99 乞うか講師か2
「まどちゃんは、その養成所では……どんなことを、してたの?」
すると、本天沼さんが高寺に尋ねる。
「んとね、週に2日レッスンがあるんだけど、結構なんでもやるんだよね。筋トレとかストレッチしてお腹から声を出す練習するだけの授業もあれば、殺陣したり、即興で演技する授業に台本を読んでキャラの心情を考える授業とか、あと落語とかもやったよ。あたし、こう見えて落語が結構得意でねえ……」
「えっと、スタジオとかって行かないの? その、思ったより基礎練が多いんだなって」
すると、本天沼さんが手を小さく上げつつ、口を挟む。俺も疑問に思ったポイントだった。
話を遮られた高寺だったが、彼女としても感じたことがある内容だったのか、むしろ嬉しそうにうなずく。
「だよね! 思うよね! やー、なにを隠そうあたしも最初はそう思ったもん」
「ずっと、スタジオにいるのかなって、思ってたくらいだったから……」
「えと、もちろんそういう授業もあるんだけど、全体の5分の1くらいかも……実際にお芝居して、マイクワークとかに慣れるみたいな」
「マイクワーク?」
「スタジオってマイクが3本か4本しかないって言ったでしょ? だからみんなで交互にマイクに入ることになるんだけど、でも他の人とぶつかっちゃいけないじゃん? そうやってぶつからないように動くことがマイクワーク」
なるほど、たしかにそれはスタジオでしか学べなさそうだ。
養成所でもそこまでスタジオに入ることがないのであれば、専門学校もそうなのかもしれない。
「声優も、役者だからね。体を使って演技できないといけないのよ」
そして、会話の主導権は中野のところへと戻っていく。
「まあその点、高寺さんは発声に関しては最初からできていたようだけど」
「あたし、中学のときソフトで大きな声出しまくってたからね。『ばっちこーいっ!』『腹から声出せーっ!!』って。へへへ」
中野の言葉に照れつつ、高寺は笑いながら声を出してみせる。軽くやったつもりのようだが、すでに声が大きく、うるさかった。
○○○
そういうワケでその日の夜、俺たちはファミレスに集まることになった。
用件はもちろん、中野の小学生向け声優体験講座について。ブレストをかねて、より詳しい話し合いをすることになったのだ。
とはいえ、学生でありながら主夫業もしている俺である。集まりまで時間を潰すなんてことをするワケもなく、一旦帰宅し、手のかかる母親用に晩飯を作ったのは想像に難くない。
今日はささみとマイタケの炊き込みご飯に、サバの塩焼き、味噌汁、茹でたブロッコリーという和なラインナップだった。充電器に立てかけたスマホでアニメを観ながら(というか音で聞きながら)、手際よく調理していく。
こうやって片手間にアニメを観ていると言うと、真にオタクな人たちから、
「そんなの邪道だ」
とか、
「作画の良さも、余すところなく噛みしめるべき」
とか言われそうだ。たしかに、そうできるならそれが一番理想的だと自分でも思うのだが、実際問題、観るべき作品が多すぎて、片手間の時間も含めないと多くの作品に触れられないと俺は思う。
世の中にはあり得ないほど、いろんなジャンルに詳しい人――たとえばそう、あの可容ちゃんみたいな――がいるけど、どうやって時間を捻出しているのか本当に謎だ。とてもじゃないけど俺より1年長く生きてるだけだと考えられないほど、膨大な量の知識を有していた。3年経った今、あのときの彼女以上に詳しくなれているかと言うと、そんなこともない気がする。
でも、である。正直、売れっ子クリエイターは大なり小なりそれに近い部分があると思う。ただでさえ忙しいはずなのに、話題のコンテンツは漏れなくチェックしていると言うかさ。パンダは一日14時食事してるって言うけど、クリエイターのコンテンツ摂取もそれに近いものがある感じ。『別冊カドカワ』とか『CINRA』のインタビューとか読む度にそう思う。その点、なろう作家って全然本読んでないんだよな。
ってのは置いといて。
1日24時間しかないはずなのに、ハーマイオニーみたいに時間経過を止めて勉強しているのか……とかありもしないこともふと思ったりするが、きっと可容ちゃんみたいに、小さな時間を積み重ねて、コンテンツ摂取時間に充てているのだと思う。
そして、そうやって日々大量の摂取を行なっているからこそ、本物のクリエイターたちは面白い、オリジナリティに満ちた作品を作ることができるはずなのだ。
(作品作りって、もしかしたら料理に似てるのかもな……)
手を動かしながら、そんなことを思う。
炊き込みごはんを作る際、俺はなるだけ多くの具材を入れることを心がけている。今日は鶏もも肉とマイタケが中心だが、貝柱やエビを入れることもあるし、マイタケだけでなく椎茸を入れることもある。そこに、ちくわ、こんにゃく、油揚げを必須の食材として投入している。
多くの食材から出る、それぞれ違った旨味が混ざり合い、美味しさへと変わる。その際、こんにゃくを茹でて灰汁を取ったり、油揚げを湯通しして不要な油分を抜くのも重要だ。特定の旨味が主張しすぎると、全体のハーモニーの邪魔をして、結果的に美味しいものにはならないからだ。
色んな旨味を混ぜつつ、それぞれが主張しすぎないように調整して、一番美味しい完成形を目指す……これは、コンテンツにも置き換えられると思うのだ。名作には色んな要素が含まれており、たとえば『ハルヒ』はSF、セカイ系、日常系、学園モノ、部活モノ、ラブコメと多様な要素を有しており、それらが絶妙なバランスで作用しあって成り立っている……とでも言えばわかりやすいだろうか?
話がなんだか壮大になってきたが。
俺は思うのである。
学問に王道なしと言うが、オタクにも王道はないと。
ひらめきと勢いがあれば、まぐれで面白い作品を作ることもできるかもしれない。
でも、そんなの続かないし、実際、話が進むにつれて急速に面白くなくなる作品なんて山ほどなる。濃い作品を作るには、多様なジャンルの蓄積と、それを適切にアウトプットする経験が命……なのではないかと俺は思っている。
小説なんか一度も書いたことがない、ただの感想書きの意見なのだが。
と、そんなことを考えていたせいで、サバが少し焦げてしまった。
○○○
「そうちゃん、どっか行くの?」
料理を終え、制服から私服に着替えていると、絵里子が自室から出てきた。目元をこすっているので、昼寝していたらしい。すでに夕方に差し掛かった場合の昼寝はなんて表現するのが日本語的には正しいんだろうか。
「あー、ちょっとファミレスに」
「ファミレス……晩ごはん作ったのに……成長期?」
「飯食いに行くワケじゃないよ。打ち合わせ的な?」
「盛り合わせ? オードブルかなんか食べるの?」
「……ものすごく寝ぼけてるってのはわかった」
「うん。眠ーい」
「あー、なんて説明すればいいのか……もう時間ないし、今度話すわ」
「え、教えてくんないのー!?」
絵里子の追求を振り切り、俺は家を出た。エレベーターを待つことなく、急いで階段をくだっていく。5階なので、地上に降り立つにはそこそこ時間がかかる。