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婚約者は闇の令嬢  作者: 朽木希有
黄昏に烏の翼と対峙する
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雄髙山と烏天狗


時刻は夕刻。

西日が赤々と燃えるように沈みかけていた。


塞翁院家直属の戦闘武装集団、鬼才の制服を身に纏った秦夜は誠の指示で五大妖家の一つ、風の属性を束ねる翼の王・烏天狗の族長家である烏観月家が居する雄髙山(おだかやま)の麓まで到着していた。


(しかし、鬼才の制服がこんなに動きにくいとは思ってなかった…)


秦夜は少し苦しげな表情で立ち襟を指で引っ張りながら首元に空気を送る。


鬼才の制服は一目見ると黒く見える深い赤で作られていて、上衣はナポレオンジャケットのような金の施しと留め具、前身頃は短め、後ろは燕尾のようになっており、ジャケットの下のベストとスラックスは同色、黒のブーツを着用しているので雰囲気はまるで軍服と燕尾服を足して割ったようだ。

布地自体は伸縮性があるのだが、上がきっちりし過ぎて思わず秦夜は上から幾つかの釦を外してしまった。


(さすがに塞翁院家で外すのは、とは思ったけど此処でなら少しくらい構わないだろ)


息苦しさから少し解放されてふぅー、と一息吐く。

だが目の前には烏天狗の総本山である雄髙山が聳え立っている。

眼前の山を見上げながら秦夜は思わず眉間に皺を寄せて僅かながら緊張を感じていた。


吸血鬼族は昔、他の五大妖家各々と交流があり、同盟を結んでいたらしいのだが現在ではその同盟も風の属性を統率している烏天狗だけとなっている。


そもそも異形の五つの属性には相剋関係もある上、性質も性状も違う種族が多いので異形という括りでの仲間意識というのは極めて難しい。

更には各属性を纏める"王"を冠する為に同属性種族間の争いも絶えない。


火の属性、焔の王なんてここ近年は安定して同じ種族になった試しがないくらいである。


(翼の王である烏天狗族とは割と良好的な関係を維持してきたと聞いていたのに…)


それなのにも関わらず地の王である吸血鬼族の長の跡目を攫うなんてことをするのだろうか。

秦夜はそう訝しみながらも山の入り口を登り始めた。


雄髙山の山道口は一見すると寺の入り口のような山門が建てられていて、烏天狗族は対人間相手に表向きは一宗派の寺院を運営していると聞いている。

この雄髙山の上には寺院に似せた屋敷が建てられていて烏天狗族の長である烏観月家とその筆頭家臣達が住んでいるらしい。

そして各地方の山々にも宗派の寺院という名目で屋敷を建てていて、烏天狗達はその守り手をしつつバラバラに居している。

烏天狗族はその寺院以外にも林業や自然保護といった山林に関わる事業を展開しており、さすがは五大妖家・翼の王、烏天狗といったところである。


因みに吸血鬼族の人間社会に対する表の生業は医療器具や製剤の開発と販売、医療法人の運営で元々は吸血鬼族特有の症状を改善する為に血液製剤を開発していたのが発端らしいが、今や対人間用にも様々な薬や医療器具を開発するに至っている。


こんな具合に異形達は各々の得意分野などで人間社会に立場を形成して古くから人間に紛れて生活をしている。

特に日の国と呼ばれるこの国では色々と紛れ込みやすい為、五大妖家などを筆頭に多くの異形種族が暮らす。


その事実を人間側で知っているのは一部の各界上層部と"五行陰陽寮"に所属している祓師達だけである。


正直なところ、人間達と異形達の間もそれなりに浅からぬ溝があってこの世界は不安定で混沌とした情勢なのだ。


(こんな中で何かが起これば一気に崩れる可能性だって考えられる…)


こんな複雑な情勢の中、しかも人間社会も大きく変化していくので異形として人間社会に紛れ込みながら生活をしていくのはかなり難しい。

その変化の波に乗りながら一族を守っていかなければならないので、ある程度は人間社会に迎合しなければならないというのが吸血鬼族、塞翁院家の考え方らしいが、一部の一族の者や他の異形の種族の中にはそれに対して批判的な者達も多い。

そういう者は今現在しか見えていない節があり、変化を嫌う。


(こればかりはどうにもならないのかもな…)


心の靄を深めていた秦夜だったが、一息吐いて集中した。

これから烏天狗と相対する可能性が高いので空気を改めたのだ。

秦夜が雄髙山の山門を潜り抜けるとバチっと火花が散ったような感覚を一瞬感じる。


「…!」


(何も無い訳ないと思っていたけど、これは結界だな…!)


秦夜は結界を振り払うように上半身を屈めて前のめり気味に山を駆け始めた。


誠から聞いた情報を整理すると、秦夜の婚約者である塞翁院家の跡目が連れ去られたのは昨晩の事。

攫った烏天狗族からその後のアプローチもなく拉致の理由を探り様子を伺っていたがこれ以上は待てないと判断した。

ただ、相手が五大妖家・翼の王であると共に同盟関係を結んでいるのであまり大事にするとそれはそれで厄介なことになる。

そこで秦夜に白羽の矢が立ったという訳だ。


実際の事実を秦夜は後々知る羽目になるのだが、今はそんな事を知る由も無い。

なので今の現状を冷静に分析していた。


(いいように使われている気もするけどね)


秦夜は山道を駆け登りながら苦笑いを含ませた。


今はそこまで大きな立場にない秦夜を出向させることで、もし"何らかの手違い"があっても切り捨て易いと判断したのかもしれない。

先程、誠と会話していて途中まではフワッとしているなと思っていたけれど、秦夜にこの任務を命じた時や暁斗を一言で黙らせた部分に厳しさを感じた。


(まあ、こんな任務くらいこなせなくて塞翁院家の令嬢と婚約なんて出来ないだろうね…)


この婚約がトントン拍子に進んでいたから上手くいきすぎて逆に疑ってかかっていたくらいだ。


(この任務を必ず遂行して自分の確立した立場が欲しい)


そんな後から恥ずかしくなる決意をした秦夜は次第に感じてくる殺気に呼応するように腰の両側に下がったポーチから手甲鉤を取り出して両手に装着し、顔を見られないよう制服のポケットから目元だけを覆う白の仮面を取り出して顔の後ろで紐を結ぶ。

土の属性種族中でもトップクラスに機動力の高い吸血鬼は殆どの者が日本刀や両手剣など接近戦に応じた得物を装備することが多い。


そんな中、秦夜は暗器に近い手甲鉤を得物として選んでいた。

刀だと取り落とした時が致命的であることに加えて自身の感覚状、手甲鉤が最も馴染みがよかったからだ。

だが不安定とはいえある程度平和な今現在、秦夜のような若者は実践には不慣れ。対敵との邂逅は今日が初めてである。


(この先、少し開けている場所がある。そこで合い構える可能性が高いか…)


秦夜は少しだけ息を乱しながら雄髙山の中腹へと向かっていった。

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