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16 屋上にて彼女は叫んだ2

「えっ?」


 成績の順位を聞かれた中野の顔に驚きが浮かび、俺へのウエメセな雰囲気が一瞬消える。


「学年順位。1年の。通年で」

「そっ、そんなこと知ってどうなるのかしら」


 その瞬間、中野の目が泳ぐのを俺は見逃さなかった。


「ノートの貸し借りには大事な情報だろ」

「そ、そうね……えっと、ひゃ、150番くらいかしら。1学年360人いるわけだし、まあ広義の上位ではあるわね」

「俺1番」


 食い気味に言うと、中野がぽかんと口を開ける。


「えっ」

「俺、1年のとき、通年の成績で1番。学年トップ」

「……そっ、そんなわけ」

「疑うなら自分の目に尋ねてみろよ」


 そう言うと俺はスマホの画面を差し出す。そこには成績表の写真がうつっており、はっきりと順位の欄に「1」と印字されている。水戸黄門の印籠的な破壊力だ。


「な、1位だろ?」

「信じられない……」

「それこっちの台詞」

「あなた、数学補講受けてたでしょ?」

「あれはちょっと事情があって……」


 すると中野は俺の顔を穴のあくように見る。清楚な女子にまじまじと見つめられ、俺は無性に恥ずかしくなって乱暴に目を逸らした。


「なんだよ」


 すると、中野が不思議そうな表情でつぶやく。


「……顔」

「ん?」

「顔、赤点顔なのに」

「赤点顔ってなんだよ」

「赤点ばっか取ってそうな頭の悪そうな顔ってこと」

「トランプも真っ青な差別的発言だな」


 俺が呆れてそう返すと、さも当然といった感じで中野は言葉を続ける。


「だっていかにも凡庸そうな顔だし」

「凡庸そうな顔だと……?」

「凡庸そうなフェイス」

「二度傷つけるためだけに英語使うのやめろよ。なんのために英語習ってるんだ」

「高校を卒業するためよ」

「それは……まあそうかもだが」


 迷うことなく言う中野だが、今はそんなことはどうでもいい。学年トップに勘違い発言してきたうえ、俺の顔面を非難してきたのだ。一大事だ。


 だいたい、俺は人より少しばかり目がジトっとしているだけで、顔立ち的にはそんなに悪くないのだ。悪くないはずなのだ。


「はぁ……私より、250番も上じゃない」


 しかし、そんな俺の感傷はお構いなしと言うばかりに、中野が嘆く。と、俺はすぐに気づいた。


「え、さっき150番って言ったよな?」

「あ……」

「あ、じゃねーよ。なんで盛ったんだ。しかも100位盛るってスゴいな」

「ってことは、ノートを貸してほしいっていうのは……」

「いや、それ勘違い。250位に借りる1位はこの世界に存在しない」

「え、でも」

「ない。北朝鮮がアメリカに経済援助するくらいあり得ない」

「じゃないとすると……」


 中野は握った右手を左手に当て、ポンと叩くと、納得したような顔を見せる。


「わかった。単純に私にお近づきになりたいのね。それなら納得」

「どんだけウエメセなんだよ。ブレねえな」

「だ、だって……」


 自分にとっての常識を崩されるのに強く動揺しているのか、慌てた様子で中野は主張を続ける。


「教科書拾ってくれたり、汚れ拭いてくれたりしたし……どうせあれでしょ、あなたも私のことが好きなんでしょう? 私の気を引きたくて、そうやって優しいことをしてきたんでしょう?」


 一瞬、ギャグで言っているのかと思ったが、残念ながら中野は真顔だった。真剣に言っているとわかるだけに、俺は言葉に詰まるが、実際問題そういう下心があるワケじゃないので否定しておくしかない。


