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78 『反省文の天才』1

 その声は、かすかに震えていた。


「若宮くん……パンツくらいだったら、見せてあげてもいい、よ……?」


 他に誰もいない夕方の教室で、本天沼さんが俺を見上げながらそう言った。もともと白い肌は首筋まで赤く染まっており、小さな肩は声と同じように小刻みに揺れている。


「ちょ、ちょっとっ! な、なにふざけてんの!?」

「私、ふざけてなんか、ない……よ? 本気だもん……」


 そう言うと、本天沼さんは制服のスカートの裾をぎゅっとにぎる。手のひらにこめられた力の分だけ裾がたくし上げられ、肉付きの良い白い太ももがあらわになった。たった数センチでこの威力なのだから、これ以上たくしあげられれば、俺の心臓はどうなってしまうんだろうと思う。


 彼女の熱い吐息を感じて、俺の視線は上へと戻る。その瞳は色っぽくうるんでいた。


「私、控えめっぽく見られがちなんだけど、ホントは好奇心が強すぎて、気になったこと知らないままにしておけないの……だから、若宮くんのこと教えてくれないと、我慢できなくて……もっと深く深く、若宮くんのこと、知りたい……」


 そう言うと、本天沼さんは俺ににじり寄り、自分の体を俺にそっと当てる。柔らかい胸の膨らみが右腕にあたり、俺は思わず後ろに尻餅をつく。


「……」


 動揺のあまり声が出ないが、本天沼さんは俺に近づくのをやめず、女の子座りの体勢に。両脚の間に手をつき、伏し目がちに俺を見上げて。


「だから、その、パンツ見せてあげるからさ……」

「お、俺はパンツなんかで動く人間じゃ……」


 スカートの裾をつかむ彼女に、俺はそう告げる。そんなの見せてくれなくても君にならなんでも教える……そう言おうとしたが、口のなかが乾燥して続きがうまく言えない。


 すると、彼女がばっと視線を俺から外す。ぱっちりした二重の瞳は今、現実から目を逸らすかのように閉じられており、長い睫毛が確認できる。


 そして、顔を逸らしたことでこちらに向いた頬が、みるみるうちにふたたび赤くなっていった。


「そっか……若宮くんはパンツだけじゃダメなんだ……」

「ちょ、ちょっと……」


 細く、しかし柔らかそうな体から距離をとろうとして、俺は仰向けに。だが、本天沼さんは動きを止めず、俺のうえに馬乗りになり……シャツのボタンに手をかける。


「パンツだけじゃダメなら、上も……ブラもつけてあげるから……ね?」

「ちょ、ちょっと! 俺、そういう意味で言ったわけじゃ……!!」


 細い指と指が動き、シャツのボタンが外されていく。ボタンが3つ外れると、顔や手のひら以上に白い肌が生地の奥側に見えた。驚くほどきめ細かい肌は、陶器ですら「荷が重い」と感じそうなほどスベスベで……。


 俺は反射的に顔を背けるが、体ごとグルンとひねると、勢い余ってそのままベッドの下に落下した。


 ……ん、ベッド?


 あれ俺、今、床のうえで馬乗りになられていたような気が……。



   ○○○



 左半身に激しい衝撃を感じながら、俺は頬に冷たさを感じる。目を開けると、そこはいつもの俺の部屋。窓から差し込む光を見るかぎり、これは間違いなく朝。


 ……夢だったか。


 いやそうだよね。夢だよね。だってこういう展開、今までにラブコメ作品で1万回は読んだもん……『めぞん一刻』だけでも100回は見た気がするもん……。


 そんな気持ちの一方、現実に戻った俺の胸にうかんだのはふたつの感情だった。


 ひとつはこれが夢で良かったということ。もし現実だったら、俺は彼女を制止しきることができず、結果的にパンツもブラも見ていたに違いないからだ。


 もうひとつは、これが夢じゃなければ良かったのに、ということだ。あの異常な好奇心を踏まえても、本天沼さんはかわいい。成績優秀で落ち着いていて、コミュニケーションもちゃんととれて、おまけに恥じらいがあるところがいい。現実で今の夢のようなことを経験できれば、俺は興奮と感動で昼も夜も眠れなくなるに違いない。


