33 先輩声優と後輩声優2
そして、乗り換えを挟んで移動すること約40分。俺たちはとある駅で下車した。
この駅で降りる人はほとんどが同じ場所を目的地にしているようで、改札を出ても列は崩れないまま続いていく。
「あたし、埼玉って初めてだな~。楽しみ!」
背筋をんーっと伸ばしながら、高寺は笑顔で言う。結局、来る途中はずっと眠っていたので、さらに元気がチャージされたのかもしれない。
なお、彼女は古着っぽいかすれた水色のプルパーカーに、黒のタイトなデニムパンツという出で立ちだった。パーカーは少しオーバーサイズで、右胸付近に入った「H」のロゴが程よいハイスクール感を漂わせている。中野とは全然違うが、ボーイッシュながらもかわいい感じが、高寺に非常によく似合っていると感じた。
「しかも遊園地だもんね!」
無意識で、軽くスキップになっていた。足元はVANSのスニーカーであり、白いソックスがチラ見せしている。彼女が小さく跳ねるたび、背中のゴツめの黒リュックが忙しなく揺れていた。
だが、そんな高寺の様子とは対照的に、中野はいつも通りの落ち着いた表情。
「高寺さん、来る前に言ったことを覚えているかしら」
「へ?」
「仕事の一貫だから、遊ぶなら追い返すってこと」
「ええっ! ここまで来たのにっ!」
「当然でしょ。ついてきてるって時点で不満なのに、浮かれられたら困るわ」
「まあまあ」
俺は間に割って入って仲裁する。
「そんな深い意味で言ったわけじゃないと思うぜ」
「そうそう! 若ちゃん、たまにはいいフォローする!」
「田舎出身だし、たぶん遊園地とか初めてなだけだろ」
「っておーい! フォローになってなーいっ!!」
その声の大きさに、近くを歩いていた小学生男子2人がびっくりし、体を硬直させた。
小学生男子が元気さで圧倒されるって、この子何者なんなんだよ……。
と、そんなふうに高寺の底抜けの明るさに未だ慣れずに戸惑ったりしつつ、中野が入場口で招待チケットを3人分出した。「悪いな」と目配せすると、中野が静かに首を横に振った。
「いいのよ。一応、あなたも今日は関係者ってことになってるから」
中野はそう言うと、中に入るように目線で合図を送った。どう考えても俺は関係者ではなく部外者だが、ここでそれを言っても仕方ないので素直に聞くしかない。
……と、そのとき、手に冷たいものを感じた。
「雨……だな」
「そうみたいね」
見上げると、頬に冷たい水滴がポツポツと落ちてきた。気付けば、いつの間にか空は分厚い雲に覆われており、青空は離れたところへ逃げ去ってしまっている。
「えーっ! せっかく遊びに、じゃなかった仕事に来たのに……はっ!?」
またしても本音が出てしまった高寺がバッと横を見るが、中野は表情を変えていない。
「仕方ないわ。今日は埼玉県はもともと雨の予定だったから。でも私がナレーションしているアトラクションは屋内だし、待ち合わせ場所もそこだから問題ないわ」
「そっか。じゃあ本降りになる前に行くか」
中野がコクンとうなずく。それを合図にするかのように、俺たちは中に小走りで遊園地の中へと入っていった。
○○○
