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165 小旅行1

 その週末、俺は横浜駅にやって来ていた。


 最近、予備校の授業に来るためによく足を運んでいる場所だが、今日の目的はそれではない。無事に小旅行を敢行ことになったのだ。


 あとで調べて判明したのだが、高寺家の別荘の最寄り駅は横浜駅から特急列車で1本、時間にして1時間半という感じで、ここに集合することになったのだ。


「いやー若宮と旅行って楽しみだな」

「うん。まあ他にもたくさんいるけどな」

「若宮と海、若宮と花火、若宮とお風呂でお背中流し合いっこ、楽しみ楽しみ」

「おいちょっと待て一個変なの混じってるぞ」

「……若宮と花火、若宮とお風呂でお背中」

「変なのはそれじゃない。海が変だったらこの旅行の前提が崩れる」


 キャリーケースに片手をつきながら、俺の隣で格好良くポーズを決め、それでいてふざけ倒しているのはもちろん、石神井だ。


 ピンク色のアロハシャツに膝上丈のパンツ。インナーの白Tは深いVネックで、いつもはつけていないアクセサリーをじゃらじゃらさせている。今の時点でサンダルを履いており、全身で「私、これから海に行きますよ~」とアピールしていた。


 そのうえ、彼はなぜか一泊二日にも関わらず、キャリーケースをひとりで3個も持ってきていた。しょうもない話に相づちを打つ一方で、そのキャリーケースのなかに何が入っているのかと考えるだけで憂鬱である。


 そして、そんな俺たちふたりと向き合う形で立っているのは、高寺に、香澄、そして本天沼さんだ。


 高寺はロゴの上下にピンクと水色のラインが入ったLevi'sのTシャツに、ベージュ色のショート丈ワイドパンツ、そして足下はカーキ色のサンダルに透け感のあるソックスを合わせている。健康的でありながら、かわいさもある感じだ。


 一方、香澄はゆったりとしたラインの白いワンピースに、リボンがかわいい麦わら帽をかぶり、ぺったんこな黒のサンダルを合わせていた。手には小ぶりなかごバッグを持っており、兄貴とは別方向で夏レジャーを満喫しようという意思が姿格好にあらわれていると思った。


 そして、本天沼さんは花柄のブラウスに、コットン生地の白のジャンパースカートを合わせていた。いつもの彼女よりガーリーな感じだが、黒のスニーカーとリュックを合わせていてカジュアルな要素もミックスされている。


 結論。三者三様、とてもかわいく、似合っていた。


「まさか、夏休みにみんなで旅行に行くなんて……私、全然予想してなかったよ」


 本天沼さんが、すでにリゾートに訪れているようなゆったり感で口にする。


「私もです。てっきりこのまま、お兄ちゃんとだけ毎日顔を合わせてるのかと思って毎日絶望していたのですが」

「あー、それはちょっと、たしかにキツいかも……」

「本天沼さんは週5だから耐えられてるんでしょうね」

「否めないね、その可能性は」

「おいおい、ちょっとそこのふたり。後で職員室に来なさい」


 待ってましたとばかりに石神井が会話に入ったので、俺はあえて視線を逸らし、他の面々が来るのを待つ。まあ他の面々と言っても、待ち合わせで来るのはあとふたりだけなんだけど。


 石神井たちの話に相槌を打ちつつ、キョロキョロ周囲に目を配っていると、向こうから一際目を引く美人姉妹が歩いてくるのが見えた。


 中野はいつものように、モノトーンのコーディネート。黒のワンピースなのだがスカート部分で素材が切り替わっていたり、ノースリーブだったりでそこまで重さは感じない。というか、本人が醸し出す清涼感のせいか、むしろ涼しげに見えている。


 琴葉は袖と胸元にふりふりのフリルがついた白ブラウスに、腰にリボンがついたデザインのピンクのスカートを合わせてた。ロリータテイストで、全体的にこれから海に行く気が感じられないが、足下が革靴とかパンプスとかでなくスニーカーなのがいつもと少し血這うところ。


