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婚約者は闇の令嬢  作者: 朽木希有
春に屋敷へ誘われる
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邂逅ー塞翁院家当主ー


「では、改めまして…。こちらへどうぞ秦夜様」


「は、はい」


コンコン、とノックした後、扉を開けた瞬間に今までの心配性の父の顔だった暁斗は塞翁院家の執事の顔へと変わり、息子として話していた口調も塞翁院家の客人としての対応へと様変わりした。

その変貌に戸惑いつつも、こんな間近で父が仕事をしている様子を見ることは初めてだったので、秦夜はとても新鮮な気持ちではあったがそれと同時に少し緊張で上擦ってしまう。


暁斗に通された部屋はどうやら客間のようで、アイボリーに金地の模様が入った壁紙とオークブラウンのような落ち着いた色合いの家具が揃えられていて、部屋の各所にある鮮やかな陶器の花瓶にはやはり薔薇が生けられていた。

奥に見える窓は格子になった大きな窓で日の光が部屋に燦々と降り注ぐ。

カーテンの色はこれまた落ち着いたワインレッドで、模様は壁と同じ金色の刺繍が施されていた。


そんな客間の窓辺近くのティーテーブルとチェアーに座ってゆっくりとカップに口を付けている男性が開かれた扉に気が付いてこちらを向く。


短めに切り揃えられた金の髪に澄んだ空色の瞳、白のスタンドカラーのブラウスに黒のベストと同じ色のスラックスを着用している。


首元こそラフな感じではあるが、如何にも当主として風格のあるこの方こそ、塞翁院家の現当主で異形の種族・吸血鬼を束ね"地の王"を現在冠している男、塞翁院(まこと)だ。


「誠様、飛柳秦夜様をお連れ致しました」


暁斗がそう告げて扉を閉めると秦夜を一歩前へと行くよう促す。

執事然とした所作で秦夜を導いていた父は一歩下がってこの屋敷の立場に帰ってしまったようだった。


「お目にかかれて光栄です。飛柳秦夜と申します」


緊張で鼓動を早めつつも、秦夜は一歩前へ進んだのち自己紹介と最敬礼を行う。

思わず背中に汗が流れてしまったが、今度は何とか吃らずに済んだので秦夜は少しだけ安心した。


相手はあの塞翁院家の当主である。

緊張しない筈は無いがそれでも出来るだけ格好くらいつけたいものだと秦夜は考えていた…のだが、その張り詰めた風船のような緊張した空気を大きく割る言葉が返ってくるとは思いもしなかった。


「もー!そんな堅くならなくていいよー、秦夜君!」


「え……」


あまりの軽い物言いに秦夜は一瞬、他にもこの部屋に誰か居たのかと思わず周りを見渡した。


「暁斗もさー、堅すぎ!息子でしょー」


先程までの張り詰めた緊張感は完全に散漫してしまい、その声の正体に秦夜は唖然とした。


如何にもチャラさを感じる長音符号の頻度の多い会話をしているのがまさか"あの"塞翁院家の当主とは思いたくなくて、秦夜は思わず真顔で父に視線を向ける。

目の合った父は即座に息子の視線の意味を理解したようだが、返答に困ったのであろうすぐに視線を外してしまった。


(父さん…視線を外さないで説明して欲しい…)


(息子よ…言いたい事は何となく分かるが察してくれ…)


そんな親子の心の会話が行われていることも露知らずチャラい言葉使いで当主は嬉しそうに話を続けてくる。


「僕は嬉しいなー!こんな男前な息子ができて!娘もさー、勿論可愛いんだけどやっぱり男同士じゃないと語れない話もあるし、娘とはデリケートな会話は出来ないからねー」


「そ、そうですか…」


秦夜は唐突に始まった義理父(となるであろう方)の嬉しそうな小話を聞きながら目が点になってしまっていた。


吸血鬼族特有の金髪碧眼でしかも見た目は年若く見える為か、夜の世界のチャラい系ホストにしか見えなくなってくる。

まあ、吸血鬼なんて人間からすれば夜の世界の住人の筆頭のようなものなので強ち間違いではないかもしれないが、それが纏め役である当主と考えると気が抜けてしまう。


「あ、まだ自己紹介してなかったねー!塞翁院誠だよー、宜しくねー」


「よ、宜しくお願いします…」


「…~っ!誠様!もう少し締まりのある姿勢を見せて頂かないと困ります!」


まるで気軽に参加したクラブのようなノリで声を掛ける当主にやや押され気味になりながら秦夜は応じる。


見るに見兼ねた暁斗が執事として苦言を呈すが、当主である誠はあまり聞き入れてくれない様子だった。


「そうは言ってもねー?これから家族になるのに堅苦しいのは嫌だし…僕、普段こんなだしねー」


「義理父となるのでしたら、威厳のある態度の方が宜しいのではないですか…?」


「えー!?そんなの嫌だよー?僕は秦夜君と友達になりたいのに!」


「"家族"になるんですよね!?」


おそらくではあるがこれが日常(デフォルメ)なのだろう。

当主のボケに対して即座に反応する執事は圧巻としか言いようがないが、このままでは埒があかないと思った秦夜が割り込むように会話に入っていた。


「あの、本日はお招き頂きましてありがとうございます。詳しくは着いてからと伺っていたのですが…」


「ああ!そうだったねー!」


秦夜の言葉に誠が反応する。

今度はまるで同級生のようなノリではあるが、秦夜はこの婚約の詳細が聞けると思い、背筋を伸ばした。


「秦夜君には僕の娘と先だって婚約して貰ってー、学生を卒業後に結婚して貰うことになるからね」


「は、はい…!」


「それと娘との婚約を機に秦夜君は塞翁院家直属の部署、"鬼才(きさい)"にも所属してもらうからねー」


「わ、分かりました!」


「これから宜しくねー」


「宜しくお願いします」


秦夜が返答し、誠はニコニコしていたがそこから先の言葉が何も無い。


「………?」


少しの間、無言の時間が流れたので秦夜は頭上にクエスチョンマークを浮かべながら戸惑った。

それだけの話であれば、もう既に聞き及んでいた情報である。


「えっ…と、本日は以上…ですか?」


「うん、僕からは以上だよー」


「え~……」


秦夜は思わず気の抜けた声を発してしまった。

それもそうだろう。あの塞翁院家の当主で地の王・吸血鬼の頂点がこんなにもフワッとした感じなのはちょっとどうなのだろう、と思う。


(だけど一族から不満やら出ていても、それを捩じ伏せるだけどの力はまだこの家にはあるんだよな…)

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