表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/207

41 まさかの転校生2

 そんなふうに、中野に関する秘密について尋ねる俺。


 すると、中野は顔をぶんぶんと横に振った。


 うむ、秘密も知らないと。


 なるほどなるほど……ん? 


 え、それって、かなりマズい感じじゃないか? 


 だってあの高寺でしょ? 


 デリカシーのカケラもない、たとえば誰が入ってるかわからない女子トイレをノックしたり、周りに人がいる中でトムとジェリー始めたりする感じの女子の。


 そしてそんな根っからの失礼な女が、中野の事情を知らずに転校してくる……絶対、中野のことを発見した瞬間に、大きな声で「りんりん!」とか叫ぶじゃないか!


 そんな様子を脳内で想像しながら俺は思った。


 マズい。


 それは本当にマズい。


 もしそんな流れで秘密がバレてしまったら、中野は転校を余儀なくされるだろうし、高寺のことを許さないだろう。そしてなにより、気持ちがおさまらない中野が、理不尽にも俺に怒りをぶつけてくるに違いない。


 ……とそんなことを考えている間にも、今日の最大の行事「転校生の挨拶」は進んでいく。視線を少し上にあげると、高寺は壇上からキョロキョロと生徒たちの顔を見ており、中野や俺がいないか確認している様子だった。まだバレてないけど、これ秒読みなやつでは……??


「じゃあ、せっかくだし、うん、質問ある人」


 そして野方先生の言葉で質問タイムが始まる。それを受け、生徒たちは一斉に我先にと手を上げた。


 会話が生まれると、ボロも出やすい。事態は刻一刻と悪化していると言っていい。


「なんて呼べばいい?」

「んー、じゃあ女子はまどちゃんで! 男子は高寺でー」

「なんだよそれ! 男女差別反対っ!」

「うん、はい次の質問はー?」 

「はいはい! 引っ越してきたのはなんでですか?」

「えっと、仕事の都合、かな? あっ、も、もちろんその親のねっ!」

「声かわいいね! なんで?」

「やー、生まれつきっ!」


 どこかで一回やったようなやり取りを交えながら、高寺は持ち前の笑顔と天真爛漫さで、さっきまで野方先生のせいで異様な雰囲気になっていた教室を、すっかり明るいものに変えていた。


 俺がもし、中野の事情をまったく知らない頃だったら、きっと空気を変えてくれた高寺のことをありがたく思っただろうが、正直今はそんな場合ではない。


「えっと、高寺さんはうん、徒歩圏内なんだよね、家は?」

「はい、そうなんです~!」


 そして、野方先生と高寺の話す感じや目のやり取りを見て、俺にはふたりが初対面でないことがわかった。あの横暴な美祐子氏のことだ。きっと、事務所に連行されたときとかに、野方先生は高寺と会ったことがあるのだろう。


 だが、普通に質疑応答を進めていることから、高寺が中野の事情を知らないことに、野方先生が気付いていないのもわかる。それを証明するかのように、姿勢を低くした俺と目が合うと、野方先生は……


『良かったね、若宮くん。これで生け贄がまたひとり増えたね、うん』


 という感じの、生温かい笑顔を向けてくる。この、アホ教師め……この状況で野方先生に頼れないのは、正直絶体絶命だ。


 とくになにかができることもなく、心臓の高鳴りだけが毎秒ごとに激しくなっていく。そして左を見ると、そこには珍しく冷や汗で顔をびっしょっりさせた中野の姿があった。


 そしてノートにペンを走らせ、俺に見せてくる。


「絶体絶命! 助けて!」


 いや、助けてって言われましても……。授業のノートを貸すとか、迷路で記憶力を発揮するとか、そういうのは得意でも、こういう瞬発力が求められる場面は俺、別に強くないし。


 と、そんふうに俺が中野の懇願に縦にも横にも顔を振れないでいると、そのせいで少し姿勢が高くなってしまっていたのだろう。キョロキョロと教室内を見回していた高寺と目が合ってしまった。その瞬間、ぱっと高寺が笑顔に変わり、小さく胸の前で手を振る。


 すると教室中が俺のほうを見て、「え、知り合いなの?」という目で見てきた。当たり前だ。見ず知らずの人間に手を振るなんて、この世界では握手会慣れしてるアイドルか、選挙前の政治家くらいしかいない。


 そして、そんななかにあって、中野だけはひとり「終わった……」という顔になり、絶望を隠すかのように、両手で顔を覆う。


 実際、俺自身終わったと思った。


 ……だが。


 俺は数秒間の間に、なんとか機転を利かせることに成功した。


 どうしたのか?


