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21 放課後デート…なのか?1

「中野、このふたつの違いわかるか?」


 俺が深刻な声で尋ねると、中野は俺の左右の手をキョロキョロ見る。が、なにも言わず、黙って俺の顔を見上げてきた。


「わからないんだな……こっちがエンボスで、こっちが箔押しだ」


 俺が左右の手に持っているのは、便箋である。手紙を出すとき、封筒のなかに入れるあの紙のことだ。片方は紙自体が凸凹になっているのに対し、もう片方は紙の上に別の素材が花の形でプリントされ、華やかに装飾されてちょっと豪華な感じ。


「どっちも普通の便箋と違って、手が込んでるだろ」

「そうね、かわいいわ」

「物作りに関わる仕事をしてるなら、この便箋にこだわりを感じられるだろ?」

「そうね、感じられるわね」

「だから、ただ文字を書けるだけの便箋なんか、服で例えるならただ寒さをしのぐためだけの服と同じなんだよ」

「そ、そこまで酷いのかしら」

「おしゃれに無頓着な中学生が着るライ○オンのシャツと同じだ。腹を膨らませるだけの牛丼だ」


 中野のカバンのなかに見える、罫線を引いただけのそっけない便箋に視線を向けて、あえて皮肉るように俺が言うと、彼女は少し圧倒された様子で俺のことを見上げた。何度見ても彼女の顔は驚くほど整っていて、目と目が合うと思わず一瞬、呼吸の仕方を忘れてしまう感じがする。


 すっと目を逸らすが、中野は俺の気持ちなど一切知らない、あるいは知りたくもないという感じの様子で、会話を続ける。


「若宮くんって便箋に詳しいのね」

「まあ親父の仕事の関係でな。昔から家で手紙書いてるの見てたんだよ」

「ああ、そういうこと。まあ真面目なお仕事って感じだもんね」


 実際、メール時代になった今でも、会社宛てにオヤジにお礼の手紙が来ることも少なくない。年末年始は家に葉書が届くこともあるので、俺が代筆して送ったりしているのだ。


 と、そんなことを思いつつチラッと見ると、中野はなにか言いたげな様子だった。小首をかしげると、その美しい口が開く。


「……でも、便箋のチョイスで受け手の印象ってそこまで変わるものなのかしら。私がお礼の手紙を出すのは基本的に企業のお偉いさん、若くても40代とかよ?」

「……ったく。昼休みに言ったこと信用してなかったんだな。これだから初心者は困る」

「いやでも、あなたお礼状とか送ったことないでしょう?」

「違う、そっちじゃない。俺が言ってるのはおじさんのほうだ」

「おじさん……あなた、おじさんの上級者なの?」

「おじさんの上級者ってなんだよ……まるで俺が多くのおじさんとただならぬ関係であるかのような……」

「ちょっと。言い出したのそっちでしょう?」

「せめて、『おじさん扱いの上級者』って言ってほしかった……」

「えっと、そんなに凹むこと? もしかしておじさん関連でなにかイヤな思い出でも?」


 中野が心配そうな雰囲気を出しつつ言う。その声にはからかった相手に謝るようなトーンがあって、俺はなんとか顔をあげる。


「誰かさんみたいに、CMに出た若い女優が手紙を送ってきたりもしてたし、だから、どういうのを見てオヤジが喜んでたかわかるんだ」

「そうなんだ……迷惑かなとかやりすぎかなとか思ってたんだけど、大丈夫だったのね」

「迷惑に思う人なんかいないだろ。むしろきちっとした家で育ったのかなって思うんじゃね?」

「……そっか。ならいいんだけど……」

「今だと桜の模様の便箋とかかな。季節感出るし」


 そう言うと、俺はさらにもうひとつ、便箋を手にとって渡す。それまでどこか納得いっていない様子だった中野だったが、心なしか声のトーンが軽くなっている気がした。


「ありがとう選んでくれて……と言いたいところだけど」

「なんだ?」


 すると、中野は急にむすっと気むずかしげな顔になり、俺にクレームをつける。


「さっきから、えらく周囲の視線を感じるのよね……『なに、あの文房具に詳しい陰キャ男子』って感じの目で」


 辺りを見回すと、たしかに色んな人が俺を見ていた。ほとんどが女性で、あやしむような目をしている人もいる。


「マジか俺そんなにあやしかったのか……」

「しかも、おじさんの上級者とか言ってたしね」

「俺そんなこと……言ったか」

「ま、でも目立つのも仕方ないと思うわ。だってここ、ロフトだからね。それも渋谷の」


 そう、俺たちは放課後に渋谷にやって来ていたのだ。



   ○○○



 話はその日の昼に戻る。


 あの日以来、俺たちは昼休みになると屋上に行き、勉強するようになっていた。


 と言っても、べつになにか特別に話したりはしない。中野は休んだ授業分だけ、俺のノートを写す。そこから少し離れたところで、俺は小説やラノベを読む。それを、おのおの昼飯を食べながら行なうのだ。