 結論。


 ふたつの感情が浮かんだとか言いつつ、まとめると「パンツ見たかった」だった。普段、学年成績1位を理由に知的ぶってる俺だが、結局はただの男の子だったらしい。


「くそ……せめてあと5分夢のなかにいたかった……」  


 そんなことをつぶやいていると、急に斜め前方から視線を感じる。ドアのほうに目をやると、10センチほど開いた隙間から、絵里子がこちらを見つめていた。


「おい、なんでそんなところで見てる」

「いや急にドンって音が聞こえて、ベッドから落ちたのかなって思ってたら、すごい悔しそうにしてるから、声かけちゃ悪いかなって」


 まったく、普段いくら声をかけても起きないのに、なぜこんな日に限って自分から起きてくるのか。


「ねえ、なんの夢見てたの?」

「さあ朝ご飯食べるか」

「お母さんに言えないような夢なんだ?」

「朝は忙しいから話してる時間ってないんだよなー」

「ねえなんの夢見てたの? ねえ?」

「忘れた。どんな夢かもう忘れた」


 本当は忘れられるワケないんだけど。


 そんなふうにして、俺は執拗に質問してくる絵里子をかわしながら部屋を出た。



   ○○○



 絵里子の追求を振り切って家を出たこともあり、いつもより20分ほど早く学校に着いてしまった。生徒の姿もまばらで、いつもはごった返している靴箱付近も空いている。


(どっかで時間を潰すしかないな……)


 ぼっちの特性、というか俺の特性なのだが、教室に長い時いすぎると蕁麻疹が出てしまうのだ。でも授業が始まればイヤでもみんなと一緒にいることになるので、ちょっとくらい拒否反応出ても仕方ないと思ってほしいところ。まあ最近は石神井や本天沼さん、高寺と話したり、昼休みになれば中野とも話すので、「ほぼぼっち」だった以前とは比較にならないくらい交友範囲が広がってるんだけど。


 俺は少し歩き、ちょうど良い場所を見つけた。食堂横にひっそりと置いてある、ベンチだ。通路を挟んだ向かい側には自販機横が並んでいるが、校舎の位置関係的に年中日影になっている場所で、夏は涼しく、冬は激寒。人通りがあまり多くない場所なのだ。


 暦的には初夏を迎えつつある今でも、ヒンヤリとした朝の空気が肌にまとわりつく。自販機で甘さ控えめの缶コーヒーを購入すると、俺はベンチに座って本を開いた。


 缶コーヒーのプルタブを押すと、心地よいニオイが、朝の水っぽい香りと混ざって鼻腔を刺激してくる。 


 ……と、程なくして向こうから足音が近づいてくるのが聞こえる。


「若宮くん、はやいね」

「本天沼さんこそ」

「違うよ。今のは『若宮くんなのに今日は早いね』って意味。私は、今日は遅いくらいだよ?」

「あ、左様ですか」

「学級委員は仕事多いからね……コーヒー?」


 手の平で包んでいたので、片手で持ってラベルを見せる。


「まだ飲んでないけどね」

「私も同じの飲もうかな」


 そう言うと、本天沼さんは自販機で俺と同じコーヒーを購入。俺の隣に座るが……


 手に持っていたのは、野菜ジュースの缶だった。


「あれ、おかしいなコーヒー押したはずなのに……」

「俺も見てた。たぶん業者の人間違えたんだな」

「うわー、ショック……しかもばっちりホットだし……あったかい野菜ジュースとか気持ち悪い……」

「交換しようか?」


 そう言うと、本天沼さんの目が見開く。


「え、交換?」

「俺まだ飲んでないし、野菜ジュースも好きだし」

「え、でも……ホントにいいの?」


 ひどく驚いた顔だったけど、俺としては野菜ジュースは普段から飲むので、黙って交換してあげる。


「ありがとう……このご恩は、一生忘れません」

「重いな」

「じゃあもう忘れる」

「軽いな。まあべつにいいけど」


 そう言うと、本天沼さんは微笑みながらコーヒーを口にする。形のいい、潤った唇を見ていると

「もしも自分が一口つけていたら間接キッスになったのだろうか……」などという妄想が俺の脳内には浮かんだ。


 今までラブコメラノベとか読んでて「安易な手法だな」「そんなんで読者がキュンとすると思ってんのかよ」「こっちは童貞でも、ただの童貞じゃなくて散々ラブコメ読んで耐性がついた童貞なんだよ」という気持ちになってきたのだが、実際に自分が経験してみると、素直に口づけしておけば良かったなと思う。


 そして、飲み終わった缶を「あ、それ捨てておくよ」と言って受け取って、こっそりポケットのなかに入れる的なね。そうすれば半永久的に間接キッスができることになる。まあ自分がキッスしまくると本天沼さん成分がだんだん薄くなり、自分の唇の細胞が多くなってつまるところ自分と間接キッスしてることに……。


「若宮くん」

「はいっ!?」


 酷い妄想をしている最中に呼ばれたせいで変な声が出るが、異変には気付かなかったのか、本天沼さんは真面目なトーンで続ける。


「その、先週はごめんね。私、めちゃくちゃ暴走してたけど……迷惑じゃなかった?」

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