから」

「息、は予定に入るのだろうか」

「本天沼さんが望むなら、その予定すらキャンセルする予定だね」

「そ、それは絶対ダメ!」


 そんなふうに俺が勢いよく返していると、本天沼さんは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにいつもの柔和な笑顔に戻る。


「なら良かった……ついていけないって言うから、てっきり横浜にもついて来てくれないのかなって……」


 精神的にはついてけないけど、物理的にはついて行く。そんな誓いを俺が心のなかで密かに打ち立てていると、背後の不穏な気配を感じた。


 と同時に、うらめしげな声が聞こえてくる。


「若ちゃん……舞ちゃんとどっかに行くの?」

「え……こ、高寺っ!!?」



   ○○○



 振り返ると、そこにはなぜだか今にも泣き出しそうな表情をした高寺の姿があった。


 ベンチの後ろの植木スペースにいたようで、特徴的な赤茶色の髪の毛には、葉っぱがついている。


「い、いつからそこに……」

「いや、ついさっきだけど」

「ついさっきって?」


 冷や汗が頬に垂れる。もしかして俺が本天沼さんのかわいさにニヤニヤしてたとことか見られてたら……。


「んー、人生で一番暇な土日、くらい?」

「おい、ついさっきって言ったくせにそれ結構前……」


 反射的にそんな言葉が口からこぼれるが、あれ、あれれ?


「いやそれ。リアルについさっきじゃないか」

「うん、だからそう言ったでしょ?」

「いやいや、そういう場合はついさっきと言いつつ10分くらい前から盗み聞きしてるもんだろっ!」

「しょ、正直に言ったら怒られたっ!?」

「アニメやラノベのお約束守れよっ!!」

「だ、だってここアニメの中じゃないもんっ!!」


 理不尽だというふうに高寺が叫ぶが、俺もそう思う。我ながら。


 すると、若干グズった顔になりながら、体についた葉っぱを払いながら高寺が植木から出てくる。


「若ちゃん、舞ちゃんとどっかに行くの?」

「あー、うんまあなんていうか」

「聞いた情報をもとに考えると……りんりんの秘密を探るために行くワケだな?」

「あ、そうだよ。てか逆によくわかったな?」

「やー最近、舞ちゃん、ずっとりんりんのこと調べてるからね」


 高寺は明るいテンションで言うが、やっぱちょっと怖いよ本天沼さん……隣で顔赤くしてるけど、もう指摘されて照れていい段階は過ぎてると思う。


「まあ、俺は同行するだけで、協力するワケではないけどな」

「だろうね」


 しかし、なぜか高寺は不満げな表情だった。


「ん、どうかしたか?」

「え、なにが?」

「いや、なんか不機嫌っぽい感じだから」

「え、べ、べつにそんなことないし! ……ただちょーっと、遊びに行くならあたしも一緒に行きたかったな、なんて。だってあたし、若ちゃんともうデートしてるでしょ?」

「え、デート?」

「本天沼さん、これは違うんだ。おい高寺、誤解を生むような言い方するなよ」

「なにが誤解なの? ただ、ふたりで一緒にたくさん汗かいて、ケーキ食べあいっこもして、いろいろ深い話もしたってだけじゃん」

「おいまた変な言い方しよって……」


 間髪入れずに注意するが、高寺は舌をぺろっと出しておどける。あざとい女の子がやればあざとくなりすぎる仕草だが、ボーイッシュで若干男子ノリもある彼女なだけに、絶妙なバランスでかわいく成立している感じ。


 そして口調が妙に仰々しいので、やらしさとかは一切感じさせない。


「一回だけバッティングセンターに行ったことあるんだ。俺と石神井が放課後遊びに行ってるって知って、それを高寺がデートって言ってきて」

「あー、そういうことか」

「あたしからすれば十分デートだから。要するに石神井くんには負けてらんないなって、そういう話ですよ旦那」

「なんで石神井に張り合ってるんだ」

「なんで? んー、べつに意味はないかな」

「ないのかよ。それはそれで腹立つな」


 きっとそうなんだろうとは思っていたが、面と向かって言われるとちょっと切ない。


 そして、ここにきて高寺が石神井と張り合ってきたのが純粋に怖い。だって彼女は石神井と同程度・別ベクトルで変わり者&面倒だし、あとはなんだかんだ言って女子ってのもある。男子である石神井から求愛されたり、彼女ヅラされても受け流せばいいだけだが、高寺にそれをされてしまうと、冗談でもこう、胸にクルというか……。


 でも、この男友達と接しているかのような気楽なノリで付き合えるのが高寺であり……


(この子、非モテ男子ウケしそうだよな……明るくて男子ノリがOKで友達感覚で付き合えるんだけど、ビジュアルがかわいいから女友達の枠には簡単におさまってくれない、とでも言うか)


 ゆえにそんなことを思いつつも、受け入れるほかない。


 そして、本天沼さんが深くうなずく。


「そっかそっか。ふたりはバッティングデートしたんだね。理解した」

「本天沼さん、誤解した、だよ正しくはは」

「うふふ、冗談だよ」


 そして本天沼さんは俺をからかうと、高寺のほうに顔を向ける。


「でもまどちゃん、ソフトで小学生のとき全国大会優勝だもんね」

「そうそう、じつは……って舞ちゃんなんでそれ知ってんの!?」

「もちろんまどちゃんのことも調べてるよ。熊本県出身って聞いたから、名前とそれでググったら出てきたんだ」

「そ、そうなんだー……」


 目玉が飛び出そうなほど目を見開き、驚きをあらわにする高寺。自分についてリサーチされているとは知らなかったようだ。


「キャッチャーで7試合に出場。打順は2番が4試合、3番が3試合で36打数20安打、打率5割5分6厘で3本塁打10打点13得点10盗塁」

「あ、合ってんのか覚えてないけどたぶんそんな気がする……」

「ちなみにキャッチャーとしての成績は」

「あ、うんもう大丈夫。お腹いっぱい」


 高寺はすっかり顔を引き攣らせているが、本天沼さんはそんなことは気にしていないらしい。


「ちなみに、中学生のときの情報はまだ見つけられてないんだけど、小学生のときはすごく活躍してたみたいだし、きっとすぐ出てくるよね」

「あはは、すごい調べてるね。うん中学のときは……って今はあたしの話はよくて! 横浜行くならあたしも行きたいなって」


 無理矢理話を逸らす高寺。それくらい、本天沼さんのリサーチが怖かったのだろう。


「もちろんいいよ。じゃ、3人で行こうか」

「決まりね。じゃ、また教室で……!」


 どこかホッとした様子を見せると、そんなふうに言い残して、高寺は走って去っていったのだった。

余談です。


芸能事務所には元タレントのマネージャーさんはたまにいらっしゃる印象です。橋本環奈さんのマネージャーさんとか有名ですよね。

でも、取材した限りでは元声優のマネージャーさんは滅多にいないようです。どういう違いがあるのかな〜と考えてみたんですが理由はわかりませんでした。笑

みゆこ氏の存在はフィクションとしてお楽しみいただければです。

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