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婚約者は闇の令嬢  作者: 朽木希有
黄昏に烏の翼と対峙する
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烏羽の襲来


「はぁっ…はっ…」


秦夜は乱れた息を整えながら雄髙山の中腹で相手の出方を伺っていた。

雄髙山の中腹は広場のように円状の開けた空間でまるで何か整えられていたような場所になっていた。

一度はその場に足を踏み入れていた秦夜だったが、広場の脇の山林の木陰に身を隠し様子を伺うことにした。

わざわざ相手から見えやすい場所に立って待ち構えるなんて隠密を基本とする戦い方が多い異形には不利になるに決まっているからだ。

広場の空間は樹々に囲まれていて今しがた登ってきた階段とこれから登るであろう階段だけが存在している。


(…とは言っても相手は烏天狗。まさか堂々とあの階段を降りてくるとは限らない。一番警戒すべきは空だけど…)


雄髙山は意外と人間の住む都市部に近い場所にあるので人目に付きやすい。

昨今は朝だろうが昼だろうが夜だろうが何かしら活動している人間が多い上、携帯やらネットやらの発達した科学があるので妖力で誤魔化すのに苦労する。


(堂々と空舞う人型は降りて来ないと思うが…)


「カァ…!」


「…っ!」


急に頭上から聞こえてきた鳴き声に秦夜は思わずビクリと肩を跳ねらせる。


(なんだ、カラスか…)


一呼吸して思考を一巡させてはたと気づく。


「カラス…!?」


「カァ!カァ!!」


一羽のカラスの鳴き声に呼応するように他のカラスも耳を劈くように鳴き始め、次第に秦夜の周りを囲うように木々に止まり始めた。

そしてそれと同時に人型らしき影が秦夜の右側の茂みからこちらに向かってきていた。


「はっ!」


秦夜は抜刀して向かってきていた影の間合いに入り、左側の手甲鉤で胴部分に傷を入れてすぐさま背後に回り込み、相手の背中に蹴り込んだ。


「ぐぅ…」


動けなくなった相手は白の着物に黒の袴姿で頭の上には頭襟、顔には烏羽色のペストマスクを着用していた。


(背中に羽根はないけど、おそらく烏天狗族…)


頭上はカラスが群がって警報のような劈く鳴き声が止まない。

次第に先程動けなくした烏天狗と同じような着物に袴装束の者たちがこちらへ向かってきている。


「くっ…」


秦夜はギリっと歯痒さを感じて歯嚙みをしながら広場の外周を駆けて向かってくる、又は鉢合わせした烏天狗達を次々と薙ぎ倒していく。


(飛び道具がないから頭上にいる眷属のカラス達に牽制は出来ない。大物が出てくる前にある程度手数を減らさないと不利だ)


烏天狗達の使っている得物は刀。

間合いに入り易い秦夜の手甲鉤とそこまで相性は悪くない。


「はぁ…はぁ…」


向かってくる殺気が途切れた瞬間に秦夜は一度立ち止まって息を整えた。


向こうは侵入者を排除しようとしている。

けれども、こちらは気絶か戦意喪失程度に留めておかなければならない。


これは誠から例え塞翁院の息女を拐われていたとしても同盟種族である烏天狗に対して無闇やたらと殺すのは駄目だ、と言われたからだった。


(娘が心配じゃないのか…。いや、心配だけど問題はそれだけじゃない…ってことなのか)


それでも"今"の塞翁院家の跡目は特別な筈。


(彼女を重要視しているのは一族だけじゃない。対外関係や利害関係、敵対関係のある者なら注視するからな…)


秦夜はふぅ、と一息して再び向かってきていた殺気に対して応戦した。木の密集地帯の為、烏天狗特有の"風の力"は使ってこない。


(だけど烏天狗は妖術も使える筈…。なのに…)


そう思いながら秦夜は駆けた先にいた烏天狗を切っ先がこちらへ向かう前に手甲鉤で得物を相手の掌から弾き飛ばす。その隙を突いて今度は腹目掛けて右膝蹴りをお見舞いした。


「ぐっ…」


蹲った烏天狗を眺めながら秦夜は思わず溜息を吐いた。


「これで一体何人目なんだ…?」


先程から移動しては向かってくる者や見つけた者を手当たり次第に倒してはいるが、数が多過ぎてキリがない。

未だに鳴き止まない頭上のカラス達に目線を配ながら、秦夜はこの後の事を考えて眉間に皺を寄せた。


(このままじゃ大物が出てくる前にこっちが疲労で動けなくなる…)


そう思ってハッとする。


「…っ!まさかっ…」


秦夜は目線を下げたが、先程動けなくした筈の烏天狗は跡形もなく"消えて"いた。


「これ、妖術だな」


つまり妖術で本体と同じ者が複数人に分身していて、分身体は当たり前だけれど倒しても消えてなくなるだけ。しかもこの妖術を使っているのは一人じゃない。


「この上のカラスもその可能性あるな…」


秦夜は自分を囲むカラスを見上げながら疲労の色で苦い顔をした。


妖術の対処法は術者の妖力が枯渇するのを待つか術者本体を叩くかである。

今の時点で前者は有り得ないから後者を選ぶしかないのだが、後者だと術者本体を探知しなければならない。

しかもその本体が動かないなんて都合のいいことは無いから術者探知は結構骨の折れる行為である。


(分身体を全員相手にしてる時間はない、それならアレをやるしかないな…)


「正直…やりたくないんだけどね…」


秦夜は苦々しい顔で一言呟いて汗で少し湿った銀髪を掻き上げながら再び木々の中を走り出す。

走り出した正面に長い髪を一つ結びにした烏天狗が見えてくる。


(やっぱり…。コイツはさっきから何回か戦った奴だ)


抜刀した相手の右側に体を捻らせながら振り下ろされた刀を躱し、そのまま回転して左側の手甲鉤で斬撃、右側の手甲鉤を使って相手の得物を弾く。

そして相手が地面に倒れこんだところを更に自らの体で押さえ込んだ。


「うぅっ…」


「術を消される前に探知させて貰うぞ…!」


そう言って秦夜は倒れた烏天狗の首元に自らの牙を立てた。

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