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44 高寺円、引っ越しの巻1

 高寺の突然の転校のせいで、中野が1年以上にわたって隠してきた秘密があやうく露見しかけた今日だったが、幸いにもそれ以降はとくに大きな事件なく終わった。


 自己紹介でクラスを異様な空気に巻き込んだ高寺だが、中野が再三釘を刺したのが功を奏したのか、前後左右の生徒と話したりしつつも騒いだりはせず。他の女子生徒のおっぱいも揉んでいなかった。まあ、それは当たり前のことなんだけども。


 クラス内では基本、石神井と本天沼さんくらいしか話さず、読書に勤しんでいる俺に話しかけてくることもなかった。


(距離感は異様に近いけど、案外空気読むのかもな……)


 そんなことを思っていた俺だったが、多少空気が読めたところで、自分のペースに巻き込むことに抵抗がない子には意味がなかった。



   ○○○



 放課後、学校から駅に向かって歩いているときのことである。


「おーい、若ちゃん!」


 後ろから呼び掛けられた。

 

 くぐもった甘い声は、夕方の街のざわめきや車の音を簡単にかき分けて、労せず俺の耳に届く。


「おいこら若宮惣太郎、こっちこっち!」


 一瞬べつの若ちゃんかと思って聞こえないフリを試みたが、ご丁寧にもフルネームを呼ばれたので確定である。


「プライバシー意識とか皆無なんだな」

「あ、たしかにごめん」

「べつにいいけどさ」

「あ、いいんだ」


 駆け足で近寄ってきた高寺は、ビニール袋を腕にかけていた。スーパーではなく、百均のロゴが施されているものだ。


 そして、少し遅れて高寺の横に到着したのは……


「こんな時間に、こんなところで何をしているのかしら」


 黒縁眼鏡を外し、三つ編みもほどいた中野だった。つまり、学校用の変装はもうしていないということだが、同級生とすれ違ったときの身バレ防止のためか、大きめのマスクをつけている。


 ……のだが、眉のゆがみ方や目つき、そして発せられるオーラを見るに、マスク越しでも嫌そうな顔をしているのがわかった。


 思わず少し悲しくなって、俺はクレームを入れる。


「そんな嫌そうな顔すんなよ……普通に帰宅してただけだろ……」

「あら失礼。マスクで隠したつもりだったけど、にじみ出てしまったかしら」

「それはもうはっきりな」

「困ったわね。マスクを変えないといけないとしても、私、知っての通り小顔だからこれより大きなサイズになると、目まで隠れてしまうのよね」

「変えなきゃいけないのは感情が顔に出るとこだろでは……?」

「まあまあ、そんな言い合いせずにさ!」


 小競り合いの隙を見て、高寺が割って入る。


 困った感じで笑っているが、そういう高寺もよくよく考えるとかなり小顔で、小柄ながらも均整のとれたスタイルをしている。中野がキレイ系女子のスタイルなら、高寺はかわいい系女子のスタイルって感じと言える。胸も大きいし。


 と、そこで俺は気づく。中野も高寺と同じように、買い物袋を持っていたのだ。


「買い物か?」

「そう。あたし引っ越してきたばっかでしょ? 捨てちゃったモノもあるから、りんりんに買い出しついて来てもらってたんだ」

「今日は仕事なかったし、美祐子に手伝えって言われたから仕方なくね」

「ほんとに引っ越してきたんだな……」


 俺は少し怖くなりながらそう述べた。


 そりゃもともと、高寺が声優として中野のことを尊敬していたのはわかる。


 でも、引っ越しって大変な労力だろうし、お金だってかかるはずだ。高校からこっちに来たって言ってたけど、どういう感じで住んでいるんだろう? 高校生だし家族の誰かと一緒なんだろうけど。


