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45 高寺円、引っ越しの巻2

「いでっ! 何すんだよいきなりっ!」


 振り向くと、注ぎ込む夕陽の中、中野が涼しい顔で立っていた。その手に持っているのは刃渡り10センチのハサミとガムテープ。


「あらごめんなさい。同じ場所でぼーっと動かないでいるからゴミなのかと思って」

「人間だ人間」

「死んだ魚のような目をしているから、てっきり生ゴミかと」

「あのな中野。魚は基本的に死んだのを食べるんだぞ。新鮮なお寿司だって、死にたての魚を使ってる。生きたまま食べる、いわゆる踊り食いをするのはイカ、タコ、エビくらいで、だから目が死んでるからって生ゴミとは限らない」

「よくそんな屁理屈がスラスラと出てくるわね。無理な屁理屈、略して無理理屈ね」

「自分が前に一回間違えた言い回しを、独自の表現かのように使うのはやめろよ。そんな日本語はないからな?」

「……高寺さん、お嬢様なのね」

「みたいだな」


 中野の声のトーンが下がる。と同時に、なぜかそこには不満にも似たニュアンスが含まれているように思えた。俺は顔についたガムテープを剥がすと、尋ねる。


「意外だったか?」

「んー、そうでもないかも。九州出身で高校からこっちに住んでて、しかも一人暮らしってのは前から知ってたから」

「そっか」

「……若宮くんはどう思った?」

「どう? いや、なんか遠い世界の話みたいだな、くらいしか」

「相変わらず他人行事ね」

「それを言うなら他人行儀な。実際問題俺たちは家族じゃないし、それに家庭の事情なんかそれぞれだろ」

「……」


 俺としては絵里子のことを思い浮かべながらの発言だったが、なぜか中野はこちらをじっと凝視。


 そして、小さく息を吐くと、


「そうね。若宮くんの言うとおりね」


 と、小さくつぶやいた。その整った横顔を視界の端で捉えるが、なにを思っているのかは少しも伝わってこない。


 そして、そこで高寺がベランダから戻ってきた。


「ごめんね待たせて! 今引っ越し中で友達来てるって言ったんだけどなかなか切ってくんなくて」

「あら、慌てる必要はなかったのよ?」

「いやでも親とは毎日電話してるし、いつでも話せるし。ホント、高校生にもなって過保護なの勘弁してほしいよね」


 高寺としては、冗談半分だったかもしれない。陽気に喋るその様子を見るに、100%の気持ちで言ったワケでなかったのは俺にもわかった。


 が、中野としてはなにか思うところがあったらしい。


「高寺さん、たしかにあなたの言うことも一理あるかもしれないけど、でも親には感謝すべきよ」

「へ」

「だってこのマンションの家賃、親に払ってもらってるんでしょう?」

「え、それはその、そうだけど……」

「新人声優なんて、月の手取りはせいぜい数万円。ここの家賃18万円は言うまでもなく、ましてや学費や生活費を自力で支払えるワケがない」

「……ってりんりんなんでこの部屋の家賃を!?」

「さっき調べたからよ」


 そう言いつつ、中野はスマホ画面を俺たちに見せる。そこには不動産会社のサイトが表示されており、たしかに家賃が18万円であることが表記されていた。


「りんりん、あ、あたしのプライバシーは……?」

「声優としてまったく稼げていないなか、学費や生活費をすべて出してもらっていて、そういう言い方はどうなのかしら。物事を損得だけで考えることが正しいとは言わないけれど、少なくともあなたは今、存在そのものが赤字なのよ」

「存在そのものが赤字……」

「中野、その辺にしような? このままだと高寺、溶けてなくなっちゃうから」


 俺が間に入ったことで、中野は小さくハッとなる。冷静さを取り戻したのか、前髪をかき分けると、こう続ける。


「声優にとって家族の支えはとても大事だから。感謝も仕事のうちだからね」

「……うん、わかりました先輩」


 優しい口調で、先輩のように言った中野に対し、高寺も後輩の顔で返したのだった。



   ○○○


 そんなこんなありつつ、太陽がすっかり沈んだ頃。


 3人で協力した甲斐あって、部屋はかなり部屋の様相を呈していた。


 リビングにはテレビ、テーブル、ソファーが置かれ、隣の寝室にもベッドと勉強用の机、本棚を搬入。ハンガーラックなどは別の部屋に運び込んだ。中身を入れるのは男子の俺がすべきことじゃない……と判断し、テレビの配線をつないでいく。と同時に、段ボールのなかから「FireTVStick」を発見。それも繋いでいく。どうやら高寺はテレビでいろいろ観るスタイルのようだ。


「ちょっと休まない?」


 そう言いながら、高寺が2リットルのお茶のペットボトルとコップを持ってきた。


 ということで引っ越し作業は一時中断。俺たちはリビングへと集まったのだが……ふたりの女の子と一緒の部屋にいることを思い出すたび、俺の心は緊張に支配された。冷静になるほど冷静になれないというやつだ。せめて、気を紛らわすものがほしい……。


「アニメでも流す?」

「あ、うんそうだね」


 なのでそう打診したところ、高寺が許可してくれる。なので俺は「FireTVStick」のリモコンをポチポチし、アニメを探していったのだが……


「待って」


 中野がいきなりそう言うと、俺からリモコンを奪う。そして、とある作品のところで指の動きが止まった。


「これにしましょ、若宮くん」

「いいけど、どうかした?」

「あー、もしかしてりんりん……」


 なぜか高寺が気まずそうな面持ちになる。


「あら、その反応ってことは高寺さんも受けてたのね?」

「うん、まあね。落ちちゃったけど……」

「どういうことだ?」


 尋ねると、高寺が痛みを堪えるかのような表情で説明し始める。


「んと、じつはあたしたち、このアニメのオーディション受けてるんだよね」


「あ……」


 高寺の返答を聞き、俺はすべてを察する。


「まああたしは当然落ちて……でも、りんりんもダメだったんだね」

「仕方ないわ。若宮くんのために説明すると、オーディションって落ちるのが基本なの」


 中野はごく普通なトーンでそう述べる。


「声優のオーディションってひとつの役をめぐって数十人とかが受けるものなの。だから人気の声優さんでもガンガン落ちるし……そうね、2割受かればかなりいいほうじゃないかしら?」


 打率2割というとかなり低いように感じるが、それだけ競争が激しいということなのだろう。


「だから高寺さんも、そう遠くない未来に慣れると思うわ。落ちるということに対して」

「そうなのかなあ?」

「私だって最初は落ちた作品を観れなかったけど、でも現実から目を背けてもなんにもならないでしょう? それに選ばれなかったってことは自分にはなにかが足りなかったのかもしれない。もちろん、それが努力で補えることかはわからないけどね」

「声質は変えられないもんね」


 高寺が補足するように言うと、中野はコクンとうなずく。


「この世界は競争の連続よ。声優って一見クリエイティブな仕事に思えるかもしれないけど、他とまったく被らないくらい個性的な声の人なんか滅多にいない。私だって、声優だとありがちな声質だしね」



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