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婚約者は闇の令嬢  作者: 朽木希有
宵の口から溺れる咎の足跡
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宵の口から溺れる咎の足跡1


広場でドリンクを飲み終えてのそれからは聖子がチェックを記していた店を回ることになった。


まずは雑貨店。

この店は北欧を中心に主に欧州系の雑貨店で、日常使いし易い小物からちょっとした食材も取り扱っていた。

こういった店に入ったことのなかった秦夜は勿論、深窓の令嬢だった聖子は目を輝かせて魅入られて、いいと思ったものはポンポン買い物かごに入れていった。

秦夜個人の感想としてコレ必要か?といったものもあったが結局かごに入れたものは全て買うという典型的な爆買いをしてその店を後にした。

買ったものが多かったので秦夜は聖子に提案して店から発送してもらうことにして、二人は次の目的の店に向かった。


 次は紅茶店。

どうやら聖子は嗜好品中でも特に紅茶が好きらしい。

それは今日のドリンクに然り、塞翁院邸で口にもしていたのでとても分かりやすい好みではあったが、黒髪美少女お嬢様と紅茶はあまりにも似合い過ぎて秦夜は妙な納得感を感じていた。

この店では紅茶の茶葉だけでなく紅茶に関連した雑貨やお茶菓子も置いてあったが、聖子はここでもあれやこれやと店内の物を手に取っていき、結局最終的にはかごから溢れる程の量となってしまい、ここでも買ったものを店から発送してもらうことになった。


 そして現在。

秦夜と聖子は人気のパンケーキ店に入店して早速注文をし、一息ついたところだ。

パンケーキ店は大通りから一本入ったエリアにあって、本当であれば夕暮れに近づく前に訪れる予定であったのだが、その前に訪れた店舗で思ったよりも時間を使った挙句、この店に着くまでに聖子が目に入った興味の湧いた店舗に立ち寄って道草してやっと辿り着いたのだ。


物が溢れかえった世界だが、聖子は既に家の者が用意した物の中で生活をしていたので、こうして実際に自分が手に取って買うという行為自体すら新鮮だったらしい。

秦夜は彼女が楽しいなら、と思いどの店も連れ添って入ったが、アパレル店はともかくランジェリー店に入りだした時はさすがに躊躇して店舗の入り口で目を泳がせながら待ち惚けていた。

