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22 放課後デート…なのか?2


   ――――――――――――――


「俊台予備校 若宮明さま


アイアムプロモーション所属の声優・鷺ノ宮ひよりです。


先日はお仕事をご一緒させていただき、まことにありがとうございました! 


最初は少し緊張していましたが、皆さんとってもいい人で、すっごく楽しく過ごすことができました。


また、来年受験を迎えるひとりとして、刺激を受けました。予備校のナレーションを担当した以上、志望校(まだちゃんとは決めていませんが)にちゃんと合格しないとって思っています。(そうじゃないと、次また呼んでもらえないと思うので……笑) 


仕事だけじゃなく、勉強ももっとがんばります!


ということで、来年も、その先もお目にかかれると、とってもとっても嬉しいです。今後ともどうぞ宜しくお願い致します!


鷺ノ宮ひより」


   ――――――――――――――



 たしかに文字は達筆で、お礼の文面もしっかりした感じ。


 というか、しっかりしすぎている。厳しい競争の世界に身を置くと、16歳にしてここまで営業スキルが上がるのか。


 高校生で「宜しくお願い致します!」みたいなビジネス敬語書けるやついねえぞ……。「よろしく」じゃなく「宜しく」なところなんか、もうなんか知的感・きっちり感を醸し出しててあざといし……。


 あと、俺と接するときと全然キャラ違うんだな……まあべつにいいけどさ。べつに。俺も親父みたいに優しく扱われたいとか思ってないから。本当に。


 だが、そんな完璧な手紙にも、どうしても気になるところがあった。


「中野」


 声をかけるが、ノートを写すのに必死なようで、反応がない。


 よく見ると、小さくなにやら音読しているようだ。片方の頬をサンドイッチで膨らませながら、もう一方の頬で音読してる。その頬の自由自在さ、まさにハムスターって感じ。声優って顔の筋肉鍛えられてるからこういうのもできるのだろうか。


「おーい」


 俺がもう一度呼ぶと、中野が数秒遅れでふいっと俺のほうを見る。


 その顔には「?」が浮かんでおり、自分が呼ばれたことにまだ確信が持てていないような感じだ。こうやって昼休みを一緒に過ごすようになって知ったが、この子、意外と集中力がスゴいんだよなー。


「ハムロテ中すまんな。親父からLINEが来たんだが」

「ハムロテ? 何かしらそれ」


 ノートを膝の上に置くと、中野は明らかに怪訝な表情を浮かべる。


「このLINEなんだけど……」


 質問に答えない俺に中野は一瞬不満げな表情を見せたが、スマホの画面を見てはっと我に返った。


「っ!! これってっ!!! まさか……」

「そう。中野が親父に出した手紙だ」

「ば、バカっ!」


 そう叫ぶと中野は俺の手から俺のスマホを奪い取ろうとする。


「えっ? なにその反応っ!?」

「なにじゃないっ!!」


 しかし、すんでのところで俺は回避。身長差をいかして手の届かない高さにあげるが、回避できたと思ったのは俺の勘違いで……


「か、勝手にひとの手紙読んでっ!! プライべートの侵害っ!!」


 怒りに任せるように繰り出される中野のボディブローが、俺の脇腹を的確にとらえる。


「それを言うならプライバシーだっ! 声優なら言葉を大事にしろっ!」

「うるさいっ!」


 執拗な攻撃に、俺は思わず顔をゆがめるが、殴るだけでは足らないと判断したのか、中野は俺の膝下めがけて足先で蹴りを入れてきた。


「け、蹴りはやめろっ! 弁慶の泣き所に当たってる!」

「当然よ、当ててるんだから」

「暴行の仕方が陰湿すぎるぞ!」

「人の手紙勝手に見た人が言うこと!?」

「……たしかに」


 弁慶の泣き所を執拗に蹴られ、また経緯が経緯にせよ、我ながら納得感のある指摘を受けてしまい、俺は心のなかで涙を流す。


 しかし、じっとしているとケガをしそうなので、急いで体勢を立て直すと、3歩ほど下がって中野から距離を取った。


「べっ、べつに変なこと書いてないだろ。感謝の気持ちとか、楽しく収録できたとか」

「読むのがダメなの!」

「いや、ほんとなんとも思ってないって。むしろ手紙出すなんてマメ、というかちゃんとしてるなって思ったくらいだし」

「……ほんと?」


 伺うように上目遣いで見ながら、中野は暴行の手を、いや足を出すのを止める。


「うん。しっかりしてるよ」

「し、しっかりしてるなんて……」


 褒められたのが予想外だったのか、中野は顔を赤らめると、目線を逸らしてモジモジし始める。


「ただ、来年も仕事がもらえるようにわかりやすくアピールしただけだから……」

「照れながら言うことじゃねーだろそれ。デレ方が上級者向けすぎる……」


 俺は呆れながらも、スマホの画面を拡大して中野に見せる。


 画面いっぱいに写っているのは罫線が入っただけの、よく言えばシンプルな、はっきり言えばクソかわいくない便箋だった。


「そんなことよりこの便箋、どこで買った?」

「そんなことよりって」

「ま、どうせアマゾンだろうけど。業務用の便箋で、1セット35枚・20セット入りで5000円ってとこか?」

「たしかにそんな値段だったけど……」

「やはりな」

「ね、値段はいいじゃない。それに、あなたに気にしてもらう筋合いはないと思うけど」


 中野が苛立ちを瞳に宿して、俺を見る。


「いや、そうなんだけどさ。単純にもったいないとゆーか」

「もったいない?」

「だって俺のオヤジ、手紙もらってスゴい喜んでたからさ」

「そうなの……?」


 険しかった表情が急に緩み、中野が急に年相応な女の子の顔に変わる。


「だから、もし便箋とか手紙がもっといいものだったら、もっと喜ぶかもなって」


 俺がそこまで言うと、中野の顔つきが真剣になる……これはきっとあれだ。頭の中で悪い計算をしているやつだ。きっと、頭の中でそろばんを猛スピードではじいて、ちゃりんちゃりんと音が鳴っているに違いない……。


