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142 中野家の三姉妹3

「私、この人に2晩預かってもらうことにする」


 琴葉は今日聞いたなかで、一番はっきりした声でそう宣言した。当然ながら俺にとっては寝耳に水。起きてたけど寝耳に水だ。


「え、ちょっと待て。俺が琴葉を2晩預かる? それどういう意味? まさか俺が琴葉を2晩預かるってこと?」

「ホントよ琴葉。あなた何言ってるの。若宮くんと泊まるって冗談よね?」


 当然ながら、中野がそう続く。


 だが、琴葉はいつの間にかプッシュ式の吸入器を咥え、喉に薬液を吹きかけていた。


 そして、俺たちが自分を見ているのを気にせず、あえて待たせるかのようにゆっくりとゴクンと飲み込み終えると、ひどく面倒くさそうな顔でつぶやいた。


「本気だよ。だってひよ姉もとも姉も家にいなくて、私はこの女と過ごしたくない。じゃあ別の人と過ごすしかないじゃん」

「でも、若宮くんは男だし……」

「ほんとだよ、琴葉。何言ってんだよ。俺、男だぞ?」

「男なのはわかってるけど? だって、この顔で女の子だったら残念すぎるもん」

「いや、男か女かの判断基準でそれはないだろ……あと俺は目が死んでるだけで顔立ちはなかなかイケ」

「それとも若宮は自分のこと、女子小学生にとって一緒に一夜を過ごすには危険な相手って自覚してるの?」


 琴葉は話を最後まで聞かず、疑うような目で俺をなじる。


 それにつられるかのように、中野の目が鋭さを増し、朋絵さんが困ったようにふたりの妹を交互に見る。え、なんで俺が加害者側に?


