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婚約者は闇の令嬢  作者: 朽木希有
黄昏に烏の翼と対峙する
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登壇ー狩衣を纏いし者ー


首筋に立てた牙から血液を少し吸い、秦夜は倒れこんだ烏天狗の体からスッと離れる。

倒れた烏天狗は動かなくなった後、サーッと跡形もなく消えていった。


(くっ…!かなり苦いな…!)


口に含んだ液体を地面に吐き出して、秦夜は苦渋で顔を歪ませる。


(だけど"コレ"で本体を探せる…!)


例え分身であっても本体と同じであれば血液は同じ。

この血液の持ち主で最も匂いの濃い者が本体、という訳だ。


こういった探知の仕方は秦夜にとって不得手な上に本来の吸血鬼の探知の仕方であれば血液の匂いを嗅いでいくのが定石だ。

だが今回は分身体の数も多く、血液の匂いも殆ど同じ。

分身体の血液を完全に口に含んで僅かな匂いの強さを判断するしかない。


秦夜は一瞬、仮面越しの両目を閉じて辺り一帯の血の匂いを辿る。


「…!見つけた!」


バッと開眼して山林の中を一目散に走り出した。

向かってくる相手は払い除け、鉢合わせた相手は躱し、狙い通り"先程と同じ姿で最も血の匂いの濃い烏天狗"を見つけ出す。


「お前だな!」


「なっ…!?」


逃げの態勢を取ろうとしていた相手の足に向かって手甲鉤で思いっきり斬りつける。


「ぐあっ…!?」


その勢いに乗って自身の体を回転させて倒れこむ相手の背中に強烈な蹴りを食らわせた。


「…っ!」


「はぁ…はぁ…」


息を飲む気配をした後、気を失って動かなくなった相手が消えなかった様子を見て秦夜はふぅ、と大きく息を吐いた。


「よし…これでまずは一人だな」


そう小さく呟くと再び山林を駆け出す。


(まだ四、五人程個体がいたと思うから一個体ずつ対処していくしかないな…)


あと四、五回は先程と同様、苦い烏天狗の血液を口に含まないといけないことを悟って秦夜は走りながら嫌々そうに眉間に皺を寄せていた。



「はぁ…、取り敢えず把握している奴はコイツで最後か…」


秦夜は手甲鉤に付着した血を拭いながら、地面に転がって気を失っている烏天狗を見つめる。

気がついたら秦夜を囲んでいた筈のカラス達は消えて、辺りは太陽が沈んでしまって気味が悪い程静かになっていた。


(さて、ここからどうするか…)


秦夜が考察に入ろうとしたその時、仄暗い山林が騒つく風が吹き荒れ始める。


「…っ、これは…」


風が強すぎて体を平行に保てない秦夜は広場の様子が見える樹木に背を預け、風を避けつつ様子を伺う。


広場と階段はいつのまにか灯籠がゆらゆらとした光を灯され始めているので真っ暗、という訳ではないが街中の明かりに慣れている者としては少し見え辛い。

すると降りてくる筈ないと思っていた山頂へと向かう階段から人影が降りてきていた。


(うわ、マジか…。大物って言っても結構阿保なんだな…)


気配は明らかに今まで遭遇した烏天狗達より妖力も風格も大きく違うが、守りに入り易いホームでしかもあんな目立つ場所から普通に闊歩してくる異形なんてなかなかの勇者だ。


(籠城できるのなら敵の不意をついて追い払うのが定石だと思っていたんだが…)


もしかしたら何かの作戦なのかもしれない。

そう思って秦夜は気配を殺しながら警戒した。


だが、その警戒は意味がないと知るのに時間は掛からなかった。


「侵入者よ!我が部下達を倒したようだが、俺はそうはゆかぬぞ!隠れてないで出てこいっ!」


(いやぁ……)


秦夜は思わず肩をガクッと落としてしまいそうになった。


烏羽色のペストマスクで顔は完全に隠れて見えないが、肩近くまである黒髪に薄い萌黄の単と生成りの狩衣、羽根の紋様が入った黒の指貫を着用し、頭には頭襟を被っている。

声の雰囲気と体格的に若い男のように見えるが詳細は分からない。


「来いっ!何しに来たのか知らないが返り討ちにしてやる!」


マスクの所為か籠もったような感じに聞こえるが、どうやらあの烏天狗は少々暑苦しい性格を要しているのかもしれない。


(ここで不意打ち攻撃するのもアリだけど…)


本来であれば不意打ちで攻撃するのが異形の戦い方である。

だが、異形としての戦い方を知っておきながら正々堂々と構えるということはその不意打ちに対処する何かがあるということだ。

つまり逆に考えるとここで不意打ちで攻撃してしまうことこそ、相手に乗せられた攻撃という可能性が高い。


(確かに戦いっていうのは(あら)ゆる場面を想定して戦わなければいけない。そして異形の戦い方は闇に紛れた不意打ちが基本。それを逆手に取っているのだとしたらこのまま"基本"の戦い方をしたら危険かもしれない…)


秦夜は溜息を吐いた後、意を決して消していた気配を解き、山林の茂みから山の中腹の広場へと足を運んだ。


「ふんっ!お前が侵入者か」


「初めまして。早速ではありますけど、ここに"(よる)の令嬢"がいらしてませんか?」


秦夜は相対した目の前の烏天狗に臆することなく、まずは質問形式で相手の出方を伺った。

"闇の令嬢"は塞翁院の跡目の二つ名だ。

所謂コードネームや愛称みたいなもので、彼女が今までで唯一出席したお披露目の時に着いた名前らしい。

この事を知っているのは吸血鬼の一族の者とそのお披露目の時に参加していた同盟種族の烏天狗族だけ。


この場で塞翁院の名を出してもいいが、万が一にも他の異形種族が紛れ込んでいたら事態が渾沌としてしまう。


「…貴様は何者だ」


「…彼女を引き取りに参った者です」


一度、逡巡したのち秦夜はそう答える。

この答えは間違ってはないのだが、後々ここでちゃんと順序立てて話しておけば面倒なことにならなかった、と省みることになるとは今の秦夜は知る由もない。


「…悪いが、貴様なんぞに彼女を渡す気はない!」


そう言って狩衣の烏天狗はその背中に大きな翼を顕現させる。

その瞬間、また大きく風が吹き荒れて轟々と山全体が揺れる。

灯籠の光に照らされて艶めいているその黒翼はまさに烏天狗の名に相応しい姿だ。


(コレは結構骨が折れそうだな…)


秦夜はそう思いながら風で踊る自分の銀髪を掻き揚げて事構える態勢を整えた。

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