 そして、中野は十秒程度の沈黙ののち、コクンとうなずくと、さっきまでとはまったく異なる、真剣みを帯びた視線で俺を見る。


「若宮くん、今日の放課後って時間あるかしら?」



   ○○○



 と、そんなワケで渋谷のロフトに来たワケだった。


 少し前まで話したことのない女子と、放課後こうやって渋谷まで来ているというのは、我ながらかなりの驚きだ。


 そして、レジに並びながら、俺と中野は会話を繰り広げている。


「でもどうなんだ。クライアントのおじさんにお礼状出すために便箋買うって」

「今さら言う?」

「そんな不純な目的でロフト来てる女子、見たことないぞ」

「え、それってつまり、若宮くんは女の子を見て、『ほう、この子はおじさんにお礼状出すために来てるんだ』ってわかるってこと……?」

「いや、わからんけども」

「それとも、顔に書いているのかしら?」

「いや、書いてないけども」 


 また揚げ足を取りやがって……横目で見ると、満足げにニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべている。なんとなく感じていたことだが、この子はどうやらなかなかSっ気が強い模様だ。


「それに。そもそも提案したのはあなたでしょう?」

「ま、そうなんだが。こういうのって友達に書いたりするもんだろ」

「そうね。あとは恋人とか好きな人に書いたりね」

「こ、恋人……」

「……若宮くん。そこで過敏に反応するのはちょっと……」


 そこまでキツい言い方ではなかったものの、それでも中野の涼やかな声で言われると、いきなりアイスピックを心臓に突きつけられたかのような感覚になる。


「いや、今のは俺が悪かった」

「あ、認めるのね」

「キモい反応してごめんなさい」

「そうね。でも、ごめんで済んでも、警察は必要だわ」

「そうだよな、謝って済んだら警察はいらな……えっと、いや、そりゃそうだろ。なにが言いたいんだよ」

「言葉の綾が言いたかったのよ」

「でしょうね」

「ま、私に関しては恋文的な使い方をすることはないけどね」

「そうなんだな」


 相槌を打つと、中野は神妙な面持ちでうなずく。


「高校生のうちは恋愛なんてもってのほか。とくに、同じ高校の男子と付き合うなんて考えられない。まず、大人ならちゃんと働いて……」

「えっと、どこから認識のすりあわせをしよう? 大人の概念? 高校生が生計を成り立たせてるって思ってるとこ?」

「いいえ、すり合わせは結構よ。言葉の綾なのでね」

「……」


 あんまりにも中野が好き放題喋ってくるので、俺はもはや漫才をしているかのような気になっていた。しかもこの子、天然ボケなくせに普通にウィットに富んだボケをしてくるし、とくにはツッコミまで入れてくる。それも的確なやつを。


 俺がそんなことを思っているとはつゆ知らず、中野はこう続ける。


「……でも、事務所の人も言うのよね。『恋愛は大事。そこで感じたことは全部演技で活きてくるし、人間的に豊かになる』って」


 急に不満の色を浮かべたと思いきや、そんなことだった。 


 どうやら俺の反応をひとつひとつ拾う意思、および気遣いはないらしい。


「声優ってそんなことも言われるんだな」

「声優である前に役者だからね。あとは、『恋をすると女の子はキレイになるよ』って言うおじさんの社員さんもいたり」

「役者じゃなきゃセクハラ認定されそうだ」

「……まあ私からすれば、『私はもう十分キレイだから、それが恩恵なら恋なんてしなくていいんじゃない?』って感じだけど……」

「ほんとにいい性格してんな??」


 しかしながら、中野がそんなことを考えているというのは、なんだか不思議な気がした。


 脳内、お金のことしかないかと思えば、わずかながらも恋愛の文字もあるらしい。まあ、仕事とか自分の成長に繋がってるからこそ存在してるってのがミソだけど。

余談です。


昨今はアイドル化が目立つ声優さんたちですが、役者である以上、人生経験は重要です。恋愛はある意味その最たるもので、キャラの感情の微妙なニュアンスを表現するためには自分自身がその気持ちを経験しているのが好ましい…というのはある意味普通な話でしょう。ただ、男性オタクはなかなかそうはいかず…結果的にぼっち営業とか百合営業が生まれるわけですが、まあその辺りは闇が深くなりそうなのでやめときましょう。笑

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[良い点] 『私はもう十分キレイだから、それが恩恵なら恋なんてしなくていいんじゃない?』 こんなことを言う女の子は大好きです! それぐらいのハートがなくて生き馬の目を抜く世界で生きていけるかーってな…
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