18 悪友たちは画策する2
学校の最寄り駅である、東急田園都市線溝の口駅の近くにあるマルイの一階には、フードコートがある。
新宿等のマルイしか知らない人はそう聞いて「えっ、フードコート?」と思う人もいるかもしれないが、ここは神奈川県。渋谷から東急田園都市線急行で15分と、時間的にはすぐそこだが、雰囲気は東京ではなく地方のそれである。だから、マルイも新宿のマルイとは全然違う。
ここのフードコートには、サブウェイ、ファーストキッチン、サーティーワン、リンガーハット、すき家など、色んなチェーンが入っている。値段的にも、高校生には非常にありがたいメンツであり、ゆえに平日の夕方から夜にかけては、学校帰りの中高生や子連れのママたち、および地域のお年寄りの憩いの場になっている感じだ。
そのせいで、環境的には騒々しいの一歩手前な感じ。声が程よくシャットアウトされるので、静かなカフェより逆に相談事に向いているとすら言えるのだ。
ということで、俺は石神井、本天沼さんとここにやって来ていた。
「それで、相談って何かな?」
目をキラキラさせながら、本天沼さんが聞いてくる。テーブルの上にはタブレットがケースによって斜めに立った状態で置かれている。どうやら、俺と中野に関することをメモろうとしているらしい。本格的。
「えっと……」
本天沼さんの本気っぷりに若干動揺しそうになるが……石神井を見て、すぐに落ち着きを取り戻す。奴は本天沼さんの隣で、ミスタードーナツのリッチシェイクを3本同時にズズズと勢いよく吸い込んでいたのだ。
普段、3人以上の場では黙りがちな俺だが、石神井がこんな調子だと、そもそも奴は人数にカウントされないとすら思った。
「コミュ力が高そうな石神井と本天沼さんに聞きたいんだけどさ」
「なんだ若宮、結婚の申し込みなら嬉しいが今はまだはやいぞ。俺たちはまだ高校生だし、生活力もない。それに、仮に本気だったとしても……もう少し、違う場所がいいかな」
そう言うと石神井はサーティーワンのカップに顔を隠し、わざとらしく恥ずかしげな表情になる。どうでもいいけど、さっきから糖分過多だ。冷たい飲み物にアイスクリームだし、お腹冷えないか心配。
「なんでコミュ力がそういう話に結びつくんだよ。さすがに強引すぎるぞ。あとフードコートじゃなきゃちょっと考えるのかよ」
すると、石神井はわざとらしく黙ってココナツチョコレートを口いっぱいにほおばると、むせる演技をしてみせる。
そんな石神井に対し、本天沼さんはとほほ……と呆れた顔を向けた。
「石神井くんて格好いいのに、ほんと言うこと謎だよね……何キャラ?」
「キャラ? 俺はいつでも松岡修造並に本気だけど?」
「そうやって真顔でふざけるんだからさ……私、話の腰折る人嫌いなんだ」
「へえ。初耳」
「うん、言ってないからね」
「じゃあ初口だね」
揚げ足を取る石神井。
しかし、本天沼さんは微笑をたたえたまま、話し続ける。えっと、石神井に対しては結構キツい言い方なんだ。笑顔はいつも通りだけど。
「初口なんて言葉はないよ? あんま腰折ってると、指とか首とか折るから注意してね」
「指とか首って、階級差がスゴいな。ヘビー級とスーパーフライ級くらい差があるね」
「ボクシングで例えなくていいの……話逸らす人も好きじゃないからね?」
「てか話の腰折っただけでこんなに言われないといけないの?」
「なんか文句でも、ある?」
「いや、全然」
飄々と真顔でボケ続ける石神井に対し、柔和な表情でなかなかキツいことを返す本天沼さん。ふたりの会話のテンポも相まって、なんだかシュールな若手お笑いコンビのかけ合いみたいだ。
ケンカしてんのかふざけてんのかわかんない感じで、初めて見た俺からするとちょっとヒヤッとする。ふたりは中学からの付き合いだと言うが、ずっとこんな感じだったんだろうか。
「ごめんね若宮くん」
と、そんな俺の不安はつゆ知らず、本天沼さんが前のめりに尋ねてくる。
「私、気になることがあると、知りたいって気持ちが押さえられなくなるほうでさ」
「そ、そうなんだ」
「目の色とか変わるって……昔から言われてて」
「う、うん、目の色変わってた、かも」
というか、人格すら変わっている感じだ。
「で、なんの話だっけ」
しかし、本天沼さんは俺の気持ちは気にせず、話を強引に戻す。
「人に頼るのが苦手な人に手を貸したいときって、どうすればいいのかなって」
「若宮くんには今、力を貸したい人がいるけど、向こうがそれを受け入れようとしない……ってことかな」
相手が中野だと知られてはいけないので、言葉を選んで話すと、本天沼さんは遠い先を見るような目で続ける。
「いるよねえ、そういう人……たぶん、自分以外の人に迷惑をかけるのができないんだろうねえ」
「そうかも」
「その人は、どんな人なの?」
「あー、えっと、まあ塾の子っていうか」
ごまかすと、黙っていた石神井が思い出したように質問を投げかけてくる。
「若宮って塾とか行ってたっけ?」
「うん、最近ね。行き始めたんだよ」
大丈夫。実際は行ってないけど、オヤジの仕事の関係で予備校関連には詳しいし、それに夏には俊台予備校に入る予定だし。オヤジのコネで、授業料が半額になるんだよな。
平静を装いながら俺がそんなふうにそう言うと、石神井は「そっかそっか」と思いの外素直に信じ込んだ様子だ。
そして、本天沼さんがこう述べる。
「相手にもよると思うけど……3パターン、じゃないかな?」
「3パターン?」
「1つは相手が『仕方ない』と思うような、もっともな状況を作ること。ほら、マンガとかであるでしょ?」
「担任の強引な先生が奉仕部的な謎の部活を作って、部の活動と称して色んな仕事をさせるような」
石神井が補足する。もう特定の作品言ってるのと同じだ。
「2つめは相手に借りを作って、その対価として手を貸すこと」
「でも、借りを作るって意外と難しくないか?」
石神井が疑問を呈する。俺はそれにうなずく。
「そうだね。あんまりそういうタイプではないかもしれない。誰かを助けるとか、そういうのはまったく感じないな」
「じゃあ3つめ。『こんなの、たいしたことない』って思わせること」
俺と石神井が怪訝な表情を浮かべていると、本天沼さんが補足する。
「たとえばだけど、プロの絵描きさんが5分くらいで簡単な似顔絵を描くとして、それはそこまでの労力じゃないでしょ?」
すると、石神井が手をポンと叩く。
「プロの大工が、簡単な本棚作るみたいなか」
「だから、もし何かをしてあげるなら、その行動が若宮にとってはたいしたことじゃないってわからせるというか」
「負担に思えた行為が、実はそうでもなかった的なか……それいいかもな」
中野の性格を考えると、無理矢理命令したり、貸しを作るのは正直非現実的に思える。しかし、3つめの方法なら、可能性もあるかもしれない。
これまでの接触で感じたように、中野は人に頼るのが苦手な性格だろう。そこは間違いない。
どうして中野があそこまで人に頼れない性格になったのかは、今は推測することすらできない感じだが、もし相手に負担をかけるのが嫌なのだとして、その負担が相手にとって取りに足らないものだとわかれば、違った反応を見せるかもしれない。
石神井がアイスを食べ終わる頃、ゆっくりとうなずくと、
「石神井、頼みがある」
俺はそう言った。