112 円の似てないパパ2
そんな我ながら、いや我々ながらベタなやり取りをしたのち。
高寺の仲裁でひとまず座って話し合いをしようということになった。
俺と高寺が横に並び、テーブルを挟んで向かい側に幸四郎氏、という位置関係で座っている。幸四郎氏は腕を組みながら、部屋のあちこちに視線を移していた。腕を組むだけで、胸筋がこれでもかと盛り上がって攻撃的だ。
萎縮はべつにしてないのだが、今までの人生で出会ったことのないタイプなのは間違いなく、正直どう接していいのかわからない。
すると、表情で察したのか高寺が俺のほうを向き、小声で耳打ちしてきた。
「若ちゃん、ごめんね。うちのパパ、ちょっと変な人でさ」
「ちょっと……?」
「めっちゃ変な人でさ。冗談通じなくて言葉をそのまま受け取るでしょ。それにすぐ揚げ足取るし……議員なってからずっと野党だから癖になってて」
「どんな職業病だ」
一応ツッコミを入れるが、正直、高寺の話を聞いていろいろ納得だった。実際、会ってから冗談を本気で受け取られたり、言葉尻を掴まえられたり、おまけにパワハラ・セクハラ的な振る舞いもたくさんしてきている。これがもしラノベとかアニメなら笑って観てられるかもしれないが、現実で起きると非常に厄介だ。セクハラとパワハラのひとりセパ交流戦、みたいな感じ。
セクハラとパワハラのひとりセパ交流戦ってなんだよ。
「で、今日はなんの用?」
「今日も同じ話だ。円、悪いことは言わないから、声優になるのは止めなさい」
「……またその話か。パパもしつこいね。そんなだから秘書さん長続きしないんだよ?」
「最近の若い奴が根性ないだけだ」
「若ちゃん、パパは性格がねちっこいから秘書さんがすぐ辞めちゃうんだ」
「へ、へー……」
高寺の表情は一気に険しくなっていた。基本的に明るく元気がいい彼女なだけに、皮肉めいたことを口にするのは珍しい。と同時に、目の前にいる幸四郎氏と張り合えるくらい眉間に力が入っている。これまでに見たことがない表情だ。
しかし、幸四郎氏は一切気にしていないように話を戻す。
「最近聞いた話なんだが、声優で食ってけるのは300人しかいないんだろう?」
「あたしの話スルーじゃん……」
「栄実から、そのなんだ? ゲームとかの仕事が入ってきているのは聞いたが、そんなのは一時的だろう。だから私のように公務員になるか、最悪でも会社員になりなさい。地銀なんかどうだ?」
「若ちゃんごめんね。うちのパパ、会えばいつもこうなんだ。声優は不安定な仕事だから止めなさい、どうしてもやりたいなら趣味でやればいいんじゃないか、というか女の子なんだし地元に戻ってきなさい、とか。高2の女の子に普通そんなこと言う? あ、普通じゃないから言うのか」
「若ちゃんは今関係ないだろう? 円、話を逸らすな」
「べつに逸らしてないし……そりゃ、先輩の声優さんたち見てると、自分はまだまだ覚悟ができてないなって思うこともあるけど、でも自分なりに一生懸命やってるし……」
横にいる俺に愚痴を述べる娘に、幸四郎氏はぴしゃりと言った。これまでに比べて、少し高圧的な声色があり、その結果、高寺が少しばかり弱気な表情を見せる。
幸四郎氏の発言は正直、子供の夢に反対する親のテンプレ回答であり、面白くもなんともなかった。が、
(なるほど、肉親から言われるとこういう感じなのか……)
と感じるのも事実だった。普通の言葉であっても、肉親という時点でなかなか無視できないし、何度も繰り返し言われることで圧がかかってくる。テレフォン人生相談なら取り上げられもしない、それくらいにどこにでもある話なのだろうが、バカにする気には到底なれなかった。
そして、である。
幸四郎氏の取ってきた戦術は、ある意味、予想を超えるモノだった。
「まあ、そうは言っても円のことだ。頑固だからすぐに折れるワケない」
「そーだねー。まったく誰に似たことか」
「だから、方針転換することにした。説得はもう少し大人になってからにしようってな」
「ん? それってどーゆーこと?」
「簡単だ。大学を卒業するまでに説得できればいいって思っているということだ」
「え……」
「つまり、すぐに説得するのは諦めた。だがその代わり、最大5年かけてじっくり反対しようと決めた。その頃には、円も大人になっているだろうしな」
「さ、最大5年……なんてしつこいの……」
高寺が横で唖然とする。
たしかに、5年も選ぼうとしている仕事に反対されるというのは、考えるだけで気が滅入る話だ。実際問題、その道に進もうとすることでリスクがあったにせよ。
しかし、である。
幸四郎氏だけでなく、高寺の発言も、予想と正反対のモノだった。
「……あたし、大学行かないけど」
「……え?」
「あたし大学行かない。高校卒業したら仕事一本でいく」
「円、冗談を言うんじゃない」
「冗談じゃないし本気だし」
「パパは冗談は嫌いなんだ。自覚はないが『冗談が通じない』とよく言われるし」
「自覚ないのが一番冗談でしょ」
「それに、急にそんなこと言い出すから若ちゃんも困惑しているじゃないか」
「てか若ちゃんのこと若ちゃんって呼ばないで! って今は若ちゃんの話じゃなくて!」
なかば叫ぶように言うと、高寺は話を強引に戻す。
「べ、べつに今決めたワケじゃないから……前々から大学どうするかは考えてたし、思ったよりもお仕事増えてきてるし、それにあたしの性格的に、退路を断ったほうがいい結果繋がるかなって」
「退路を断つだと? そんなの、大学と仕事を両立させられるかわからなくて、逃げているだけだろう」
「に、逃げとかそんなつもりじゃ……」
高寺は反論しようと試みるが、言葉が続いてこない感じだった。額に汗が滲んでおり、理由は定かではないが動揺していることがわかる。
「まあ今日は帰ることにするよ。円のことだ、どうせ勢いで言ったんだろう。ちゃんと頭を冷やしなさい。大学に行ったほうがいいんじゃなく、大学に行かないのは円にとって損なのは君が一番気付いているはずだからな」
そう言うと、幸四郎氏は入ってきたときと同じ険しい面持ちのまま、リビングを出て行った。程なくして、玄関のドアが閉まる音も聞こえてくる。
それを合図にするかのように、高寺がその場にぺたんと座った。沈み込むような感じだった。
「若ちゃん、ごめんね……情けないとこ見せちゃって」
高寺は笑っていた。が、その笑顔は泣き顔にも似ていた。泣き顔と言ってしまったほうが気持ち的にも楽になるんじゃないかと思えるほど、切ない笑い方だった。
正直な話。
俺は高寺のことを恵まれた立場の人だと思っていた。実業家のお母さんのおかげで、高校生なのに一人暮らしをしているのだから、金銭的な事情で夢を追うことができない人も多くいるなかでは、出発点からかなり有利だと思っていたのだ。
でも、たとえ片方であっても肉親である親に理解されないということは、非常に辛いことなのだ。そんなふうに感じさざるを得ない出来事だった。