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101 石神井香澄1

 ファミレスの店内に入ると、俺たちはクルッと周囲を見回した。


「えーっと、あいつらは……あ、いた」


 入り口から少し離れた席に、3人の姿が見えた。高寺がこちらに背を向けており、その向かい側に石神井と本天沼さんが座っているのだが……なぜだか、とても賑やかだ。


「えー、私、そんな喋り方じゃないよ……」

「でも、これくらいのスピードだし、ふんわり感とか、こんな感じじゃない……?」

「ちょっとまどちゃん、マネしないでってば!」

「ちょっと舞ちゃん、マネしちゃうってば!」

「高寺さん、とてもよく似ていると俺は思うよ」

「やー、石神井くんあざっす! あ、りんりんのモノマネもできるんだよ! ……コホン。『あら高寺さん、歌とダンスの練習すべきなのにモノマネなんかに精を出して、余裕なのね?』」

「高寺さん、それもしかして私のモノマネかしら?」

「へっ……りんりん! いつの間にっ!!」


 無音のまま背後から近づいて来た中野に、高寺は気付かなかったようだ。


「私のいないところでモノマネしてるって聞いてたけど、なるほどそんな感じなのね」

「えー、これはそのですね、あの……」

「似ていなかったら叱ろうと思ったけど、なるほど似てても腹が立つのね」

「へ、それってもしかしてあたしのこと褒めて」

「褒めてません」

「すいません」


 高寺が体を小さくしながら、中野の折檻を受けていた。


 一体なぜ、中野が来ることがわかっている場でモノマネを披露していたのか謎だが、高寺なのでとくになんにも考えていなかった可能性が高そうで、聞かないことにする。


 そんなふうに中野が高寺を叱っているのを横目に、俺は席に着いた。メニュー表を取ろうとしてテーブルのうえを見ると、携帯用の小さなホワイトボードが開いて置かれていた。石神井の前にあったので、どうやら彼が持ってきたらしい。


準備万端というか、やる気満々である。


 本天沼さんと言い、なんでこの人たちはこんなに面倒なことが好きなんだろう……。


「中野さんは、どんな講座を考えてるのかな?」


 石神井が尋ねる。一瞬、中野は迷う素振りを見せるが、高寺へネチネチ指導するのも飽きてきたのか、口を開いた。


「そうね。本音を言えばお金まわりの話とか、注意すべき業界人の話とかをしたいところなのだけど……でも、今回の授業は専門学校の小学生向けコースに、生徒を集めるためのもの。だから、声優に興味持ってもらえそうな授業にすべきじゃないかと」

「うん、あたしもそう思うなあ……あ、話してもいい、ですか?」

「どうぞ」


 中野が一瞬、ピシッとした目で見たので高寺は一瞬逡巡。が、一応許可を得たので、話し始める。


「あたしも養成所に入ったとき、思ったよりもスタジオに入れなくてちょっとがっかりしたんだよね。殺陣とか落語とか面白かったから、途中からどーでも良くなったんだけど」

「声優としてはどうでも良くなってはいけないと思うけど」

「ふふふ……」

「でも、小学生だもんね。精神年齢が高寺さんよりさらに低いことを考えれば、エンタメ性は必須ね」

「ん、それはそうだと思うけど、なんか引っかかるな~」


 てへへと笑う高寺に、中野が苦言を呈する。しかし、小学生向けの内容にすべきという点に関しては、同意している様子だ。


「ふふふふ……」


 高寺が不満げな表情を浮かべるが、当然それはスルーして、俺は話を進める。あとなんかさっきから変な声が聞こえてる気がする。


「まあ、まずは子供が楽しいと思うことをリサーチすることからだな」

「ふふふふふふ……」

「どうした石神井。は行にあと4文字あること忘れたか?」


 さっきから聞こえていた「ふふふ……」は石神井によるものだった。


 いかにも触れてほしそうに笑っているのと、触れてやらないと永遠にやるのが目に見えていたのとで触れてやると、顔を上げた石神井が、不敵な笑みを浮かべている。


「じつは今日、そういう展開になるかと思って、とっておきの助っ人に声をかけておいたのだよ」

「助っ人って?」


 キョトンとした顔で尋ねる高寺。


「もうすぐ来るはずだ……あ、来た来た」


 石神井が立ちあがり、入り口に向かって手を振る。

 すると、ランドセルを背負った栗色の髪の女の子がこちらに向かって歩いてきて、目の前で止まった。


「紹介しよう。俺の妹だ」



   ○○○



「しゃ、石神井の妹だと……?」 


 説明によると、目の前にいる美少女は、石神井の妹らしい。


 その顔を見ると、目はぱっちりで睫毛は長く、鼻筋は通り、顔立ちはかなり整っている。髪をふたつ結びにしていることもあって、今はあどけない雰囲気も残っているが、顔立ちそのものはキレイで、今は「かわいい」が勝っているものの、あと数年もすれば「キレイ」が逆転して、一気に大人っぽい美人になりそうだ。


 目元や明るい髪色などはたしかに石神井に似ていて、なるほど兄妹なのも納得。


「妹よ、兄さんの友人たちにご挨拶を」


 俺が驚きの声を漏らすと、石神井が女の子に向かってドヤ顔で命じる。するとその子は俺たちのことをすっと見回したのち、


「石神井香澄です。皆さん、はじめまして。兄がいつもお世話になってます」


 ぺこりと頭を下げ、たっぷり5秒ほど保ったのち、顔をあげた。礼儀正しさと、一種のマイペースさを感じさせる。行動そのものは常識的だが、なんだかそれだけではない……という感じ。