「おはよう」


 琴葉に挨拶すると、ツンとした表情で目を逸らしながら、


「……おはよう」


 小さな声が返ってくる。表情は相変わらず不機嫌でローテンションな感じだが、リュックを握る手がギュッと力を込められていたので、内心楽しみに思っていそうな感じだ。


「高寺さん、今日は誘ってくれてありがとうね。お言葉に甘えて、別荘にお邪魔させていただくわ」

「いやいや、いーのいーの! りんりんにはいつもお世話になってるからね!」

「ほら、琴葉も。お世話になるんだから」


 横を向いた琴葉に中野が姉の顔でうながす。


 一瞬、さらに不満げな表情になった琴葉だったが、高寺をじっと見ると、


「……お邪魔、します……」


 小さくつぶやいた。


「うんっ! よろしくねっ!!」


 それに対して高寺は明るい笑顔で言うと、俺に対して意味深にくしゃっと笑ってみせたのだった。



   ○○○



 発車時刻になり、俺たちは連れだって特急列車に乗り込んだ。


 車体に入った青いラインが特徴的なデザインの列車で、新幹線などと違い、窓が天井にまで届きそうなほどの大きさだった。外の景色を眺めてくださいと言わんばかりのサイズ感で、押しつけがましさすら感じさせる。少し前の俺なら「逆に意地でも景色見ない」的な態度を取っていた可能性もありそうだ。


 合計7人の俺たちは、2つのシートを向かい合わせた4人と、その後ろの3人で別れることになった。4人が石神井兄妹、琴葉、本天沼さん、3人が中野、高寺、俺という組み合わせだ。


 軽く今日の予定について話していると、高寺が思い出したように言う。


「あっ、そうだりんりん! じつはあたし、言い忘れてたことがあるんだけど」

「なにかしら」

「今日の旅行、じつはももたそも来るんだよね……」

「……経緯を詳しく」


 怒っている感じはないものの、突然の知らせに中野の警戒心が増したのを感じる。彼女が常々、ももたそに対してライバル心をむき出しにしていたことを知っている高寺は、少し焦ったように背筋を伸ばした。


「えとじつは今、ももたそと現場一緒で。それであたしがりんりんと仲良しって伝えたら、『私も一緒に遊びたい』ってももたそが言って。りんりんのファンなんだって」

「……ふむ」

「それでちょうど今回の旅行企画があったから、どうせなら一緒にしちゃえって思って」

「……ふむ」

「それで、ももたそも来ることになったんだけど……もしかして、りんりん、マズかったかな?」

「……ふむ」

「りんりん、さっきから『ふむ』しか言ってなくない!? 同意なのかただの相づちなのかわかんなくて怖いんですけど!?」


 耐えきれずに高寺が震えるが、中野は何事もなかったかのように、涼しげな表情に戻ってこう述べる。


「いいえ。べつに構わないわ」

「あ……そうなの?」

「だってこれは高寺さんが言い出しっぺな企画なワケだし、私が人選に口を出すのも違うでしょう? 泊まるのもあなたのご実家の別荘なわけだし」

「……ならいいんだけど」

「けど?」

「えーと、でも喜んでる感じはしないというか」


 すると、中野は軽く息を吐いて、高寺の顔をすっと見つめる。


「正直なところ喜んでいるワケではないわ。だって私、まだ彼女に会ったことないからね。性格が合うかもわからないし」

「たしかに」

「でも、ガッカリしているワケでもない。だって私、まだ彼女に会ったこともないし、性格が合わないとわかったワケでもないし」

「たしかに」

「……でも、ひとつだけ間違いなく言えることがあるわ。それは、どんな子なのか楽しみであるということ」


 そして、中野はふっと口元を緩めると。


「だから……ありがとうね、高寺さん」


 優美な笑みを浮かべながら、高寺の顔を真っ直ぐに見つめながら言った。


「りんりん……」


 中野の言葉が想定外だったのか、高寺の瞳がぶわっと涙がたまっていく。それを見て、中野も自身の過ちに気付いたらしいが、時すでに遅しだった。


「え、ちょっと高寺さん」

「りんりーんっ!!!」

「ちょっと高寺さん、公共の場でやめてもらえるかしら。涙がスプリンクラーのようになってるわよ」

「だって!! りんりんがうれじいこと言ってくれるから!!」

「泣き止まないと撤回するわよ?」

「あたし、みんなと旅行に来て良かったよホント」

「まだ到着してないのだけど。そして、この旅行の目的は他にあるでしょ?」

「え、そんなのあったっけ」


 迷惑そうにしている中野に抱きつく高寺。ただひとり、フンとそっぽを向いている琴葉を除けば他の面々もそんな様子をにこやかに見守っており、旅行ならではの浮き足だった空気感を感じる。


 しかし、である。


 そんななか、俺は中野の反応に対し、モヤッとした感情を覚えていた。声優業のために学校で孤立し、誰とも一言も会話しないことを厭わない彼女が、人間関係において前向きな態度を示したことに、どうしても違和感を覚えてしまったのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] >彼女が、人間関係において前向きな態度を示したことに、どうしても違和感を覚えてしまった 普通にいいことなのではないでしょうか。でもこの感じだと悪そうですね。
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