「いや、危険じゃないし、むしろ安全な夜明けを約束しますけど」

「じゃあべつにいいじゃん若宮」

「えー……」

「日中は外にいるから。たった2晩、たったの60時間だよ若宮」

「たっぷり2泊3日じゃねーか」

「どんな夜だったとしても、明けない夜はないんだよ若宮」

「なぜJPOPの歌詞っぽく言ったし」

「私、料理作ったげるから。結構上手なんだよ若宮」

「間に合ってる。料理は俺も得意だ」

「女児とおいしい生活。いい響きでしょ若宮」

「だからなぜ某コピーっぽく言うんだ! どこの糸井重里だよ!!」

「女児がおいしい生……」

「それ以上言うな! てか、いくら広告コピーに著作権が認められてないからってどっかから怒られると嫌だからそういうのやめろ! そしてさっきから呼び捨てしてんな!」


 トリプルでツッコミを入れるが、琴葉はもはや面倒くさそうな様子で返す。


「だって若宮だって私のこと琴葉って言ってるし」

「名前の呼び捨てと名字の呼び捨ては意味が違うだろ」

「え、若宮も名前で呼ばれたいの?」

「それは……」


 琴葉に真顔で問われ、俺は脳内で想像する。琴葉から「惣太郎」と呼ばれる光景を。


 結果、自然とニヤけてしまった。


「うわ、キモ」


 そして当然ながら、琴葉に白い目で見られる。周囲にいる他女子3人も呆れるか白い目で見るかだった。


「まあ、頼まれても名前呼びなんかしないけど……とにかく、私はこの女と過ごしたくない。この女も私と過ごしたくないって言ってるワケだし」


 琴葉がジト目になって見ると、見られたほうの高寺はイラッとしながらも、自分が蚊帳の外の人になってしまったのを自覚しているのか、言い返せない様子だった。


「私も過ごしたくないし。そう考えると、若宮と過ごすのはウィンウィンでしょ?」

「いや待て。俺はウィンじゃないぞ。ノットウィンだ。つまりウィンノットウィンかノットウィンウィンだ」

「あー、もうウィンウィンうるさい」

「そっちが言い始めたんだろ」


 俺はあの手この手で琴葉を説得しようと試みるが、彼女にはなんにも響いていないようだ。そして、喉を痛そうにさすりながら、立ち上がる。


「ともかく私は若宮と……から。もう決まりってこと……しく」

「おい、声出てただろ。マヌカハニーのおかげで回復しただろ」


 そして、琴葉はリビングから出て行こうと歩き始める。


「琴葉……」


 中野が後ろ姿に呼びかけると、琴葉は一瞬立ち止まる。


 しかし、チラッと後ろを振り返ると、


「……には私の言うこと……てよ」


 そう言い残し、部屋を出て行った。とんでもなく重い空気を、俺たちの間に残して。



   ○○○



 永遠かと思うようなの沈黙のあと、一番最初に口を開いたのは朋絵さんだった。


「いやー、ごめんねほんと。琴葉、普段はいい子なんだけど、ちょっと我が強いところあって」

「ちょっと、なんでしょうか?」

「んーと、ちょっと引くくらい? かな」


 俺の言葉に対し、苦しい笑みを浮かべる朋絵さん。と、その肩に中野がポンと手を置いた。労るような仕草だが、彼女の表情は朋絵さん以上に苦慮に満ちているように見えた。


「もともと気の強いところはあったんだけど。ここ最近それに歯ぎしりが聞こえなくなってる感じで」

「女姉妹も大変なんだな。あとツッコむのも野暮かもだけど、たぶん歯止めが利かなくなる、な?」


 もはや原型皆無だぞと俺が指摘すると、中野は「んんっ」と空咳をつき、表情を引き締める。疲れが吹き飛んだというより、無理矢理吹き飛ばしたかのような顔だ。


 そして、俺に向き合う。


「若宮くん、今から真面目な話をするのだけど……」

「断る」

「ちょっと、まだ話してないのだけど?」


 中野が眉をヒクッとさせ、俺に身を乗り出すようにして近づく。


 しかし、流れ的にどんな話なのかは完全に想像できた。


「いや、どう考えても琴葉を預かってくれって話だろ?」

「そう。わかってるなら話ははや……」

「いやー、さすがに無理だよ。いくら中野の妹とはいえ、今日初めて会った小学生の女の子とお泊まりとか。しかも、あの性格だぞ?」


 詳細は話していないが、俺は彼女に本屋で痴漢冤罪の被害者に仕立てられかけたのだ。それ以外にも気が強いとか、危険な発言が多いとか、正直いろんな点で危なっかしすぎる。 そんなふうに思っていると……


「わかったわ。それなら仕方ない」


 中野がなにか考えた表情をしたのち、そう口にする。


 意外とすんなり諦めてくれるんだな……とか思いながら俺が話を終えようとしていると、中野じゃキリッとした目で、指を一本立てた。


「1泊1万円でどう?」

「いや、また買収かい」


 拉致された事務所でのアレコレが頭に浮かび、俺はそうツッコむ。すぐ横で高寺が「また……?」とつぶやくのが聞こえたが、状況が状況なせいか尋ねてこないし、尋ねられても困るところ。


 そしてそんな高寺の様子には気付いてないっぽい中野が続ける。


「もし若宮くんの家に泊まらせてもらえるなら、食費は別で出すわ。もちろん夜は外で食べてきて、朝はそのときの気分で追加できるとかでもいいし」

「いや、俺ん家はドーミーインの素泊まりプランか」

「ドーミーイン、私もお世話になってるわ」

「あー、親父は大浴場がキレイでいいって言ってたな」

「あと夜鳴きそばが美味しいのよね。博多のドーミーインは作ってくれるのよ。カップ麺の場所もあるんだけど、ってなんの話? 大事な話のときにふざけないでね?」

「逸らしたのそっちだろ」


 なんだか漫才のようになってしまったが、妹を1泊1万円で預けるというのは、明らかにおかしい。


 こういう頼み事にすぐに金を結びつけるとことか、男の俺に頼んでるほど頼れる人が他にいないこととか、妹を出すのに自分が1万円払ってるとことか……いやまあ、俺が1泊1万円を出したら、それはもう児童買なんちゃら的な雰囲気が出て、対外的に見て言い逃れできない感じになっちゃうんで、二者択一なら受け取る側に甘んじますけども。


 と、そこで俺はあることに気付く。


「てか、なんか俺の家に琴葉が泊まる話になってきてない?」

「だって若宮くんの家、お母さんいらっしゃるでしょ? 他に誰かいたほうが、若宮くんも琴葉にも都合がいいでしょう?」

「まあ、それはそうだけど。でも、そしたら絵里子の許可をとる必要が出てくるわけで」


 あの人見知りな絵里子だ。会ったこともない小学生を受け入れるはずがない。


 とくに、俺が小学生の頃、友達を家に連れて来たときに自室から出てこれなくなったことが、今でもトラウマになってるはずなのだ。


 すると、俺の意図が通じたのか、中野が静かにつぶやく。


「お母さん、人見知りだったよね……」


 その言葉を聞き、隣にいる高寺の背筋が一瞬ピンと伸びた。


 そして、うかがうように俺の顔をチラッと見る。なにを思っているのか一瞬不安になるが、すぐに目を逸らしたので俺は聞かずに、中野に視線を戻す。彼女は目を逸らしたくなるほど、真剣な顔をしていた。


「若宮くん、もしあなたのお母さんがOKと言ってくださったら、琴葉を2晩預かってくれないかしら?」


 訴えかけるような瞳に、俺はなにも言い返せなかった。


 そしてそんな中野の様子を朋絵さんはすがるような目で、高寺はどこか釈然としない表情で見つめていた。

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