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167 小旅行3

 電車に揺られること1時間半で、俺たちは目的駅に到着した。別荘地として有名な、前に海、後ろに山のある町だ。


 地方の観光地の駅なので、正直どれだけショボいんだろうと思っていたが、改札を出て駅構内に出ると、その予想はいい意味で裏切られた。駅舎全体が小さなモールのようになっていて、そばうどん屋、定食屋のようなオーソドックスな飲食店はもちろんのこと、パン屋、ソフトクリームのお店、さらにはメガネ屋、服屋、ドラッグストア、クリニック、足湯、博物館、フィットネスジムなんてものまであったのだ。周辺で生活する人には物足りないかもしれないが、観光客にはひとまず十分なラインナップである。


 駅舎内にある看板を見ると、この駅舎は改装されてすでに20年以上経っているようだが、丁寧に掃除されているせいか、それとも定期的にテナントが入れ替わっているせいか、全体的に古くさい感じはほとんどしない。


 もっとも、駅舎を出てロータリーへ一歩でも出ると、そこは閑散としており、わずかな土産物屋とスーパーくらいしかなかった。東京とか神奈川の都市部ではなかなか見ない光景であり、バスやタクシーはたしかに止まっているが、車前提の町であることがよくわかる感じだ。


 そんなふうにして、俺たちはぞろぞろと外に出たワケだが、この先の行き方を知っているのは高寺だけ。


 なので、彼女を見ると。


「んとね、バスでこっから15分かかるっぽい。いっつも、車で行くからさ」


 なるほど。でも栄実さん、車運転してたもんな。小学生向け声優講座の日。


 時刻表を確認するとバスは1時間に2本で、ついさっき出たようだった。というワケで、俺たちははやくも30分待つことが確定する。早速、という感じだが、これもなんだか旅行という感じで悪くない。


「仕方ないから待つかー」

「そうだな若宮。モールに戻ってデートを楽しむか」

「そうするか。デートじゃないけどな」


 だが、きびすを返そうとした俺と石神井を、高寺が止める。


「いや若ちゃんに石神井くん、そんな余裕はないよ! ここで買い物しなきゃだから」

「買い物? それって食料品とか?」


 石神井が首をかしげながら尋ねる。なにを買うのか、想像もつかなかったらしい。


 だが、高寺にとっては当たり前のことのようで。


「だって別荘には食料全然ないからね。親戚全体でもたぶん年に30日とかしか過ごしてないから、調味料もあるかわかんないし」


 そんなことを言う。別荘が初めてなのでイマイチ想像できていなかったが、言われてみると納得である。


 1年のうち1ヶ月も過ごさないような家なら冷蔵庫にモノを入れていたら腐るし、というか、そもそもブレーカーも落とすのが自然と考えるべきだろう。電気を通してたらもしものときに火事になりそうだし、なにより電気代が無駄だ。その都度、食料品や飲料、調味料を持ち込むのが一番健全かつ安全である。


「ならみんなで買い物しようか」


 石神井の呼びかけに、俺含む他の面々がうなずく。


 幸い、この駅にはそこそこ大きめのスーパーが隣接しており、食料品やちょっとした日用品は問題なく購入できそうだった。別荘の近くにコンビニとかあるかわかんないし、バスで行けば途中で降りるのもあれだし、ここで全部揃えとかないと。


「あの、すいません」


 そんなことを思いつつ、スーパーに歩き始めようとしていると、途切れそうな声が俺たちを振り向かせる。その先では、香澄がなんだか妙に青白い顔をしていた。心なしか、出発時よりもげっそりしたように見える。


「私、じつは乗り物にすごく弱くて……」

「香澄、大丈夫? 死にそう?」


 横にいる琴葉も心配そうにつぶやく。今日はじめて声らしい声を聞いた気がする。


「うー、マジで気持ち悪い……死にそう」

「死にそう? 大丈夫? 遺書書く元気ある?」

「うーん、幸いなことに遺書書く元気もなさそう……」

「じゃあ筆ペンとか便箋は要らないね。スーパーで買って来ようかなと思ったけど」

「うん……それより酔い止めが欲しいですね……」

「だよね。私もそうじゃないかと思った」


 酔っただけの人間に対して遺書というワードが飛び出すのがなんとも琴葉らしいが、それが彼女のスタイルだと香澄のほうも慣れているようで、大人の対応だった。この口の悪さと仲良くできるのだから、やっぱり香澄は大人なのかもしれない。


