118 円の看病1
「お邪魔します」
邪魔するなら帰って~と某新喜劇的なことをかすれた声で言う高寺を無視しつつ、中に進んでいくと、いつもは綺麗なリビングが少し散らかっていた。
食べたあとのコンビニ弁当の容器が何個か無造作に置かれてたり、脱いだ上着やパジャマ、Tシャツがソファのうえに散らばっている。
しかし、放っておけばゴミ屋敷のようになる絵里子の部屋に比べると、断然こちらのほうが綺麗だった。
床に置かれたゴミを拾って片付け始めたのち、少しして、うがい手洗いを済ませた高寺が洗面所から戻ってきた。
ソファーにポテンと座り、ボーッとした目で俺の様子を見る。中途半端に背筋が伸びていることから、まだ気を遣っているのが伝わってきた。
「やー、ごめんね。部屋汚くて」
「いや、むしろ、綺麗なほうだろ」
「そうかな?」
高寺はそんなふうに言う。
この子、初対面とか無茶苦茶なくせに、仲良くなると意外と空気読んだりできるんだよな。乱暴に思えても、結局相手のことを考えているというか、だからこそ高寺のペースに巻き込まれても、文句は言うけど不快にはならないというか。結局、中野が高寺のことを受け入れてしまうのも、そこに理由があるんだろうな……キ○ガイと思ってた女の子がキヅカイを見せてくるんだから面白い。なんとなく韻を踏んだ感じになったな、自主規制のおかげで。
「いやー、ほんとごめんね。病人の世話なんかさせちって。あたし、家事はちゃんとやってるのが密かな自慢だったんだけど」
「気にするな。いつも家でやってることだし」
「えっ、いつも病人の世話してんの?」
「いや、そういうことじゃなく……まあでもそれに近い感じか」
「む?」
若干迷いつつも、説明しないと変な雰囲気になりそうだ。
なので、中野に続き、軽く絵里子について打ち明けることにする。
「いや、俺の家、母親が体弱くてさ。色々面倒みてるんだ。家事とか代わりにやって」
「そーなんだ。若ちゃんが妙に家庭的なの納得」
「その反応べつに嬉しくないからな……ほら、自分の部屋で寝ておけよ」
「あ、うん、でも……」
遠慮しているのかすぐには言うことを聞かない高寺を寝室へと押していく。
寝室に達すると、さすがに諦めがついたのか、高寺はベッドに座り込んだ。
「大人しく寝てないと治るもんも治らないぞ」
「わかった。お言葉に甘えることにする……って言いたいとこだけど、もう十分寝たから眠くないから読書してるね」
そう言うと、高寺は俺が見ている前で布団を脚で押し、背もたれになるように形を作る……のだが。
「あ……」
そのとき、中からなにやら桃色の物体が俺の足元に落ちてきた。それは、どこからどう見てもブラジャーだった。
「こっ、これは……」
「あ、み、見ないでっ!!!」
高寺が顔を赤らめながらがばっとブラジャーを掴み、布団の中に隠し込む。
「若ちゃん、今、あ、あ、あたしのおブラ見たよね!?」
布団を包み込むように乗っかりながら、高寺が俺を見上げる。本来、自分を包むはずの布団を包んでおり、立場が逆転しているが彼女は至って真面目な様子。俺も友達の女の子の下着を生で目にするのは初めてだったので、目を見ることができない。顔もすっかり熱くなっている。
「あー、うん……ちょっとだけ」
「そ、そ、そ、そ……そんなっ! そんなっ!!」
「タメたわりには普通のコメントだな……てか普通に動揺するんだな? さっきパンツの話は普通にしてただろ」
「いや、おパンツの話は仮定の話だから平気って話なだけで、実際に起こると恥ずかしいとゆーか……」
「なんだそれ」
「でも正直そこまで見えてないよね? あたしのおブラ」
「ん?」
その問いかけに押し黙る俺。高寺の言う「そこまで」の意味がわからなかったからだ。
「そこまで、ってのは?」
「せいぜい色とか柄だよね? カップ数まで見てないよね?」
「いやあの短時間でわかるワケないし、てか色とか柄を見られた時点でアウトだろ」
「え、でもブラの色とか柄って下着メーカーがデザインしたものでしょ? あたしがデザインしたわけじゃないもん」
「でも選んだのは高寺だろ」
「でも、あたしのおっぱい情報はあたしに根ざした情報なワケで、下着の色とか柄より、ずっとずっとパーソナルな情報じゃない? まあ、もちろん色とか柄見られちったことも恥ずいんだけどさ……」
「いや全然わかんねえその理論……」
俺は頭を抱えざるを得なかった。そりゃ具体的なサイズ感のほうが自分に根ざしたパーソナルな情報であることはたしかだが、このシチュエーションでそこを気にする人はいないはず……。
なんだろうこの、俺は一体なにを話してるんだ感。普通、ラッキースケベ的にかわいい女の子のおブラ見られたら手放しでガッツポーズするはずなのに、俺はなんでこめかみに手を当てて悩んでいるだ……てか他が気になりすぎてツッコミ入れなかったけど、おブラってなんだよ。おパンツならまだわかるけどさ!!
話が一向にまとまらないので、俺は無理矢理元に戻すことにする。
「……とりあえず、一旦寝よう。な?」
「……ん」
俺が提案すると、高寺は静かにコクっとうなずいた。
○○○
寝室を出ると、俺は諸々の家事を済ませ、料理に取りかかることにした。
雑念を取り払うには料理をするのが一番だ。冷蔵庫のなかを見て、使えそうな食材がないかを確認。
「冷凍ご飯に卵、ねぎ、か。まあ、安パイでおかゆかな」
ということで、俺はおかゆを作り始める。
土鍋にお米、水を入れると、一度沸騰させてから、調味料を加えて弱火でコトコト煮込む。あとは溶き卵を流し込み、あらかじめ切っておいた青ねぎ、ちくわ、干し貝柱あたりを入れればおかゆは完成だ。簡単だが、ちくわ、干し貝柱で魚介の味が出るので、なかなかコクのある味わいになる。おかゆなので多少トロトロになっても問題ない。
そんなふうに、あと少しで完成しそうになっていると、後ろに人の気配を感じる。振り向くと、高寺が覗き見るように立っていた。
「若ちゃんてほんと女子力、というか主婦力高いよね」
「おい座るか寝るかしておけって」
「だって、落ち着かないんだもん」
「寝てないと具合悪くなるぞ? 冷えピタとか置いてあるのか?」
「お母さん力も高かった」
そして、俺は腰に手をあてて、どこかお母さんのような姿勢で尋ねる。
「あのさ高寺。ずっと前から気になってたんだけど」
「え、なにその怖い前フリ」
「……ちょっと前から気になってたんだけど」
「や、そういうこと求めてるワケじゃなく」
「なんで初対面であんな感じだったのに、仲良くなったあとのほうが気を遣うんだよ」
「い、いや、それは……」
図星、という感じの反応だった。
が、それは決して回答から逃げているというワケでもなく、少し考える素振りを見せたのち、こう述べる。
「んー、なんでだろうね? 熱あるからかな?」
「まあべつにいいけどさ」
高寺がうろたえるように視線を外すので、俺は彼女の口に切ったちくわを押し込む。
「うっ……」
「運んでやるから、寝とけよ。ベッドにいていいぞ」
「……わかった」
もぐもぐしながら、高寺はコクンとうなずき、奥へと消えて行った。