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婚約者は闇の令嬢  作者: 朽木希有
春に屋敷へ誘われる
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銀の少年と屋敷前にて


吹き荒れる風が春を散らして駆け抜けていくのを感じながら少年は昔歩いたことのある馴染みの住宅街を少し早歩きで目的の場所に向かっていた。


時刻は正午過ぎ。

ちょっと大きな家が建ち並ぶ住宅街は綺麗に保たれた古い邸宅が多く、懐かしい気持ちにさせられる。目的の場所まで緩やかな坂道ではあるが、早歩きで歩く少年の息は一つ乱れることがない。

此処はそこまで人通りが多い訳ではないのだが、それでも人はいて、その人らが颯爽と歩く秦夜を見る様子はまるで異質ものを見るようだった。


人目をひく透き通る銀の髪に薄いコバルトブルーのような瞳。

昨今では技術の進歩であらゆる人種があらゆる場所で見受けられるようになっているが、そんな時代でもこの銀髪はかなり珍しい。

しかもそれが借り物でもなんでもない、自身が持つものであれば尚更。


(とは言っても、この辺りはまだ"慣れてる"感じがあるけれど)


今年、十七歳を迎えることになる彼の名前は飛柳(ひりゅう)秦夜(しんや)


(この住宅街に来たのはあの時以来…か)


秦夜は通り過ぎる人の反応を見て苦笑いしながら約九年前の出来事を思い出していた。


『姿形は関係ない、自分がどう在りたいかが大事だと思う』


まだ幼かったあの時、この言葉を秦夜にくれたのは幼かった自分とそう年齢の変わらない幼い少女だった。

秋晴れのような薄い空色の瞳と整った顔立ち。そして何より印象的だったのは黒に黒を染めたような漆黒の髪だった。

幼い少女とは思えない程美しく、自分より年下とは思えない程大人びた雰囲気を醸し出していた。


(あの時俺は七歳だったから、彼女は六歳だったってことだよな…)


懐古的な住宅街を迷うことなくズンズンと歩きながら、秦夜は思わず苦笑した。


年齢は後から知ったのだが、知らなかったとはいえ自分とそう年頃の変わらない少女に"大人びている"なんて普通感じるだろうか。

でも彼女は七歳だった自分にとってだけでなく、あの日秦夜から見て同族の誰よりもしっかりとした言葉を述べていた。

あの場にいたのは同じ頃合いの者だけだったが、"その後"の彼女の話を両親から聞けば彼女の凄さをまざまざと感じることになる。


秦夜が思わず感慨に耽りながら歩いていたら、あっという間に目的の場所に辿り着いてしまう。

懐古的で尚且つ敷地の広い住宅が広がっているこのエリアの中でも一際大きく広い邸宅。

表札には"塞翁院(さいおういん)"と掲げられていて、重厚な深い赤色の煉瓦で組まれた塀とアイアンの門、しかしそこから覗いても見えるのは建物ではなく広大な庭だ。手前に見えているのは屋敷を囲むように生い茂る森で、他にも庭園や菜園、温室もあるらしい。

秦夜が門柱にあるインターフォンを押すと少しだけ門扉から離れた。

すると門扉が自動的に開かれていく。


("同族"だけは自動的に反応する、か…)


秦夜は少しばかり苦笑いをした。

予め聞いてはいたが本当に開くとなると驚きを隠せない。

以前、幼少期に一度来た時は内外から人を呼んでいた為、この門はずっと開かれていた。あの当時もちょっと防犯の危機管理に欠けている気がするな、と正直思ったものである。


(確かどこかの家が塞翁院家は平和ボケしてしまった、なんて揶揄していたな…)


今はこの方が秦夜にとって有難いが今後、状況が変わればもしかしたらこの門扉も重くなっていくのかもしれない。

そんなことを考えながら秦夜は再びこの門を潜っていった。


秦夜が敷地内へと足を少し進めると入り口の舗装された路に黒塗りの車が一台停車していた。

その車の傍で背筋を伸ばして立っている人は青年もよく知る人物だ。


「父さん」


秦夜を迎え入れるように薄く微笑する。


「秦夜、よく来たね」


飛柳暁斗(あきと)

秦夜の父で、秦夜の目的地であるこの塞翁院家の屋敷の主人に仕えている執事を職としている。

秦夜よりも少し背が高く、秦夜とは違って金色の少し長めの髪を後ろに流すようにセットしている。

穏やかそうな薄群青の瞳はいつも秦夜を暖かく迎えてくれるが、仕事の時は冷静に物事を分析して判断を下す…らしい。

らしい、というのは秦夜にとって父はどちらかというとおっとりしたタイプでバリバリ仕事をしているイメージがまるで湧かない。

どちらかといえば母の方がバリバリ働いているイメージである。


しかし、今日の秦夜を迎えてくれた父は息子としてではなく、"塞翁院家の客人"として迎えていたようだ。

いつもの父なら秦夜と目線が合う度に穏やかな瞳を輝かせた上、顔を綻ばせながら秦夜の頭を撫でてくる。

だが、それを微笑むだけに留めているのだから一応は仕事の体裁を保っているようだ。

そう思いながら秦夜は父の元に駆け寄って近づいて、父の顔を見るなり少し幻滅した。

微笑んでいただけだった父の顔は近寄る毎に嬉しさを隠しきれなくなっていたからだ。

こんなことをあまり言いたくはないのだが、秦夜の父・暁斗は息子を溺愛している節がある。


「父さん…にやけ過ぎです」


訂正。完全にニヤニヤしていたので、仕事の体裁は保てていないようだ。


「ごめん、ごめん。ここで秦夜に会えるのを楽しみにしてたから」


そう言って暁斗は左手で頬をかいてにやけ顔をはぐらかした。

父が優しいのは今に始まった事ではないが、高校二年生に進級する息子への対応と考えると秦夜は少し恥ずかしさを感じていた。


「この度はおめでとう。塞翁院家に仕える者として、そして我が息子の晴れの日に祝福するよ」


「…ありがとう、父さん」


照れ隠しするように秦夜は瞳を閉じながら父の温かい言葉を受ける。

父の目を真っ向から受け止めるには色々と複雑過ぎて目を合わせられなかった、というのが本音ではあるが。


「さあ、屋敷に向かうよ。車に乗って」


そう促されて秦夜は用意された車へと乗り込んだ。

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