 日陰にあったベンチに腰掛けた香澄に、高寺が心配そうに尋ねる。


「じゃあ、香澄はここで待ってる?」

「はい、そうします……あでも、ひとりだと不安なので、誰かいてもらってもいいですかお兄ちゃん以外で」

「おい妹よ、せっかくお兄ちゃんが看病してあげようと思ったのに」


 非常になめらかに、兄以外と指定した香澄に対し、石神井がわざとらしく頭に手を当てて言った。待ってましたとばかりな反応だ。


「風邪を引いても看病してくれたことなんか一度もないのに、なぜこういうときだけ」

「簡単だよ。みんなの前で妹に優しくしてポイントを稼ぎたいだけさ」

「言ってる時点で稼ぐ気なんかないじゃないでか」


 そこまでツッコミを入れると、なかば力尽きたように香澄はふらっとなって、横の琴葉にもたれかかった。


「じゃ、若ちゃん一緒にいてあげて」

「え、俺?」

「うん。なんか看病とか慣れてそうだし」

「慣れてって……まあ慣れてるけど」

「ってことでよろしく!!」


 高寺の勢いに押される形で、俺が香澄と一緒に残り、他の面々で食料や飲み物を買いそろえることになったのだった。



   ○○○



 スーパーの脇、日陰にあるベンチ。


 室内からの冷気が定期的に流れ出てくるその場所で、俺は香澄を膝枕していた。


 もともと香澄に寝そべってもらおうと思ったのだが、身長150センチ程度の香澄が寝そべったうえで俺が隣に座れるほどベンチは横幅がなく、仕方ないので横で立っていようとしたところ「惣太郎さんを立たせてると逆に落ち着きません」と香澄に言われたため、このスタイルになったのだ。


 そして、いざ膝枕し始めると予想していたより手持ちぶさたで、俺は持ってきていた本で香澄をあおいでいた。本当は団扇で風を送ってやりたかったが、生憎持ち運んでなんかいないので、文庫本で代用したのだ。さすがに看病しながら、読書をするほど俺は肝が割ってはいない。


 正直、この風が気持ちいいのか謎だが、香澄は黙ったまま、横たわっていた。三半規管を落ち着けようとしている様子なので、質問するのもやめておいた。


 そんなふうに香澄をあおぎながら、俺は初めて来た町の景色に視線を向けていた。


 だだっぴろいロータリーには発車待ちのバスが2台ほど停車しているが、中に客はそれほど乗っていない。むしろ、個人が運転している車のほうが台数的にはずっと多く、車で送り迎えするされるが日常風景な場所だとわかる。


 んにゃあ……という声が聞こえて斜め後ろを見ると、数メートルほど離れた場所に複数の猫の姿があった。涼しい暗がりで昼寝していた様子で、俺と香澄が彼らのテリトリーに入っていた可能性もありそうだ


 結論。なんというかすごく平和で、そしてすごく夏という感じだった。


「惣太郎さん」


 俺の脚に頭を乗せている香澄が声を発する。先程よりはっきりした声だった。


「良ければお話しませんか?」

「ちょっとマシになってきたか?」

「ですし、お話していたほうが気持ちもまぎれるかなって」

「ならいいぞ」


 OKを出すと、香澄はふふっとかわいらしく笑う。シンプルな白いワンピースの彼女は、控えめに言って美少女である。ちなみに朝会ったときにかぶっていた麦わら帽は今、俺が代わりにかぶっている。かぶったまま寝るとつぶれちゃうからな。俺がかぶると面白いくらいに似合わないのだけども。


 視線を落とすと、上目遣いの香澄と目が合うので、俺はあえてなんにも面白くない、殺風景な町の景色を眺めていた。


「どうですか? こうやって膝枕していると、私とカレシカノジョになったときの光景がイメージできますか?」


 なにをお話するかと思いきや、そんなことである。


「いや、そのネタまだ続いてたのね。てっきり水族館で終わったと思ってたら」

「終わってませんよ。というか始まってすらないんですから私たち」

「大人をからかうのはやめなさい」

「大人って、惣太郎さんまだ子供じゃないですか」

「いや香澄には言われたくないけどな?」

「私とお付き合いして結婚すれば、とっても楽しい生活が待ってますよ。私は男性に養ってもらいたいという願望がなく、むしろ共働き希望なのでコスパもいいです」

「コスパ」

「ひとつ要望があるとすれば、きっと会社の近くに住みたいと思うと思うので、結構都心に住むことになると思います。赤坂の広告代理店に総合職として入る予定なので、現実的なラインとしては三軒茶屋とか……ですかね?」