「えっと……違います」

「だけど……」

「違います」

「中学のときは男はみんなそうやって……」


 すると、中野の動きが一瞬、いや十瞬くらい停止する。それくらい、『俺が自分のことを好きじゃない』ことが信じられなかったらしい。


 えっとこの子、どんだけ自己肯定感高いんだろう。世界は自分を中心にまわっていて、すべての男子は自分に恋し、憧れてるとでも思ってるのだろうか……。


 まあ正直、それだけ男に好かれていてもおかしくないビジュアルではあるんだが、にしても外見とのギャップがヤバい。ぱっと見、大人びていて精神年齢も高そうな感じなのに、喋れば喋るほど言い間違いをしたり、ボロが出て、ツッコミどころ満載だ。


 話してない時もヤバいと思ってたけど、話したらもっとヤバいんですけど。声優ってこういう生き物なの……?(汗)


 この5分間でたぶん15回目くらいの呆れの後、俺は会話の中で気づき、次第に確信に変わっていったことを告げる。


「正直、昨日の時点でも若干思ってたことなんだけどさ。言っていい?」

「な、なによ……」


 再生ボタンが押されたかのように急に動き出すと、中野は口をあわあわとさせ、途端に警戒度マックスになる。


「外見はいかにも清楚で知的。冷静沈着で自立してる感じだけど、いざ話してみたら色々ツッコミどころが多い。言葉を扱う仕事なのに、言い間違いも多いし……じつはめっちゃ天然だろ?」


 すると、中野は途端に顔を真っ赤にして……


「て、てってっ、てってててて……」


 声優とは思えぬほど、何度も何度も盛大に噛んだ後。


「天然じゃないしーーーーっっっっつ!」


 学校中に響き渡きわたりそうなほど大きな声で叫ぶと同時に、勢いよく立ち上がった。



   ○○○



 結論から言うと、この行動には2つほど問題点があった。


 まず、中野の声が響きすぎたこと。


 先ほど「学校中に響き渡りそうなほど」と書いたが、実際声のプロである中野の透き通ったボイスは、それはそれはよく通っていた。青空を切り裂き、どこかの山か丘にぶつかったらしく、「天然じゃないしー」「天然じゃないしー」「天然じゃないしー」と反響。ACもびっくりの見事なこだまっぷり。


 学校で沈黙を貫いた1年間を、たった10文字程度で取り返すかのような、圧倒的な声量だった。間違いなく、色んな人に聞こえたはずだ。


 また、勢いよく立ち上がったせいで、膝の上に置いていたサンドイッチと教科書が地面に落ちて、ぐしゃっとハムやチーズなどの中身がこぼれた。これが2つ目の問題点だった。


 しかし、中野の天然っぷりは止まらず……


「あー、私の天然がー! 天然、まだ半分しか食べてないのにー!」


 と、ぐちゃったサンドイッチに向かって言い放った。どうも、サンドイッチと言いたかったのに、天然と言ってしまったらしい。なんて天然。


 その発言の3秒後、自分の言い間違いに気づいた中野は、首筋から徐々に赤くなった後、顔を真っ赤っかにして、黙り込む。


「あ、うう……」


 そして言葉にならない声を出すと、おもちゃの電池が切れたかのように、その場に力なくへたっと座り込んだ。


「あー、こりゃもう捨てないとダメだな。しかも教科書、朝拭いたばっかなのに。貸してみろ」


 代わりに、俺は落ちたサンドイッチをビニール袋に入れ、教科書をハンカチで拭く。


 体育座りになった中野は、膝の中に顔の下半分をうずめている。膝から出てる顔の上半分が、真っ赤になっており、それが逆に彼女の色白さを実感させた。


「今日、拾ったときに見えたんだ」


 俺の言葉に、中野がぴくりとする。


「ノート、なんであんなに真っ白なんだ?」


 尋ねると、中野は真っ赤な顔のまま、そんなこともわからないの、という表情になる。


「決まってるでしょう。学校を遅刻しても早退しても、休んでも、ノートを貸してもらう人がいないからよ」

「まさかとは思ったけど。やっぱりか」

「ずっと黙ってる女子に、黙ってノート貸してくれる人がいるわけないでしょう」


 そうつぶやく中野の声は、どこか力なさげに聞こえた。

 膝に顔をうずめているため、その表情はうかがい知れないが……


「だから、その……俺、ノート貸そうか?」


 美祐子氏との約束を果たすために、その言葉を言った。


 中野が顔をあげ……ぽかんと開いた口から、自然と驚きが伝わってくる。


「俺、ノートちゃんととってるし。学年1位のノート、結構貴重だぜ?」


 俺の言葉を受け、中野の口が「いいの?」と、小さく動く。その様子は驚くほど素直で、持ち上がった眉には喜びの気配が感じられた。


(なんだ、思ったよりも素直な子なのかもな……)


