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36 中の人1

「えっ……」

「なんだこれ」


 真っ暗になって数秒後、俺と高寺は異変に気付いた。これはおそらく、演出ではない。


「どういうこと?」

「それスイッチ? 電気の」

「いや違うんじゃないかな……」


 間近にいるはずなのに高寺の顔はよく見えず、ただその鼻にかかったような甘い声が不安げに揺らいで耳に届くだけ。


 一瞬なにかの演出かと思ったが、待っても電気がつく気配はなかった。次第にフロア内がざわざわし始めるが、迷路なのでそれぞれどこから聞こえているのかもわからない。


 安易な表現かもしれないが、世界が暗闇に包まれたようだった。


「高寺?」

「ここ。動いてないよ」


 俺はポケットからスマホを出すと、ライト機能を使って足下を照らした。


 それを上にあげていくと、不安そうな顔をした高寺の顔が浮かび上がる。


「大丈夫か?」

「うん。なんで暗くなったんだろう」

「これだけ長い時間暗いと、理由はひとつだろうよ」


 少しずつ暗さに目が慣れてきたところで、出口のドアが開き、少しだけ光が差し込んでくる。目を細めつつ視線を送ると、スタッフの女性がマイクを持っているのがわかった。


「皆さん、大変申し訳ありません。近くで落雷があり、その影響で一部アトラクションが停電しています」


 その声に、フロア内のざわざわが大きくなる。俺たちが迷路にいる間に、天気がさらに悪化していたようだ。


「予備の電源も落雷で故障してしまったようで……今からスタッフがゴールまで誘導しますので、その場でお待ちいただけますでしょうか?」


 落雷、予備の電源、故障。


 きっと、このアトラクションの対象年齢である小さな子供たちの中には、スタッフさんの言葉が理解できなかった子も多かったはずだ。


 しかし、みんな「いつもと違うことが起きてる」ことはわかったようで、次第にあちこちでぐずる声、泣き出す声が増えていく。


 その様子に、歴戦の強者のはずのスタッフさんたちも焦り始めたのか、バタバタと歩いた結果、お互いにぶつかり合ったり、また子供がいるところに到達しても、いかんせん暗いので周囲がよく見えず、鏡にぶつかってしまう。


「まずいなこれ。鏡の森だろここ。もし無理に倒れたりでもしたら……」

「危ない! 絶対ケガしちゃう!」


 高寺の顔に焦りの色が浮かぶ。


「あたしたち何かできないかな」

「何かって……俺ら、普通に客だし……」

「で、でも……」


 そんなことを話している間にも、子供たちの泣き声は大きくなり、俺たちの声がかき消されそうになるが……そのとき。


 出口のドアから、ひとりの女性が入ってきた。スタッフを呼び止めると、なにやら耳打ちして、マイクを受け取る。


 そして、すーっと息を吸い込むと……


「みんなー聞こえてるー? わたしのこと覚えてるかなー!?」


 ここにいる人は全員聞いたことがある、その舌足らずであどけない声。


「そう、わたしは森の妖精・ルシア。みんなにドラゴンの卵を探してってお願いした女の子よ」


 ルシアがそう告げると、まるで魔法をかけたかのように、それまで響いていた子供たちの泣き声が小さくなった。


 そして、すぐ近くに俺と高寺に気付いたのか、中の人が駆け寄って来る。


「り、りんりん……」


 両手を合わせながら中野の名を呼ぶ高寺は、安堵したのか半分泣いていた。


 しかし、安心するのはまだ早いという感じで、中野は真剣な表情で俺たちに告げる。


「もう気付いてると思うけど、今回は結構な停電よ。このアトラクションだけじゃなくて遊園地全体。なんらかの原因で送電線がショートしたんでしょうね」

「そんなにひどかったのか……」

「しばらく復旧は難しいそうよ」


 そこまで言ったのち、中野は一旦押し黙る。


 そして、なぜか苦しそうな顔になってから、口を開いた。


「私はここの皆さんにとてもお世話になっている。個人的な話で申し訳ないのだけど、このアトラクションで私の声が流れて3年になる」


 高寺も、真剣な面持ちで聞いている。


「たくさんいる声優の中から3年も私の声を使ってくれてるの。そして、私はそれを、とても……感謝してる。だから、せめてこのアトラクションだけでも、なんとかしたい。子供たちにとって、ここを嫌な思い出の場所にしたくないの」