「ですかね? って、知らんけども」


 どこまで本気かわからないし、香澄も冗談めいた笑顔を浮かべているワケだが、喋り口調は整っており、その内容も具体的なので戸惑ってしまう。


「私のなかで、オトナの女性って男の人に膝枕してるイメージなんです。野原の上で女の子座りして、男の人の頭をそこに乗せて撫でたりしてるみたいな」


 たしかに、言われてみるとなんだかマンガとかでありそうな光景だし、だからこそ大人っぽい女性に憧れている彼女ならではの願望だなと思った。水族館で絵里子と話して以降、俺に対してもちょっと年上感を出そうとしてくるんだよな。


「だからこうやって酔ってしまったのは不本意なんですけど……でも、惣太郎さんに気にしてもらえるのは嬉しいです」


 そう言うと、香澄はニコリと微笑んだ。いつもはなにかと大人びた雰囲気を醸し出したがる彼女だが、今の笑顔は年相応の女の子という感じだった。


 そして、それはとてもかわいかった。


「ところで、惣太郎さん」

「なんだい」

「今、惣太郎さんに膝枕してもらってるワケですけど、よく考えると膝枕って不思議な言葉ですよね」

「どういう意味?」

「だって膝枕と言いつつ、ほぼ太ももに頭乗ってるワケじゃないですか」

「たしかに」

「そういう意味では『太もも枕』とか『もも枕』って言い方が正しいと思うんです」

「だいたいホントに膝に頭乗せたら、痛くて寝られないよな」


 そう言うと、香澄は俺の顔をチラッと見て、頭をそのうえに移動させた。


 さっきまで仰向けに寝ていたが、曲げた脚の膝の上に頭を乗せるワケなので、香澄は自然と顔を向こう側に向けることになった。


「こうですか?」

「いや、そうですけど。べつにやれって言ったワケじゃ」

「どうですか、正しい意味での膝枕をしてみた感想は」

「ん……なんか香澄が頭を動かすたびに、膝の皿がぐにゅっと動いて変な感じだな」

「私も人の膝のお皿をこんなにリアルに感じたのは初めてです」

「で、実際どう? 痛い? 俺は意外に痛くないんだけど」

「私も痛くはないです。ただ、こめかみと顎に左右の膝の皿が当たるのもあって、全然癒やされないです」

「だろうね」

「そして落ちそうで怖いです」

「じゃあ名前はともかく、太ももで枕しておいたほうが良さそうだな」

「ですね」


 そう言うと、香澄はよいしょと小さく声を出しながら、元の体勢に戻る……と思いきや、通り越して180度回転。俺の下腹部に顔を押しつける。


「おい、香澄。ちょっと」

「んー、なんですかー?」

「ちょっと回りすぎてないか?」

「……惣太郎さん、私、またなんか気持ち悪くなってきたかもです」

「えっ」

「だから頭はしばらく動かせません」

「……はぁ。仕方ないな。気持ち悪くなるよりマシだもんな」


 当然、香澄がウソで言っているのは百も承知だが、そこで争っても仕方がない。


 なので、そうやって言ってやると、わがままが通じたのが嬉しいのか、くすくすっと香澄が笑った。ほぼほぼ顔が俺のお腹にくっついてるので表情はわからないが、しめしめという顔をしているに違いない。


 頭を太もものうえで動かすワケなので、時折体の敏感な部分に当たったりしてむずがゆいのだが、意味深な意味でむずがゆいと思っていると思われるのも尺なので、いや誤字った癪なので、俺は話を変えることにする。


「ちょっと聞きたいんだけど」

「なんですか?」

「琴葉のことなんだけど。あいつ、普段、高寺のことなんか言ってたりしない?」


 知っている者は少ないが、今回の合宿の目的は、高寺と琴葉を仲直りさせることだ。そのためには情報を事前に仕入れておくことも大事だとう。


 しかし、俺の問いを受け、香澄は一瞬遠くの空を見るような表情になる。


「なにも言ってないです」

「そっか。それは残念」

「……でも、それは琴葉の性格的に、意識してる証拠だと思います」

「たしかに。あいつ基本的にツンデレだもんな」

「なんだかんだ言って、高寺さんは中野さんの大切なお友達ですし、お世話になってることも把握してると思います。ただ、いかんせん性格的に真逆なので、どう接していいのかわかんないんじゃないかと」

「まあ琴葉の場合、誰に対してもどう接していいのかわかってなさそうだけど」

「惣太郎さん、今のは禁句ですよ? 言ったら間違いなく怒ります」

「で、仲直りのきっかけもなかったもんなあ」

「ですねえ。ふたりとも、中野さんのこと大好きですし、そこで打ち解け合えればいいんですけど」

「いや、だからこそ怖いんだよ。推し被りって言って、アイドルとか声優が同じ推しの人を阻害する人間もいるからな」

「それ、姉妹とか友達っていうより、もはやファンじゃないですか……」


 俺の膝、いや正確にはももの上で、香澄が呆れるように笑った。

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