やって来た遊園地は、一言で言えば「昔ながらの遊園地」という雰囲気だった。山間部に位置しており、近くに湖があることもあって、春になった今でも風はひんやりとしている。客層は家族連れが多く、とくに小さな子供のいる20~30代くらいの若い夫婦が目立った。周囲を見回すと、大人が楽しめるジェットコースター的なものはない様子で、それが逆に全体ののどかさに貢献していた。
「うわ、ここめっちゃいい感じだね!」
「気に入ったのか」
「うん。あたし、遊園地大好きなんだ。子供の頃からよく行ってたから」
高寺がウキウキルンルンでそう言う。楽しんでいた光景が容易に想像できる。
「夏のプールと冬のイルミネーションが売りなんだけど、それ以外の季節に来ても楽しいのよね……まあ、お世話になってるクライアントさんだからそう思うってのもあるかもだけど」
そんなことを言いながら、中野は先導するように先へと進んでいく。
やがて、遊園地の一番奥にある四角い建物に近づくと、その脇に社員と思わしき人が数人いるのが見えた。作業着のような格好の人もいれば、遊園地には似つかわしくないスーツ姿の人もおり、一目でお客さんじゃないとわかる。
手を振っていたので、俺も思わず小さく手を振り返す。横を見ると高寺も大きく手を振っていた。
一方、主賓の中野は社員さんたちのところに達すると、うやうやしく語り始めた。
「井上さん、奥野さん、森本さん、そして田中さん。お忙しいなかお出迎えしてくれて、わざわざありがとうございます」
「そんなそんな。こちらこそ今年も来てくれてありがとう」
「定期的に挨拶に来てくれるなんて、本当に社会人の鑑だよ」
「手紙も毎年くれてさ。今どきそんな子いないよ」
「いえ、そんな」
「あ、今年も届いたよ! つい昨日!」
「そうそう! なんか便箋と封筒、いつもと違ったね」
「そうなんです。ちょっと、変えてみようかなって思いまして」
おじさんたちの言葉に、中野は笑顔で恐縮していた。一見、非常に品のいい美少女であり、なんというか清純派声優感がスゴい……普段は見えない光の膜が、中野を包んでいるように感じる。
(こんなの見せられて、実際の中身が口を開けば金の話ばっかの、究極銭ゲバ声優だとは誰も思わないだろうな……)
そんなことを思っていると、社員さんのひとりが俺たちのほうを向く。
「それで、こちらのおふたりは?」
「彼女は私の事務所の後輩で」
「高寺円と言います! 今日は勉強の一環で同行させてもらうことになりました」
元気で答える高寺。中身はぱっぱらぱーの彼女だが、ビジュアルそのものはいいため、彼女の印象もなかなか良さそうで、社員のおじさんたちも「かわいい声だね~」とニコニコしている。
「なるほど。で、隣の男性は?」
「あ、えっと自分は……」
「彼はただのクラスメートです。今日は暇で、せっかく頂いたチケットを無駄にするのが申し訳なかったので、やむにやまれず呼びました」
「やむにやまれずっておい」
俺の言葉を遮った中野に小声で抗議するも、中野は笑顔のまま無視する。結果、俺はおじさんたちに向かって苦笑を向けることになった。なにこの謎な空間は……?
てか、なんでこういうときだけ言い間違いしないんだよ。やむにやまれずとか、やむやむにまれず的に言い間違いするチャンスでしょ。てか、俺のこと紹介するのが嫌すぎて、ちょっと黒中野出ちゃってるからね?
