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102 石神井香澄2

「小学生が喜ぶ声優講座の内容、ですか……」


 中野と高寺から一連の説明を受け、香澄が「んー」と考えに浸る。


 口元に手をあてる仕草は大人っぽく、小学生にして色気すら感じさせる。ドリンクバーで取ってきたのはアイスティーで、オレンジジュースとかそういう系ではないのも、本人は無自覚かもしれないが、背伸びの一貫なのだろうか。


「なにか意見があれば、教えて貰えるとありがたいのだけど……」


 中野が述べると、香澄は視線をふいっと上げる。


「あくまで私の個人的な意見ですが、おそらく筋トレやストレッチ、落語などには多くの小学生は興味を示さないと思います」

「だよねー。いやー、あたしたちもそれは思ってて」

「その点、アフレコ体験は確実に楽しまれると思います。スタジオでマイクに向かって自分の声を吹き込むんですもん。楽しくないワケがないです……ただ、小学生は集中力が切れるのもはやいので、2時間それだけをやるのも違うのでは……とも思います」

「となると、前半にレッスン、後半にアフレコ体験、ってのが良さそうだな」

「いいと思います。それだと、じっとしているのが苦手な男子でも我慢できそうですね」


 高寺にうなずきつつ、俺の意見を肯定しつつ、香澄は自分の意見を述べていく。


 全体的に添えるような言い方であり、年下の自分がしゃしゃり出ないように……という気遣いを感じさせた。


 そして、彼女はさらにこう続ける。


「とはいえ、座学も見せ方次第では十分楽しませられると思います。具体的なアイデアがあるわけではないですけど、人気声優さんの技量を間近で見られるとか……」

「たしかに最初に私が台本を読んでみれば、気持ちを惹きつけることもできるかしら」

「今ふと思ったんですけど、中野さんが過去に演じたキャラのセリフをワンフレーズずつ言う、とかどうでしょう? 中野さんはこれまで色んな人気キャラを演じられてきていますし、きっとファンの子も多いと思います」


 しかし、中野の表情は渋かった。


「……いや、それは難しいわ。というのも、私はあくまでキャラの声を担当しているだけで、その著作権が私にあるワケではないから」

「あ、そっか。勝手にやっちゃいけないんですね」

「アニメって結局、色んな人が関わってできているものであって、私たち声優は最後に声を吹き込んでいるに過ぎないからね。高寺さんはわかると思うけど、声優イベントで声優さんがキャラの声を出すとき、『ツイッターには絶対に書かないで』って言ったりするのだけど」

「あー、あるね」

「あれってそういう理由なのよね。べつに訴えられたりはしないだろうけど、心象は良くないから」


 中野の解説に俺たちはそれぞれうなずく。


 アニメの権利関係は、高校生が想像する何倍も複雑で難しいようだ。


「まあでも、そこは考えましょう」


 切り替えるように中野が言うと、さらに香澄が口を開く。


「あとは、小学生って低学年中学年高学年で結構違うと思います。授業は、6学年まとめてなんですか?」

「……そこ、今悩んでいるポイントなのよね。ふたつに分けても、それぞれおそらく15人程度は集まると思うのだけど」

「じゃあ、絶対分けたほうがいいと思います。低学年の子は集中力がさらにないですし、アニメとか、声優という仕事に興味を持ってる人も少ないと思うので」

「そうね。たしかにプロになった人でも、声優という仕事に興味を持ち始めるのも、小学校高学年から中高生にかけてが多いものね。だとしたらその場合、そもそも授業内容を変える必要もありそうね」


 香澄のアドバイスは、想像以上に現実的で、かつ納得のいくものだった。


 中野もすっかり信頼を寄せたようで、香澄の発言をタブレットーー当然学校で配布されたものだーーにポチポチしながら、催促するような視線を送る。


「あと、これはあくまで提案ですが、アシスタントをつけてみるのもいいかと思います」

「やはり、私ひとりで全員の対応をするのは難しいかしら?」

「それもなんですが、大人数だとどうしても内気な子が損をしてしまうと思うんです。たとえば最近は小学校でグループディスカッションの授業があるんですが」

「小学校でもあるのね」

「あ、はい」

「私、あれホントに大嫌いで……だって、『働く意味を話し合おう』とか言うのよ? バイトすらしたことがない二流進学校の生徒たちと、小学校のときから働きづめの私が一体なにを話し合うのって感じだし、働く理由なんて『飢えないため』しかなくない?」

「おい、二流進学校ってなんだよ。学年1位として地味に傷つく言い方だな」

「若宮、反応するのそこなのか」

「ま、実際、二流進学校なんだけどねー……」

「ほんと、GDを最初に考えた人、末代まで呪いたいくらい」

「りんりんこわいよー」

「そして相変わらず口が悪い」

「……それで話を戻しますと、自分の意見を言うのが苦手な子って、やっぱり黙ってるんですよね」


 中野の暴言やその他の面々の茶々を挟みつつ、香澄がやや強引に話を戻す。変人な兄の対処には慣れている様子の彼女だが、中野みたいなタイプには今まで出会ったことがなかったのか、少し動揺しているようだ。


 だが、中野はそれを気にしていない様子。基本、マイペースな人間なのである。


「学校の授業なので文句を言う親もいませんが、小学生向けの声優講座はお金を払って来ている手前、控え目な子が損をするようだと満足度が低下してしまうんじゃないかなと」

「そうね。本当の意味でのお客さんは、保護者のママさんたちだもんね」

「ですです」

「となると、他にあと2人くらい、助っ人が必要かもしれないわね……」


 中野の口から助っ人という言葉がこぼれたのと、高寺が勢い良く手を上げたのはほぼ同時だった。


「はいはいはーいっ!! あたし、助っ人やりまーすっ!!!」

「高寺さん、助っ人というのは手助けをする人のことで、足手まといになる人は含めないのよ?」

「びえーっ!!! りんりん、あたしだと不満っていうのーっ!!!」


 速攻で断ろうとした中野に、高寺が秒速で涙を流しながら抱きつく。


「ちょっと、こんなところで抱きつくのはやめて……」

「りんりん、どこで抱きついても『こんなところで』って言うもん。じゃあどこで抱きつけばいいの?」

「訂正するわ。抱きつかないで」

「うぐぅ……シンプルになったことで余計容赦がなくなった……それじゃもうどんなとこでも抱きつけないじゃん」

「あのね、今そういう話をしたいわけじゃなくて……」


 そこまで述べると、中野は諦めたように深くため息をつく。


「仕方ないわね。高寺さん、申し訳ないのだけど、体験講座、助手として手伝ってもらえるかしら?」


 その申し出に、


「いえっさーっっっ!!!」


 と、大きな声で叫ぶと、高寺はこれ以上ない笑顔でうなずいたのだった。

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