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113 円の似てないパパ3

 その後、俺は高寺と別れ、家に帰った。当然ながら勉強会は中止。あんな雰囲気で勉強なんかできるワケもなかったし、まあ妥当な決断と言える。


 終始申し訳なさそうにして、俺を見送った高寺だが、その気持ちは変わらなかったよう。夜、ひとり机に向かって勉強していると、に電話がかかってきた。


 普段、電話がかかってくることすら少ないのに、一体誰だろう……と思いきや、表示されていたのは「○」という人物名だった。


「誰だこれ。全然知らないんだけど業者か? こえーな……」


 そうつぶやき、通話拒否するのだが、すぐに「○」からまたかかってきた。


 そして、俺は思い出す。


「あ、このアカウント高寺か」

「っておーい、今切ったでしょ!!」


 元気な声が聞こえてきた。


「ごめんごめん、『○』って意味不明な登録名だったから、てっきり業者とかかと……」

「たしかによく『誰かわからん』って言われるけど! まどかだからえんで『○』なんだよ!!」

「いや、それは言われなくてもわかるけど」


 ということで、初めての電話にも関わらず、色気皆無で始まった。


 でも、これもなんだか高寺らしい気もする……と思っていると、


「今日はごめんね。情けないとこ見せちゃって」


 先程より、明らかに元気のない声が聞こえてきた。


 もちろん、彼女がなんのことを話しているのかはわかる。


「俺のことは気にするな。それに、べつに情けなくなんかねーよ。家にはそれぞれ事情ってもんがあるだろ?」

「そうかな?」

「ああ。まあこっちに来てるのがお母さんの支援で、幸四郎さんがなんも関与してなかったってのは驚きだけど」

「そうだよね」


 そこで一旦、高寺の話は止まる。だが、黙って待っていると、


「……あたし、正直な話、大学は行くつもりだったんだ。てか、行かないって選択肢はなかった気がする。行くもんなんだって思ってた」


 真面目なトーンで、語り始めた。


 なので俺も真面目なトーンでこう返す。


「高寺、それで成績いいもんな」

「そうそう、これで成績いいんだよねあたし」

「受け入れるんだな……」

「そりゃまーねー」


 高寺がくすっと笑う。空気が少しだけ軽くなり、彼女の声のトーンも少しあがる。


「でも、パパのケンカを買ってるうちに、あんなふうに大学行かないって言っちゃって、で、それで思ったんだ。『あれ、あたしってなんで大学行くつもりだったんだろう』って。周りがみんな大学進学だからって、あたしもそれでいいのかなって」


 なるほど、幸四郎氏としては高寺に声優の仕事を諦めてもらうべく、大学4年間もずっと反対し続けると宣言した結果、高寺が売り言葉に買い言葉で「大学には行かない」と宣言。それは高寺的には完全に勢いだったが、そうやって口にしたことで「そもそも自分はなぜ大学に行くんだ? 行こうとしているんだ?」と考えるに至った……ということらしい。


「今思うと、りんりんの存在もあったのかなって」

「中野か」

「うん。りんりんが大学に行くつもりないって聞いて、あれだけ活躍してる人がお仕事一本で頑張るって言うのに、あたしが大学に行ってる暇あるのかなって。もちろん、大学が遊ぶ場所じゃないのはわかってるけど、でも声優って学歴関係ないお仕事だし」

「それはまあそうだろうけど」


 高寺の言うことはもっともだと思った。声優という仕事において、実力さえあれば学歴が関係ないのは間違いない。俳優も歌手も小説家も、基本的に作品を作る人たちは、結果がすべての証明だからだ。それは事実だろう。


 だが、一方で割り切れない感情が俺のなかに生まれているのも事実だった。学力的に大学に行かないのはもったいないという気持ちと、「大学に行くことが本当に声優活動の足を引っ張るのか?」という気持ちがあったからだ。もちろん、この先数年間、声優活動に費やせる時間が減るのは間違いないけど……でも、大学って留年とかしなければ4年だけだし……。


 なので、自然とこんな言葉が出ていた。


「誰か……いないのか?」

「へ?」

「大学行きながら声優してる人」

「あ、うんいるけど。うちの事務所にも結構いる」

「聞いてみたらいいんじゃないか? 大学がどんな場所なのか。行ったことがない人間が話してもわかんないワケだしさ」

「……そうだ。声優講座の助っ人お願いしようと思ってる人いるんだけど、その人大学生なんだよ。陽向さんって言うんだけど」

「へえ。女性?」

「いや、男性。名前負けしてないかわいい系の男性ってのはさておき、今度聞いてみよっかな」

「いいんじゃないか」

「わかった。その人、住んでる場所も近いから今度みんなにも紹介するよ」

「了解」


 そんなふうに会話を終え、電話を切ると、途端に部屋が静かになった。


「大学か……」


 ひとりつぶやく。


 声優として活躍している中野や、声優として活躍しそうな高寺とは違い、俺は平凡な高校生だ。大学に行かなければすぐにできることなんかないし、大学に行けば自動的に4年間、コンテンツ摂取に時間を取ることができるという意味でも、積極的にモラトリアム期間を受け入れる所存である。


 だけれど、人生について考えているという意味では、中野・高寺となんら変わらないとも思う。


 大学に行ったとしても、3年もすれば就職活動が始まる。現状、少しでも多くの作品に触れて、就職活動で出版社とかレコード会社とか映像制作会社とか、そういうエンタメ系企業に行けたらいいなと思っている俺ではあるが、実際行くことができるかはわからない。楽しそうな業界だから志望する学生も多いだろうし、俺なんかより全然コンテンツに詳しい学生だっているだろう。特別な才能を持っている学生もいるだろうし、変わった経歴を持った学生もいそうだ。


 それに、そもそも好きなことを仕事にしていいのか、というのも気になるところ。多くの大学生が悩んでいるだろうが、高校生のうちでも悩むのだ。学部選択は、職業選択にも影響してくるからな……。


 もっともこんな悩み、若者の悩みとしては陳腐すぎて、中野に尋ねたところで「好きなことを仕事にすべきか、止めておくべきかはわからない。人によって意見が分かれるでしょうし……でもね、若宮くん。好きなことを仕事にしたことがない人間が『好きなことは仕事にすべきじゃない』というのがおかしいってのは私にもわかるわ」と返されるのが関の山な気もするけど。


 でも、それでも悩むのである。自信を持って、胸を張って好きだと言えるものがない分、身の振り方は考えるのである。


(俺の人生、どんなふうになってくんだろうな……)


 そんなことを、胸のなかでつぶやいているうちに、いつの間にか予定していた勉強の終了時刻は過ぎていた。俺は宿題やらをなんとか終わらせ、慌ただしく積ん読ならぬ積ん観していた映画を再生したのだった。


 脳内のいろんな感情に、蓋をするかのように。

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