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閑話~小学校最後の学校見学日・前~

琴葉目線の閑話です。少し長くなったので前後編に分けました。ご査収ください。

 若宮や香澄、そして香澄のお兄ちゃん(顔がウザくてなぜか未だに名前が覚えられない。顔は関係ない)や本天沼さんの助けもあり、私は夏休み明けからまた学校に通い始めた。


 私が家を出るのは8時過ぎ……で良かったと思う。家から学校までの距離感的にはそれで間に合うはず。そんなふうに思ってしまうくらい、学校に行くのは久しぶりだった。


 でも、それも仕方ない。ちょうど不登校を初めて1年経つんだから。


 そういうワケで、朝10時からの収録があって学校に遅れていくひよ姉と、大学が今日はお昼からのとも姉より先に家を出ることになった。


「琴葉、本当に大丈夫なの?」

「うん、腹はくくったから。生きて帰って来れるよう祈っておいて」

「やめてよ、そんなヤクザの鉄砲玉に選ばれた男が奥さんに言うような言葉……」


 ふざけて言ったのに、とも姉が案外真面目に返答してきた。この人は妹である私から見ても愛嬌のある人で、そういう面も含めてきっと男の人にモテると思うんだけど(私がそういう話が好きじゃないから私の前ではそんな素振りは見せないけど)、なぜか私に対しては真面目に返してくるのだ。


 でも、それも仕方ないんだと思う。親がいないなか、小学生の妹が不登校になってるワケだから。それに私、なんか顔引き攣ってるもんな今日。自分でもわかる、うん。


「琴葉、朋絵をからかうのはやめなさい。朋絵も冗談を本気にしないの」


 ひよ姉には通じていたらしい。良かった。


「あ、なんだ冗談か……」

「当たり前でしょう? だいたい小学生が腹をくくるなんて言い方しないの」

「わかった。とも姉をもうからかわない」


 明るいとも姉がふわっとした発言をして、ひよ姉がすかさずツッコミを入れて、私が毒のある言葉を吐く……なんてことはない、いつも通りの3人の会話だった。


 心なしか朝から感じていた緊張が、薄まっているように思えた。


「じゃあ、そろそろ行ってくる」


 そう言い残すと、私はふたりの見送りを受けて、家を出る。


 9月の空はまだまだ青くて、空気はぬるくてじめっとしている。前に前にと運ぶ足は重く、私は何度も決心が砕けかけるけど、それでもなんとか前へと進んだ。少しずつ、そう少しずつ。



   ○○○



 予想とは違って、登校開始初日は、平穏そのものだった。


 SHRの点呼を普通に受けると、そのまま体育館に移動して全校集会。ひとりで帰りながら、夏休みの宿題(夏休みの最初のほうに、とも姉が代わりに取りに行ってくれていた)を提出して諸注意を聞く。


 そして、下校の時間。


 今までだったら、ここでわざとらしく女子たちが囲んできて、机にぶつかったりして筆記用具を落としてきたりしたけど、今日は誰も構ってこなかった。


 そんな様子を見て、私は安心……することなんか、もちろんできない。まだ一日目だからね。こうやってこっちを安心させておいて、明日とか明後日になったら一気にイジメてくるんだ……。 


 と思っていたのだけど、私に構ってくる子は、何日過ぎてもあらわれてこなかった。


 どうやら、私が思っていた以上に、本天沼さんの脅しが効いたらしい。なんて言ったのかはわからないけど、江古田もその取り巻きも私のことを見るだけで、前みたいにちょっかいはかけてこない。


 だけど、すぐにその理由に気付く。どうやら江古田は私がいない間にべつの男の子のことを好きになっていたのだ。妙正寺くんが引っ越して、すぐに乗り換えてしまっていたらしい。


 マジかよ、そんなんだったら不登校なんてせずにさっさと学校来てたのに……と一瞬思ったりもしたけど、でも、イフの話には意味がない。花火は一度打ち上がってしまったら、今自分がいる場所から見るしかない。花火を見ることになる場所の積み重ねが、運命というやつなのだ。



   ○○○



 そんなふうに、なんとか学校にまた通い始めてから2週間後。とある事件――と言っても、私にとっても事件という感じのことなんだけど――が起きた。


 その日は2学期最初の学校見学日だった。


 うちの学校は、他の多くの小学校と同じで、1月に1回、保護者たちが授業を自由に見学することができる日が設けられている。1時間目から6時間目まで、どの授業に顔を出してもいい感じ。低学年の頃は多くの親が見に来ていたけど、高学年になった今、毎回来る親のほうが少数派だ。


 でも、毎回来ない親はもっと少数派で、来ない現実を受け止められず、保健室に行く子も少なくない。私も前までそんな感じだったから気持ちはわかる。べつに他の子たちを羨ましいと思わないけど、なにげない瞬間に視線を交わしていたりするのを見ると、普段はそこまで感じない……というか感じないようにしている、私には親がいないという現実を思い出してしまうから。


 と言っても私の場合、家族が来ると嬉しい反面、厄介な現実もある。とも姉は明らかに母親ではないし、ひよ姉は制服のままで来ることになるからだ。学校見学に来られるというのはお仕事がないときであり、だからこそ自分が学校に行く前に来ることになるのだけど、さすがに制服姿の女子高校生は目立ちすぎる。


 そんなふうに言って、ひよ姉やとも姉に「無理して来なくていいよ」と言ったのは、4年生の頃だった。もちろん、そのときはふたりが忙しいことを気遣って言った面もあったけど、まさか学校見学日に来てくれないことがこんなにもさみしいものだとは思わなかった……というのもあった。


 ちなみに、香澄に聞いたら彼女ももうお父さんお母さんは来てないらしい。代わりにお兄ちゃんが「俺が行く」と息巻いていて、毎回必死の思いで止めているる……という話はさておき、香澄はさみしくないんだろうか。


 そんなことを考えているうちに、授業開始の時間が近づき、教室の後ろや廊下に保護者が集まっていく。のを気配で感じる。なぜ気配で感じているかと言うと、この目で見られないから。親と仲がいい子たちがアイコンタクトをしたり、無邪気に手を振ったりしているのを目にすると、胸の奥がきゅうときしんでしまう。幼稚なショックの受け方だと思うし、そういうのからははやく卒業したい、精神的に大人になりたいと思っているけど、残念ながら私はまだそうはなれていない。


 そして、さらに残念なことに私は今、一番後ろの席なので、前を見ると親と会話している子が見えてしまった。後ろも横も見られないまま、机に誰かが彫ったアルファベットの落書きを見ながら、私は頭上でチャイムが鳴るのを感じる。ああ、いよいよ始まるんだ。苦痛な苦痛な一日が……。


 しかし、そのとき。


 私の耳に届いたのは、まったく予想していなかった声だった。


「琴葉~! 来たよ!!」

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