塞翁院家当主からの依頼任務
塞翁院家は初代の当主の頃から吸血鬼達を纏める立場で存在を確立されていた。
その頃、異形の世界は波乱に混乱を重ねており、人間を巻き込んだ魑魅魍魎のある戦いが行われていた。その戦いは妖達を中心に終止符を打たれ、その中で中心だった五人の異形の種族は長を筆頭にし、元々「火・水・土・風・雷」の五つに分かれていた属性に因んで、"五大妖家"を名乗るようになった。
五大妖家は自然とその属性の中で最も力のある種族が名乗るようになり、土属性・地の王は初代から今現在に至ってずっと吸血鬼が名乗り続けている。
だが、土の属性に所属している異形は5つの属性の中で最も多く内部争いも少なくない。
その上、どの異形の種族も歳月を重ねる毎にその数を減らしており、問題は多々多い。
(考えたらそんな中にも関わらずこの雰囲気はよっぽどの大物なんだろうな)
相変わらず笑顔を絶やさずチャラい雰囲気を纏ったままの誠に秦夜はもうある意味での尊敬の念を送ってしまっていた。
だが、尊敬していたとしても今日これだけとなるとかなり不安が残るので疑問に思っていたことを秦夜は問いかけることにした。
「と、ところで本日お嬢様とは顔合わせしないのでしょうか?」
「ああ!そうだった!そうだったんだけどね…」
秦夜の質問に誠は何故か少し考える仕草をした後、初めて眉を寄せて困った顔をする。
「…実は同盟を結んでいる烏天狗の族長家の所に娘は連れ去られてしまっているんだよ」
「「えっ!?」」
突然の言葉に秦夜と暁斗は同時に声を発した。
「秦夜君には"鬼才"に所属してもらうからこれを初任務としようか?」
"鬼才"とは塞翁院家直属の戦闘武装集団のことで、様々な任務をこなしているといわれている。
というのも、秦夜もその存在自体は把握していたけれど実際にどんな事をしているのかは秘密裏とされていて全容の実態を掴んでいるのは塞翁院家だけ。同じ吸血鬼族でも全く関わってない者すらいるくらいだ。
鬼才に所属する為には塞翁院家から直属の推薦が必要で、一族の中ではこの鬼才に所属することが一種のエリート的な見方をする者も多い。
今回、秦夜は婚約と同時にこの鬼才に所属することが決まっていて、それ自体は事前に連絡を受けていたのだが、初任務が婚約者奪還とは聞いていなかった。
「僕からは以上、って言ったけど撤回する」
「えっ…」
「娘を取り戻してきて欲しい。それが出来なかったら、鬼才の所属も婚約も無しにしよう」
「えっ…!」
突然の誠から提示された条件に秦夜は絶句する。
つまり婚約者を連れ戻せなかったら鬼才の所属どころか婚約も解消されてしまう、ということだ。
「誠様!一体何を…」
「暁斗は黙ってなよ」
急に冷え込んだ誠の声で威殺された暁斗は思わず口を噤む。
先程同様、相も変わらず笑顔携えている誠ではあるが空気は先程までの軽い和やかなものから一変して冷たく厳しいものになっていた。
冷えた空気に秦夜だけでなく暁斗も口を噤んでしまう。
「いくらこの婚約が宣託で選ばれたものだとしても、僕はあの子の父親だ。弱い者と結婚させるつもりはない」
「……」
「"ちょっと"気が変わったんだ。だから秦夜君が本当に娘にとって相応しいかの試練だね」
誠は変わらず薄く笑みは浮かべているが、あまりに急な展開である。
だが、どちらにしろ秦夜は塞翁院家の跡目の伴れ合いにならなければならないし、鬼才に所属することも立場上なった方がいいと考えていた。
だからこの試練を受けないという選択肢は秦夜の中ではない。
どういう状況なのかがイマイチよく分からないのが心配ではあるが、しかしこうなった以上はやるしかないだろう。
秦夜はグッと唾を飲み込んで誠に自分の意思を告げた。
「…分かりました。朝までにはお嬢様を連れてこちらに戻ります」
「宜しい。では、別室に鬼才所属の制服があるからそれに着替えておいで。着替え終えたら烏天狗族長、烏観月家の場所を教えてあげるよ」
先程までの穏やかで軽い雰囲気だった誠の厳格なまでの当主の姿に背筋をゾクッとさせながら秦夜は首肯した。
◇◇◇◇◇
屋敷の従者に連れられて秦夜が客間を出た後、暁斗は誠に責めるような声で質問した。
「どういうことです…?このような事は聞いておりませんが…」
暁斗の明らかな動揺に誠は苦笑する。
その顔は先程漂わせた厳格な空気からお茶目なものへと変わっていて、その空気感から暁斗は何となく察した。
どうやら"また"塞翁院家現当主の悪い癖が出てしまったらしい。
「フフッ…暁斗は自分の息子がこの試練をこなせないと思っているの?」
「そんなことはありません!秦夜は自慢の息子ですから!」
「じゃあそこまで心配しなくてもいいじゃない」
「そういう事ではありません!事前の打ち合わせと違うことに困惑しているんです!」
あっけらかんとした態度の主人に少々険悪に噛みついた暁斗の様子をまるで往なすように誠は笑う。
「ごめん、ごめん。でもよく考えてみてよ!このまま普通に出会っても何の面白味もなくない?」
「面白味って…。私達の子供のことですよ?面白味も何もいらないでしょう」
どうやら誠は婚約者が出会うこの機会を特別な感じにしたかったようだ。
所謂、ラブコメっぽいボーイミーツガールの展開を求めて一芝居打ったらしい。
しかし本人達の望んでいない特別感など、ありがた迷惑の何ものでもないと思うのだが、こうなった以上塞翁院家の当主の傍若無人さはもう殆どの者では止めることが出来ない。
「はあ…。知りませんよ、こんなことして…」
呆れて頭を抱える暁斗を他所に誠は楽しそうに笑った。
「人生は出会いと選択だよ。折角の若き吸血鬼達の出会いなんだ。劇的に且つ刺激的にお膳立てしてあげようと思ってねー」
「いい迷惑ですよ、周りは…」
大きな溜息を吐いた暁斗は別室に向かっていった息子を思いながら、もう一度額に手を添える。
(この初任務がただの思いつきだって知ったら秦夜はともかく、さすがにお嬢様は怒るかもな…)
この婚約者奪回作戦が塞翁院家当主の突拍子の考えで行われた余興だなんて秦夜は今はまだ知る由もなかったのだった。