「ね、もし良かったら若ちゃんも手伝ってくんない?」

「いいけど」


 渡りに船、と言っていいのかわからないが、疑問はすぐに解消されそうだ。


「じゃあその荷物持とうか?」

「えっ、いいのありがとっ! …って言いたいところだけど、じつはもう着いてるんだ」


 高寺は視線で引っ越し先を告げる。見上げると、それは大通り沿いにある、大きく立派なマンションだった。



   ○○○



 高寺の部屋は、そのマンションの最上階にあった。


 ワンフロアあたり3部屋しかない造りのようで、夕方という時間帯にも関わらず、マンション内はシンとしている。


 高寺がそのうちの1部屋のカギを開けようとしていると、中野が耳打ちしてきた。


「私、こう見えても結構根に持つタイプなの。まだ朝の件、消化できてないのに美祐子ったら、引っ越し作業を手伝えって」

「どう見ても根に持つタイプだと思うけどな。むしろ大地に根をしっかり張って憎しみの花を咲かせるレベル」

「憎しみの花……若干見てみたいわね」


 そう言うと、中野は自嘲気味にふっと鼻で笑う。そんな花なんか見たくないし、この会話自体、高寺に聞こえたらと思うと俺は気が気でない。


「あいたよ! どーぞ入って入って!」


 高寺のかけ声を受けて部屋に入ると、まず最初に俺が感じたのは廊下の横幅が広さだった。俺の家よりも体感20~30センチは広かったのだ。


 そして、この時点でドアが左右に4つある。風呂、トイレを除いてもまだ2部屋あるということだ。リビングに到達すると、そこには段ボールがところ狭しと置かれていた。テレビやベッドなどはかろうじて置かれていたが、それ以外はまだほとんどが段ボールの中のようだ。


 そして、奥側にさらにもう1部屋あった。3LDKの物件らしい。


 部屋の立派さに驚いたのは中野も同じなようで、あちこちをしげしげと見ている。インターフォンをつけてみたり、今風なIHのシステムキッチンを触ってみたりで、もはや引っ越し希望者が内見をしているような熱心さだ。


 窓の外には夕陽がすでに浮かんでいるが、最上階のせいか心なしか近く思える。近寄ると、溝の口の大通りが眼下に一望できた。


「ごめんねー、ほんと昨日来たばっかでさー、荷物もあたしも」


 えへへと照れながら、高寺は窓を開け、外から風を受け入れた。


「いい部屋だな。ここなら家族で住んでも窮屈じゃなさそう」

「家族? あれ、あたし一人暮らしって言ってなかったっけ?」

「え、そうなんだ」

「うん。うちの事務所、寮とかとくにないからさ」

「にしても立派な部屋だな……ひょっとして高寺ってお嬢様なのか?」


 問いかけると、高寺は目を開いて丸くする。


「え、全然! そんなことないよ! 部屋数多いのは親が泊まりに来ることあるからってだけだし!! 会社やってて、こっちにちょこちょこ来るんだ」

「へえ、社長なんだ」


 ってそれ、もうお嬢様って認めてることにならないか?


 だが、そこを追求しても仕方がないので、一旦受け入れることにする。


「あたしとは全然性格違って、べつに頑固とか昭和気質ってワケじゃないんだけどわりとオラオラ系って感じで。伝わったかな?」

「いや全然わかんないし、むしろ漠然とした感あるけど」

「あはは。だよね」


 なるほど、お父さんが会社経営者なのか……でも、女子高校生のひとり暮らしだし、セキュリティ的に良い部屋に住ませたくなる気持ちもわかるな。実際このマンション、オートロックだったし。


 そんなことを思っていると、着信音が鳴り響く。スマホを取り出したのは高寺だった。


「あ、ごめん噂をすればだ。ちょっと出てくるね」


 そう言いつつ、高寺はベランダへと出て行った。電話なのに身振り手振りを交えつつ会話しているのが彼女らしい……と、そんなことを考えていると、いきなり後ろから俺の背中から顔にかけてなにかが急に貼り付けられた。


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