第一話「ガラスの靴」
「楽しんでらっしゃい、シンデレラ。」
「ありがとう、魔法使いさん。」
「いいのよ、私は困っている人を見ると放っておけないだけよ。」
さあ、いってらっしゃい。と魔法使いが杖を振ると、馬車は城へと出発した。シンデレラは馬車に揺られながら、遠ざかる魔法使いの姿に何度も手を振り、お礼を言った。
シンデレラが魔法使いの力を借りて舞踏会で夢のような夜を過ごした、その数日後。王子は舞踏会で出会った女性を探しに城下町へと来ていた。その女性が残していった一足のガラスの靴を手がかりにして。
「ガラスの靴を履けた者を結婚相手にする。」そう言って、町中の若い女性の住む家をまわって行った。
そして、王子御一行はシンデレラの家にもやってきた。
「さあ、皆さん、この靴を履いてみてください。」
召使いらしき男は高価そうな装飾で飾られた小さな台の上にガラスの靴を置いた。
「あ…。」
シンデレラはそのガラスの靴を見てすぐ自分が舞踏会の日に落としたのものだと確信した。まさか…こんな事があるのだろうか。ずっと続くと思っていたこの生活に、今、光が差したのだ。ああ…神様は見ていて下さったのだ。そう、内心歓喜していた。
この家で若い女は、姉が三人とシンデレラの計四人。まず、三女と次女が履いてみる。
「何これ…すごく小さいわ。」
「こんなの入るわけないわ!」
それぞれ無理やりにでも履いてみせようとするのだが、そのガラスの靴はあまりに小さすぎて履けなかった。それもそのはず、シンデレラの足は普通の女性よりかなり小さかったのだ。それ故、シンデレラは自分の幸せな将来を確信していた。あのガラスの靴に足を入れれば苦しい生活から抜け出せる。そして何より、王子様と結婚できる。ああどんな生活なんだろう…。美味しい食事も沢山あるだろう。綺麗な服も沢山あるだろう。考えるだけで幸せだった。何より、それがもうすぐ手に入ることが。
そして、シンデレラの前に、長女がガラスの靴に足を入れる。入るわけ無いでしょ。悪いけどお姉様、幸せになるのはずっと苦労してきたこの私なのよ。シンデレラは心の中で姉を馬鹿にし、一刻も早く自分の番が来るように願った。
「おぉ!」
広い家の中に、シンデレラ以外の歓声が響いた。
「え…。」
シンデレラは自分の眼を疑った。姉の足にすっぽりとガラスの靴がはまっている。
「は…履けたわ…。」
本人である姉も驚いていた。しかし、何より驚いたのはシンデレラだった。
なぜ?
何回も同じ言葉を頭の中で繰り返す。シンデレラは姉と足の大きさが違うことは知っていた。履けるはずが、ない。靴がすりかえられた…?誰が…。シンデレラは様々な考えをめぐらせるが、答えは出ず、ただ現実だけが突きつけられた。
思いがけない事態に困惑する姉は、皆に祝福されながら、城へと向かっていった。婚約の儀式が早速行われるのだ。家族も皆、城へと向かっていく。
さて、残されたのは悲しみにくれるシンデレラ。
「どうして?私が何をしたっていうの?」
辛い毎日にさした光がすぐさまに閉ざされたのだ。悲しみの中に、暗く、強い怒りがうまれてきた。そして…。
「あいつさえいなければ…私は…今頃…。あいつさえ…。」
その、怒りの矛先は、鋭く、姉へと向けられるのであった。