 ところどころ詰まりながら喋る中野。しかし、だからこそ彼女が本気でそう思っていることが伝わってくる。


「だから……」


 そして、中野は目を逸らすと、消え入るような声でつぶやいた。


「ふたりとも……私に力を貸してもらえないかしら」


 人に頼るのが頼るのが苦手な中野が、俺たちに頼み事をする。ノートを貸すだけで苦労した俺だけに、いかにこの遊園地が中野にとって大切な場所なのかがわかった。


 すると、高寺は勢いよく背筋を伸ばすと、中野の手を取る。


「当たり前じゃん! りんりんのお願いなら、あたしなんだって聞くよ!」

「ありがとう……呼び名が非常に気になるけど、今はまあいいわ」

「うす!」


 中野がヒクッと眉を動かしたのが暗がりの中でも見えるが、状況が状況なだけに今は不問に。こうしてクビは免れた、今のところは。


 中野に頼られたことがよほど嬉しいのか、高寺はすっかり元気を取り戻していた。


「それで、なにか考えはあるのか?」


 尋ねながら高寺と同じ気持ちであること、つまり協力することを伝えると、中野は少し安堵しながらこくりとうなずく。


「私がルシア役になって、マイクで見えないところから声を出して子供たちを安心させる。ふたりには、出口側にいる人たちをこっちに案内してほしいの」

「りょーかいっ!」


 高寺が素直にそう言う一方で、俺には気になることがあった。


「あのさ中野。ひとつ聞いてもいいか?」

「協力してもらえるならふたつでもみっつでもいいわよ。それ以上は時間的に」

「ひとつだけだ」


 遮るようにして言う。


「あのさ、見えないとこから話しかけて子供たちを安心させるって話だけど、なんで中野は出てこないんだ? むしろ普通に出て行ったほうが素直に聞くんじゃないかなって」


 その問いに、中野はふっと視線を落とす。


 そして、静かながらも、どこか熱を帯びた声が返ってくる。


「そうかもしれない。でもそれだと、子供たちの夢を壊すかもしれないでしょ?」

「夢?」

「ルシアは妖精でしょう?」

「いやそんなの設定だろ」

「子供たちにはそうじゃないわ。彼らのうち、一体何割が『中の人』の存在を知っていると思う?」

「それは……」

「もし出て行けば、彼らの夢を壊すことになる」

「……」

「子供たちを無事に誘導するのは前提の条件。私は、そのうえで夢を壊さないでいたい。お世話になってる皆さんのためにもね」


 中野の目には、なんの照れも躊躇もなかった。本気で、この遊園地のことを思ってそう言ってるのだ。


 そして、それは普段学校で見ているのとはまた違う、プロの声優の目だった。


「わかった」


 無意識のうちにそう言っていた。


「よし、高寺いこう」

「うん」


 俺たちは中野と目線でうなずき合うと、よく見えない、暗闇の鏡の世界へと歩いて行った。



   ○○○



 スマホの小さな灯りを頼りに、俺たちは前を進んでいく。


 しかし、一度ゴールしていたのと持ち前の記憶力のおかげで、道を間違えることはなかった。高寺といろいろ喋りながらゆっくり歩いてきたことが役立った感じだ。


 そして、俺たちは子供とそのパパ・ママを見つけるたびに、一組ずつ出口へと案内していった。その間、中野はマイクで子供たちを安心させ続けていた。


『じつは言い忘れてたんだけど、鏡の森にも夜があるの』


『いつもはお月様が出るんだけど、今日は遅刻してるのかな? いつも、約束通りに来てくれるんだけど、今日はもしかしてお寝坊さんなのかも』


『みんなはお寝坊することあるかな? お母さん、困らせちゃってるのかな?』


 中野の、いや妖精の話に、子供たちがクスクスきゃっきゃ笑うのが聞こえてくる。


 迎えに行った子供も、笑ってその話を聞いていた。今の彼らにとって、間違いなくルシアは実在しているようだ。


「よく喋ること思いつくなあいつ」

「声優はラジオ出ることも多いからね」

「そうなのか……」

「若ちゃん、なーんにも知らないねホントに」


 なじるように高寺が言うが、学校でのポンコツ天然劣等生っぷりを見ているので、こういう反応になるのは仕方ないはずなのだ。俺のせいではない。


 そんなことを思ったりしながら、俺と高寺は何組かを出口まで案内すると。


 スタッフさんたちも頑張ってくれたおかげもあり、迷路からはもう声は聞こえてこない感じだった。


「そろそろか……?」

「いや……」


 向こうから、すすり泣く声が聞こえてくるのに気付いた。


「まだ一組いるな」


 声の方向に歩いて行くが、なかなか場所がわからない。


 と、あるところで、壁のちょうど裏側から声が聞こえることに気付く。そこは……


「わかった、行き止まりの場所だ」


 道を進み、二手に分かれるところに到達すると、俺はあえて行き止まりにつながる右側の道を進む。


 すると、その端で、小さな男の子が座っていた。迷路の入り口付近で、壁に頭をぶつけていたあの子だ。パパとママが一緒にいたはずだが、どうやら暗闇の中ではぐれてしまったらしい。


「もう大丈夫だよ。行こう」


 俺は高寺にスマホを手渡すと、男の子を背中でおんぶ。安心したのか、男の子はぐずるのを止めて、背中の上で静かにしている。その頭を高寺が優しくなでる。


「よくわかったね、ここだって」

「一回通った場所だからな。照らすの任せていいか?」

「うん」


 そして、俺たちはルシアの声を頼りに、元いた方向へと戻っていったのだった。

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