 俺も後ろを見て、「手を振られた相手」を後ろの席の人になすりつけたのだ。


 結果、後ろの席の男子・井荻くん(きっともう本作には登場しない)は教室中の視線を集め、非常にびっくりすることになった。


 自分に集中したクラス中の視線に明らかに戸惑い、「え、え、僕?」と自分を指さして事態を飲み込めないでいる彼の様子を見て、俺は心の中で謝罪しながら、そして自分でも信じられないほどの無責任さを発揮してしまったことに心の中で泣きながら、でももし中野のミッションに失敗したらなにをされるかわからないなどの葛藤のなかで、ふたたび姿勢を低くする。


 すると、隣から中野が再びノートを見せてくる。


『ホームルーム終了まであと3分』


 俺が読んだのを確認すると、中野はペンの先でノートをこすって文字を消し……あ、フリクション買ったんだなこの子。しかも一番新しいやつか……いかんいかん、今は文房具の話は脇に置いておくんだ。


 そして、中野は俺にもう一度、ノートを見せる。


『若宮くん、それまでなんとかして!』


 こうなるともう後に引けない。


 俺はコクリとうなずくと、低い姿勢のまま視線だけを上にし、睨みつけるように壇上の高寺をじっと見て、機をうかがった。


 緊迫した状況だが、正直自分でも思う。今の俺、顔立ちや目つき的に正直中野よりずっと特殊部隊の隊員っぽい。あんだけ中野をイジッた手前言いにくいけど、これは認めざるを得ない。


 緊張の一方で冷静になってそんなことを考えていると、野方先生は腕時計をチラッと見て、クラスに向かって語りかける。


「じゃあそろそろホームルームの時間も終わるし、質問も次でラストにしようか、うん」


 すると、質問のある生徒たちが「はいはいはい!」と手を上げ、口々に叫ぶ。


「部活なに入るの?」

「声かわいいしよく通るし演劇部とかどう?」

「いや、放送部に入って!」

「我がアニメ研究部に!」


 生徒たちにとってはそのどれもが純粋な勧誘なのだろうが、偶然にもどれも危険極まる質問である。しかし、そんなことは野方先生は知らない……ので普通に誰に当てようか悩んでいる様子。


 ので、俺はにらみを利かせた。視線に気付いた野方先生がギョッとして、小さくその場で飛び上がる。どうやら今の俺の目線で、なにか良くないことが起きているのに気付いたらしい。


「えっと、じゃあ……演劇部の新井さんに……」


 しかし、言い終わる前に俺が睨みをキツくすると、野方先生は慌てて言い直す。


「や、やっぱ放送部の薬師前さ……や、やっぱアニ研の落合く……」


 さらに鋭く睨んだ俺を見て、野方先生はゴクンとツバを飲み込んだ。さっきから、目の血管がぶちぶち切れているのがわかる。


 そして、事情は飲め込めてないながらも、俺に誘導されてることを理解した様子の野方先生は、冷や汗をハンカチでぬぐいながら続ける。


「……もなしにして、うん。ぶ、部活関係はもういいよねっ、2年生だし。入ってない人もいるわけだし。えっと、てことで他に質問がある人は……」


 しかし、質問を無理矢理無視された生徒たちは不満だったようで、各所でぶーぶー言い始める。


 それを見て、他に質問があった様子の生徒たちも、気が引けたのか手を下ろしてしまった。


「え、えっと、誰かああーいないのー」


 オロオロしながら野方先生は教壇のうえを左右に歩き回り、しかしそれでも生徒の反応はない。助けを求めるように、キョロキョロあちこちを見ていたそのとき。


 教室後方のドアががっと開いた。


 ふわああとあくびをしながら、とぼけた眠そうな表情で中に入ってきたのは、学年1のイケメンでありながら、同時の1番のネタキャラとしても知られる俺の唯一の友・石神井だった。


 急に自分に集まった視線。


 緊迫した空気のクラス。


 オロオロして、冷や汗で教壇を濡らしている担任。


 放置されどうしていいかわからない様子の転校生。


 そして両手を合わせて、なにかを無言で懇願している俺。


「え、なにこれ。なんの時間?」


 石神井はぼけーっとした顔でそう尋ねると、野方先生がすがるような声をあげる。


「石神井くん、転校してきた高寺さんに質問タイムなんだけど、質問ある? 最後の、締めにふさわしい質問が決まらなくて、うん」

「あー、なるほど。理解しました」


 すると数秒の沈黙の後、石神井は口を開く。


「えっと俺、寝坊して、起きたの10分前で、事前知識なくて、黒板に書いてる名前しか知らない状況なんですけど……まあでも、男の子が名前の次に聞きたいことって言ったらこれしかないし、今の雰囲気的にも最適な質問ですよね、はい」


 そして、石神井は爽やかな笑顔を浮かべながら、こう言った。


「おっぱい、何カップですか?」


 クラス中が異様な静けさに包まれる中、一時間目の開始を告げるチャイムが鳴り、教室の中で響き渡った。今までの人生の中で、もっともしっかり「キーンコーンカーンコーン」を聞いた瞬間であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