しかし、中野の愛想のいい笑顔に脳がトロけてしまったのか、黒中野に気付かなかった
らしいおじさんのひとりが口を開く。
「かわいいししっかりしているし、中野さんはきっと学校でも人気者なんだろうね」
「え、えっと……」
その言葉に、中野が苦笑いを浮かべる。なにひとつ当たっていなかったので、さすがのい中野でも認めにくかったのだろうか。仕方ないので、俺は話を逸らしてやることにする。
「このアトラクション、人気なんですね」
「ああ、そうなんだよ。おかげさまでね」
見ると、ゲート前には20組くらいが並んでいた。
「ここは迷路のアトラクションなんだけど」
「迷路」
「中がいっぱいになりすぎないように、入れる人数を規制しているんだ。それで列ができやすくてね。まあ、さっきから雨が降っているというのもあるけど」
「なるほどー、そうなんですねー! あたし、迷路って入ったことなくて」
高寺がそう言うと、社員のおじさんたちは「はいきました!」という感じで嬉しそうな顔になり、
「じゃあ、せっかくだし君たち入って行きなよ!」
と笑顔で提案する。
「でも、まだ挨拶回りが途中で……」
「大丈夫大丈夫! そんなの後でいいから!」
「せっかく来たんだし、入っていきなよ」
「……では、せっかくですしお言葉に甘えて」
押し切られる形で中野がそう言うと、社員のおじさんたちは満足そうな表情で「楽しんで」と言い残し、それぞれの持ち場へと去って行った。
「いやー、ひよりんりん、ホントすごいなー。あんな年上の人たちとも対等に喋って」
「高寺さん、仕事に年齢は関係ないわ」
「うわ名言出た」
「たとえクライアントが2歳児でも私は真面目に接するから」
「そ、それは無理じゃないかな……」
「例えよ、例え」
「そ、そっか……あたし緊張しちゃうんだよねー大人の人と話すと」
「最初は誰でもそうよ。でも、場数を踏めば慣れていくわ」
「言うことがいちいちプロだな……」
すると、中野が俺のほうを見る。
「……」
なにか言うのかと思いきや、なにも言わずに黙っているので、中野と見つめ合う形になった。当然俺は戸惑い、反射的に顔の温度が急上昇していく。
「な、なんだよ……」
「いえ、べつに。ただ、さっきはありがとう。助かったわ」
「ああ、べつにいいよ」
目を逸らしながら言う中野に少し照れてしまい、同じく視線を逸らしながらそう言った。
すると、事態をいまいち飲み込めないらしい高寺がキョロキョロと俺たちの顔を交互に見てくる。
「えっ、なんの話? なになに?」
「なんでもないわ」
「えー、りんりん教えてよー」
ヘラヘラした笑顔で高寺がそう言った瞬間、中野の顔にいつもの冷気が戻る。
「今度その鈴が鳴ってるようなあだ名で呼んだら、私の力であなたのこと事務所からクビにしてもらうから」
「……ひゃい」
「清々しいほどのパワハラだな……」
これが清純派声優の真の姿。世の中には知らないほうがいいことがあると言うが、彼女を見ていると頷かざるを得ない。
○○○
そんなことを話しながら、俺たちは列に並んで時間を潰した。
雨は先ほどよりも強くなっており、空気が涼しい。風が吹くと、ひんやりとした冷気が肌に触れる。
「なんか寒くなってきたな」
ふと横を見ると、中野が顔に冷や汗を浮かべているのに気付く。
「おい、どうした?」
「ごめんなさい。私、もともと冷え性で寒いところが苦手なの」
「へ、そーなんだーっ」
「少しお腹が痛くなってきたから、お手洗いに行ってきていいかしら?」
「わかった。荷物持っとこうか?」
「いえ、それは大丈夫」
そう言い残すと、中野は少しうつむきながらその場を去って行った。
「りんりん、大丈夫かなあ」
「おい、そのあだ名で呼んだら事務所クビになるぞ」
「いいもーん、裏でこっそり呼ぶから」
「それ、絶対実際に言っちゃうパターンだろ……」
無邪気に笑う様子は毒っ気が一切なく、そのマイペースなノリに思わずため息が出そうになってしまう。
だが、高寺が中野のことを心配しているのは本当のようだった。
「りんりん、お仕事すっごく忙しいんだよね……最近また痩せた感じあるし、心配……」
物憂げな表情に、意外といいやつなのかも、と思いかけるが、
「また痩せたら、あたしと体重差が開いちゃう……」
理由が自己中心的だった。
「ってそっちの心配かよ。そこは自分でなんとかしろよ」
「だって実家からいろいろ送られてくるんだもん! お肉とか果物とか! 果物って、はやく食べないと腐っちゃうんだよ!」
「いや、知らないし……」
「え、食べ物が腐るって知らないの?」
「そういう意味じゃなくてだな」
俺が呆れていると、目の前の組が中に入って行った。つまり、中野が戻ってくる前に俺たちの順番が来たということだった。
「どうしよ……?」
高寺が俺を見上げながら尋ねる。
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