 中野の昼食は、相変わらず弁当箱に入れたサンドイッチ。ハムとレタス、チキンとトマトなど、中身は日によって変わるが、サンドイッチというのは変わらない。そして、その見た目が不格好で、パンの大きさがいびつだったり、中に挟まれたものの量が違ったりするのも、諦めたように残りの具が端っこに添えてあるのも、変わらなかった。


(しっかりした感じに見えるけど、手先はかなり不器用なんだろうな、この子……)


 もぐもぐと口を動かし、数秒間止まって、また思い出したように動かす……俺が心の中で勝手に『ハムスターローテーション』、略して『ハムロテ』と呼んでいる中野の動きも、次第に見慣れたものになってきた。


 10日前、誘拐されて事務所に軟禁されたあの日のことを思えば、考えられないほど穏やかな(?)昼休みである。


(ああ、やっぱ平穏な生活が一番だな……)


 と、そんなことを思っていると、俺のスマホに一通のLINEが来た。相手は親父。文面はこうだ。



   ――――――――――――――


「おつかれさま。お父さんが作ったCMでナレーションをしてくれた鷺ノ宮さん(本名は中野さんだったっけ?)が、ご丁寧にお礼のお手紙を送ってくれたぞ。


まだ高校2年生だっていうのに、すごい心遣いだな。しかも字もすごい達筆ときた。本当にしっかりしているな。


仕事をしているとお礼のメールをもらうことは多いが、10代の子から手紙をもらったのは初めてだ。だから正直、ちょっとびっくりしたよ。それと同時に、彼女があの若さで活躍できている理由が、また少しわかった気がする。


お前は日々、周りの人に感謝の気持ちを伝えているか? 


鷺ノ宮さんのように、目の前のことに真剣に向き合っているか?


毎日挑戦できているか? 


お前も少しは見習え」


   ――――――――――――――



 親父にはすでに、中野と俺の関係性について伝えてある。電話で話したときは、「仕事相手が息子のクラスメートだった」という、天文学的な確率にずいぶん驚いたようだったが、スタジオで接したときの印象が良かったのか、「それはラッキーだな」と、妙に楽しそうにしていた。


 そして、このLINEである。30歳近く年下の女子から手紙をもらったことがよほど嬉しかったのだろう。普段のテキトーなキャラを忘れ、なんだか意識高い系の若手起業家みたいなノリになっている。


 でも、起業家って言ってもITベンチャーとかじゃなく、イベント系って感じ。たぶん、高橋歩とか好きなんだろうな。ほら、外国人の少年少女の表紙に、「FREE」とか「LOVE」とか書いてある感じの自己啓発本の。川崎に住んでいると、ヤンキーあがりっぽい飲食店の店主が、店のカウンターとかに置いてることがあるんだよ。


 しかし、最後に「お前も少しは見習え」と書いてしまうヌルさが親父らしい。自己啓発の人々は間違っても、表だって人に行動を強制しないからだ。


 そうじゃなくて、大事なのは姿勢を見せる、いや『姿勢で魅せる』こと。


『俺、若い頃ずっと海外放浪してて。金とか全っ然なかったけど、夢はたくさんあってホント楽しかったんスよ。だから、現地の写真を撮ってそれを売って日銭を稼ぐ生活でも、不安とか全っ然なくて。で、日本に戻ってきてびっくりしたんスよね。みんな不安そうな顔してて。いや、俺よりみんなずっと金持ちじゃんwって思っちゃいましたよね。でもわかったんスよ。みんな金じゃなくて、夢がないから不安なんだって』


 とか、そういうノリであるべきなのだ。


 と、意識高い系元ヤン検定1級の俺としては赤点だった文面や、親父が中野の本当の性格を全然わかっていないことはさておき。


 そのLINEの後に、写真が添付されていた。中野の手紙を写したもので、文面はこんな感じだった。

余談です。


声優事務所ではクライアントに対し、声優さんがお礼状を書くことはまずありません。ただ、若手女優さんがお世話になった方に書く〜というのはそれなりに耳にします。


作中で明確な描写はありませんが、ひよりちゃんは子役時代にテレビドラマや舞台等に出演した経験があり、そこで大御所女優さんに人として、役者としてあるべき姿を教わった、という裏設定があります。お礼状はそこからの影響なワケですが、惣太郎は当然それは把握していません。


ちなみに声優さんには子役出身者がそこそこいるんですが、子役もシビアな仕事なようです。日高里菜さんと悠木碧さん(と花江夏樹さを)のラジオでそういう話をしていて面白いので、気になる方がいればぜひ。日高さんはイベントでもめちゃ面白いんですよね〜^_^(完全に関係ない話)

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