余裕のある男ならここで一緒入って選んであげるなんて粋なことができるのだろうが、思春期男子高校生の秦夜にそんな勇気と心意気は持ち合わせていなかった。


 そんな風に振り回されてやや疲れ気味の秦夜に対して、室内なので着用していたコートを脱いだ聖子がホクホクと満足そうな様子でパンケーキを待っていた。

今まで外ばかりだったので本日初めてコートの下を垣間見るがグレーのニット地のトップスと色合いの濃いブラウンのティアードスカート姿という落ち着いた雰囲気のコーデだ。

しかしお嬢様というのにアクセサリーは両腕の赤い石が埋め込まれたアンティークのような鉄製の腕輪だけだった。


「どのお店も良かったわ!ついつい買い過ぎてしまったわね」


「然様ですか…」


秦夜は少々呆れた顔で聖子の言葉に相槌を打つ。

さっき広場で見た微笑み以上の笑顔を聖子は浮かべているが秦夜はもうこの笑顔に癒されるような単純な気持ちにはなれなかった。

女子の買い物パワーについてはパートナーのいる同級生から聞くと無しに耳にしてはいたが、実際ここまで凄いとは夢にも思っていなかった。


「秦夜さんも何か買い物されたらよかったのに…」


「お…いや、私は大丈夫ですよ。必要なものはいつもネットで買ってますから」


また“俺”と言いそうになった秦夜だったが、今度は寸前で言い直すことができた。

今の聖子と過ごす時間も増えてきて、秦夜は最初の方で感じていた緊張の糸がほぐれて言葉使いが緩くなってきている。


「ねっとで買う…っていうとパソコンとかで買うことですよね?」


「ええ。私の場合はスマホが主ですけど」


そう言いながら秦夜はスマホを取り出してネット通販のアプリを起動した。


「検索エンジンで欲しいものを入力して検索するとピックアップしてくれるんですよ」


「凄いわね…!でも、写真じゃ分かりづらくないかしら?」


「そういう場合は説明部分にサイズが記載されていますから、大体のサイズ感は分かりますよ」


「え、でも質感とかは分からないわよね?」


「分かりませんけど…でも、使えない訳ではないですから」


そんな秦夜の返答に聖子は若干引き気味で見つめる。


「…?まあ、時々一回しか使えなかったってこともありますが、大方は大丈夫ですよ」


「秦夜さんっていい具合に無頓着なのね…」


聖子は残念そうな様子で苦笑した。


「そういえば、広場での質問に秦夜さん答えて下さってないけれど、つまりはそういうことなのかしら?」


「えっと…、私が興味のあることって話でしたよね?」


先程、秦夜が答え損なった聖子からの質問内容を再確認する。

聖子はその言葉に首肯すると別方面の角度から秦夜に質問し直した。


「秦夜さんってあまりこだわりが無さそうみたいだけど、逆にそういう方ってどういうことに興味を抱くのかしら?」


「べ、別にこだわりが全くないって訳ではないんですけどね」


聖子の踏み込んできた質問にそう言って逃れようとしたが、聖子は逆に興味を持ったのかグイグイと詰め寄ってくる。


「では、どういうものにこだわりが?食…は特に興味なさげでしたし、服とかもそうですよね?秦夜さんは何か心揺さぶられるものがありますか?」


聖子の言葉に秦夜は思わずドキッとした。


今、秦夜の興味を引くもの。

それは秦夜の目の前に座っている者。

塞翁院聖子その者だからだ。


 思えば、秦夜にとって聖子という存在は本当に大きなものだった。

会った時から秦夜は強烈に聖子を意識していて、いつか彼女の側で彼女を守ることができたらと幼いながらに思っていたし、そして聖子の婚約者として選ばれて今こうして側にいることがまるで夢のようにも感じる。

そして、考えてみると聖子のこと以外で興味のある、心揺さぶられることなんて他に一つしかない。

けれどそれは秦夜にとって絶対に誰にも口に出してはいけないことだった。


「…そうですね、あるはありますよ…」


「そうなのね!一体どういうものなの?」


聖子はワクワクした様子で目を輝かせたが、反対に秦夜は少しだけ陰を差すように目を伏せて小さく笑った。

何故ならそれはさすがにこの場で聖子に正直に言う訳にはいかないからだ。


「これは…俺の願いでもあるんで、叶うまでは言わないことにしているんです」


「そうなの…」


秦夜の返答に対して聖子は少し残念そうな顔でそう口にしただけであった。

興味津々の様子だったのでもっと踏み込んでくると秦夜は構えていたのだが、案外あっさりと引き下がった印象である。

しかし、聞けなかったことで目に見える程しょげている聖子の様子を見てさすがに心苦しい秦夜は慌てたように言葉を付け足した。


「か、叶った時には教えますよ!」


「え、いいの…!?」


「あ、はい…いいですよ」


思わず口に出してしまった言葉を秦夜が取り戻すことなどもうできない。

しまった、という顔を秦夜は一瞬出すがすぐに苦笑いをして取り繕う。

そんな秦夜に気がついているのか分からないが聖子はさっきと一転して満面の笑みを浮かべている。

まるで楽しみを待つ子供のような様子の彼女を一瞥した秦夜はすっかり拍子抜けしてしまっていた。


(…仕方ない、か。確かに俺の願いが叶えば願いの内容は周知されることになるし…)


そう思いながら秦夜は溜息を吐くと共についついテーブルに肘をついて失笑気味に彼女を見つめていた。

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