「い、妹さん……」

「はい、戸籍上は妹です」

「戸籍上?」

「先に生まれたのは間違いなく兄なんですけど、まあ精神的には……って感じでして」

「ああ」


 なにか聞いてはいけない事情なのかと思たが、違ったらしい。彼女の呆れるような瞳で、俺は家での石神井の姿を想像し、悪い意味で目頭が熱くなりそうだった。


「そうだ、忘れないうちに」


 そんな俺の気持ちはさておき、彼女は携えていたカバンの中から紙包みを取り出し、テーブルの上に置いた。包装紙を外すと、そこにあったのはデパートで売られているような、高級感漂うチョコのお菓子だった。


「皆さんで食べてください。つまらないものですが……というのがちゃんと謙遜になるように、それなりにつまるものを選んだつもりなんですが」

「これ、もしかしてチョコ……?」

「なんだ若宮、もしかしてチョコを見るのは初めてか?」

「そんなワケねーだろ」

「お兄ちゃん、しょうもないボケは皆さんに迷惑なのでやめてください」


 しかし、石神井俺と香澄ちゃんから注意されても、いつも以上に不敵な笑みを浮かべていた。俺たちと、妹の初絡みが嬉しかったのかもしれない。


「こんな高そうなチョコいいの?」

「はい、もちろんです。と言うか、これは迷惑料と言うか……」

「迷惑料?」

「はい、むしろ安いくらいです」


 高寺の質問に恥ずかしそうに目を逸らしたのち、長い睫毛をぱたぱたとさせながら、香澄ちゃんの大きな瞳が俺たちを順番に捉えていく。


「若宮さんですよね? 兄がいつもご迷惑をおかけしてるようで」

「いえいえそんな」

「本天沼さんも、中学の頃からご迷惑をおかけしているかと」

「あ、わ、私はべつにそんな……」

「高寺さん、そして中野さん、ですよね? おふたりのことはじつは兄からほとんど聞けていないのですが、今日一緒にいるという時点でご迷惑おかけしたと思います」

「おい、妹よ。まるで数時間でも一緒にいれば、俺が迷惑をかけるかのような言い方じゃないか」


 ひどく悲しそうな顔を作って、わざとらしい口調で抗議するが、妹はそんな兄を一瞥。そして、小さく首を傾け、ため息をついてつぶやく。


「お兄ちゃん、それもしかして本気で言ってますか?」

「ああ、そうだ」

「だとしたら、私が代わりに小学校の中庭に穴を掘ってあげるので、そこに入っててください」

「妹よ、俺は穴があったら入りたいようなことをした覚えはないのだが」

「覚えはなくてもやってるんです……お兄ちゃんはいい加減、羞恥心というモノを知ってください。まさか小学校の校庭に置いてきたわけじゃないですよね?」


 兄である石神井のことを完全に迷惑物扱いしているが、話し口調が落ち着いたトーンなので攻撃性は感じない。むしろ、面倒な兄に対する親愛の情すらうかがえる。


 しかし、彼女自身はそんな感情が漏れ出ているのには気づいていないのだろう。顔に笑顔の成分はなく、本当に心から困っている感じだった。 


「香澄ちゃんはしっかりしてるんだね」


 俺がそう言うと、彼女はニッコリ、嬉しそうな顔を見せる。


「若宮さんにそう言っていただけると嬉しいです……お兄ちゃんはもう高校生なのに、私に対しておんぶにだっこに肩車なんですよ」

「おんぶにだっこに肩車?」


 ため息まじりで言った香澄ちゃんに、高寺がリズム良く聞き返す。


「はい、おんぶにだっこに肩車です。おんぶにだっこに、だけじゃ言い表せないほど兄は私に頼っているということです」

「なるほど……」

「お兄ちゃんは頭も悪くないし、不器用じゃないし、人付き合いだって上手なはずなのに、役に立たないことにしか本気にならないんです。しかも、事あるごとに私を呼びつけるんです。ほんと、困っちゃいますよね」

「なるほど……」


 非常になるほどと言うか、なるほどという言葉しか出てこなくなる、まさしくなるほどな兄妹関係である。


「いやべつに。俺自身は、べつに迷惑なんて思ってないよ」

「そうだぞ妹よ。若宮はだな、俺との絡みを心から喜んでいるんだ」

「お兄ちゃん、ダメですよ本気で受け取っちゃ。若宮さんは、初対面の私を傷つけないように気を遣ってくれてるだけなんです」

「いや、そんなはずは」

「お兄ちゃんはいい加減、想像力というモノを知ってください。まさか体育館の裏に捨ててきたわけじゃないですよね?」


 そう言うと、香澄は小さくため息をついた。


 なるほど、マイペースな部分はあるようだが、兄に比べてれば常識的で、しっかりしている子のようだ。話していても、年相応以上の知的さを感じるし。


 これには俺や高寺、本天沼さんはもちろんのこと、本日の主役である中野も納得したようで、小さく感嘆の声を漏らしているのを俺は見逃さなかった。聞き逃さなかった。


 そして、香澄は姿勢を正し、席に座り直すと。


「あの、いきなり兄から電話がきて、ここに来るようにって言われて来たんですが、どのような用件でしょうか?」


 俺たちをぐるっと見回した。


 丁寧な言葉遣いでの質問に、中野も決意を固めたように、俺たちの目を見てコクリとうなずいた。



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