 決定打にするつもりで、俺は続けた。


「声優の仕事、増えてきて大変なんだろ。俺はそういうのよくわかんないけど、でもノートくらい貸してやれるから。じゃないと仕事も満足にできないんだろ?」



   ○○○



 ……だが、その一言が余計だったらしい。

 途端に中野が口を閉じ、真顔に戻って尋ねる。


「どうして、最近お仕事が増えてるの知ってるの?」


 さっきまでより、明らかにトーンの低い声だった。


「もしかして……美祐子になにか言われた?」


 中野の表情は、話し始めた頃のようにひややかなものに変わっていった。

 そして、俺は自分が失言をしたことに気づく。


「言われたのね? 私の知らないところで、美祐子が手を回したのね?」

「いや、俺はただ……」

「そっか、そういうことか。私、あなたに同情されてたのね。仕事大変だから、勉強ついていけてないからって」

「いや俺はただ」


 予想外の展開に、言葉がうまく出てこない。


 しかし、である。正直なところ、「図星だった」と自分でも感じた。


 中野に指摘されるまで自分でも気づかなかったが、無意識のうちに、彼女をどこかで同情してしまっていたらしい。競争の激しい仕事で忙しく、その結果、成績が悪くなってしまった女の子……と。


 中野に問われ、すぐに言い返せなかったことが、なによりの証拠だろう。もしかすると、自分が成績優秀であることのおごりが、無意識のうちに同情というものに形を変えて出ていたのかもしれない。


 すると、中野は険しい顔つきに戻り、俺をぎろりと睨みつける。


「申し訳ないけど、私とあなたの関係性でそんなことを思ってもらう筋合いはないわ……あなたに、私のなにがわかるの。私の仕事のなにがわかるの。かりに私のことを深く知っていたとしても、同情が理由なら、ノートなんて借りないわ絶対に……」


 震えた声が、俺の耳に届く。


 怒りを、理性で必死に抑えようとしているのがわかり、だからこそ怖い。


 そして彼女の言うことは、全部正論だと思った。


「私、仕事をする上で大切にしていることがあるの。それは、お互いが対等であること。若いからとか、色んな事情があるからとか、そういうのじゃなくて、ひとりの人間として尊重して、ちゃんと評価してもらうこと。それは、プロに対する最低限のリスペクトと思うの。だから、もしあなたが少しでも私に同情してたなら、どれだけありがたい申し出でも到底受け入れられない」

「同情とか、そんなつもりは……」

「知ったような口きかないで!」


 俺の形式的な否定の言葉を、中野の叫び声がかき消す。


 今までに見た姿とは全然違う、本気の怒りをあらわにした姿だった。


「かわいそうと思うなら、もう結構。その代わり、二度と私に近づかないで!」


 叫ぶと、俺から教科書と落としたサンドイッチを奪い、出口のほうへ歩いて行く。


「おい、まだ話が終わって……」


 思わず立ち上がると、中野はくるりと振り返り、俺の手からハンカチを奪う。


「洗って返す!」


 そう言って、バタンと力任せにドアを閉めて、屋上から消えていった。

やっとラブコメらしくなってきましたね…ぶっちゃけ、切る人は1話目で切る、ある意味読者を選ぶ作品だと思うので、ここまで読んでくださる方は絶対この後さらに楽しんでいただけると思います!

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― 新着の感想 ―
[一言] 「もしかして……美祐子になにか言われた?」 まさか、マネージャーさんは勉強を教わる件を伝えてないってことですか!? これはひどいですね…… まさかのスタートラインすら丸投げ……? こじれ…
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