ジェロニモ・バイオレンス
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実行委員会のランチミーティングは、今後のスケジュールと、いつまでに何を決めるか……なんてことを共有して、質疑応答の後に終了した。
アタシはといえば、思い返しのぶり返しで怒りの温度上昇が止まらなくなった結果、煮えくり返ってしまった腸のマグマを抑えるのに必死で、話がまったく頭に入ってこなくて、記憶も記録もモヒカンに任せっ放しだった。
モヒカンは知り合いの他のクラスの委員と少ししゃべって、一般委員が出て行って役員と生徒会だけになるまで残っていた……当然アタシも付き合いで。
諸悪の根源たる脳筋ゴリラは、何故だか機嫌の悪さをアピールするみたいにドアを乱暴に開閉して周りをドン引きさせつつ、いの一番に談話室を出て行きやがったというのに。
そんで周りはそれがまるでアタシのせいみたいな視線を注いで来やがるんだ。
クソ!
ホント理不尽極まりない。
そのうえさらに、ジャガイモオーク野郎が去り際に殺気を放つ目で睨んできたので、その眼球を抉りだす勢いの邪眼で睨み返してやった。
去り際だったから今度もまた先に目を逸らしたのはオーク野郎。
クソが!
いらねーよ!
そんな意味のない刹那的優越感は!
柔道部め、あの脳筋クソゴリラの下僕かと思うと、坊主憎けりゃ袈裟まで切り裂く的に超絶憎い。
しかも委員長のメガネくんに『頼りにしてる』とまで言われたくせに、アタシのようなか弱い大和撫子にシリアルキラー的な視線を向けてくるとか、お前それでも武道を志す大和男子かっつの。
だからお前は礼節を重んずる柔道をやる資格なし!
以上!
Q.E.D.!
そんな感じでアタシが自己正当化証明で溜飲を下げている間に、他の委員が大方いなくなると、モヒカンは書類やなんかを片付けているメガミ様ことメガネくんにもう一回謝った。
「堂園さん、ホントサーセンした」
「いや、もういいよ。ていうかまあ……熊谷のせいなんだろ?」
「まあ……お察しの通りっす」
「ま、あの人は昔からあんなんだし、前も同じようなことあったから、三年の奴はなんとなくそういうことだろって察したと思うよ。
原はまあ……柔道部だしな。一年二年の方もそれとなくそういう風に言っとくから大丈夫。行列の方はどうせあとは2Bだけだし、来週でもいいから」
「サーセン」
「もういいって。まあ、変な出だしになっちゃったけど、とにかく体育祭まで頑張ろうな」
「ウッス。あざっした」
「稲葉さんもよろしく頼むよ」
「……っす」
理知的なメガネの委員長様に名前覚えられちまったぜ。
まあだいたいにおいて悪い印象しかないだろうけど。
その証拠にメガネくん以外は目も合わせてこねえ。
「ナバホ、行くぞ」
なんか手伝った方がいいかな……って、ちょっと思ったんだけど、モヒカンに促されて、やっぱし居心地の悪い談話室から出て教室に向かうことにした。
結局弁当食べられなかった……業間休みに食べて怒られないかな。
つーか業間休みに弁当食べるとか、かなり恥ずかしいけど、弁当残したらせっかく作ってくれたお母さんに申し訳ないじゃない?
どこで食べようかなーとか、人に見られないところってどこかあるかなー……なんてことを考えていたら、モヒカンがしょーがねーなって感じで笑って、出し抜けに意味不明なことを言い出した。
「ナバホ、あんまし気にすんなよ」
なに?
弁当食べる場所のこと?
……って違うか。
さっきの針の筵のことだな。
「別に気にしてねーし」
「そっか。ならいーけどな。それにしてもナバホ、やっぱお前、有名人な」
は?
テメーがそれ言うな。
「はあ? そりゃモヒカンだろ」
「自覚ねーな。お前、陰でバイオレンスとかジェロニモとか言われてんだぞ」
ジェロ……?
「なん……だと?」
ちょっと待て。
なんだそれ。
バイオレンスとか。
アタシはジャックか!?
デビルマ○か!?
いや、確かに態度とか表情とか尖がる時が無きにしも非ずだけどさ。
そんなナイフみたいに尖って触るものみな傷つけた覚えはない。
それにだいたいにおいて毒舌は脳内のみか、またはウナミかモヒカンにしかぶつけていないはずだ。
そりゃ眼つきは悪いと思うけどそれは生まれつきだし、たま~に納得いかないことは納得いくまで説明してもらうようなことはするけど、さっきみたいに喧嘩腰になってしまうのは年に何回かしかない。
……ま、何回かあれば多い方だという自覚はあるよ。
でもさ、それだけが理由なわけ?
それだけでバイオレンスってどうよ?
それはまだしもジェロニモってなんだ?
それが花も恥じらうシックスティーンに付ける二つ名かって話だし、いくら何でも普通の女子高生は倒した敵の頭の皮とか剥がねーよ。
綽名がナバホだから?
「クソ……ジェロニモはアパッチだろーが」
思わず呟いたアタシの一言を聞いて、モヒカンがオオクワガタを見つけた夏休みの小学生みたいな顔をした。
「プハッ! すげーな! 食いつくとこそこかよ。ハハッ、やっぱナバホサイコー!」
「うるせーな! テメーにこんな綽名をつけられたせいで妙にインディアンに詳しくなっちまったんだろーが!」
つっても『ナバホ族』についてインターネットで調べて、ついでに関連項目を見てみた程度だけど。
因みに、ラストオブモヒカンっつー小説だか映画だかのせいでモヒカン族は絶滅したと思われてるけど、実は今でも生き残ってるらしーぞ。
よかったな、モヒカン。
「フフッ、いや、でもよ、ジェロニモがアパッチとかクフッ、知らねーよ。普通は」
「うっせ。笑い過ぎだっつの。てかぜってーおかしい。アタシはモヒカンみたいに目立つことしてねーはずだ」
「ま、そういう俺のこと平気でビンタするからだろ」
「テメーのせいじゃねーか!!」
そうだ!
喧嘩が生きがいって感じの不良じゃあるまいし、バイオレンスだのジェロニモだの呼ばれるようなことはしたことない……たぶん……モヒカンへのビンタ以外は。
でもそれはモヒカンがビンタされるようなことするからだ。
ブラのホック外されたら普通ビンタするでしょ?
え? しない? ウソでしょ!?
でもまあ、なんとなく腑に落ちた。
メガネくんやジャガイモオークとか他のクラスの委員たちの冷たい反応は、遅れたからとか、遅れたくせに偉そうとか、そういうことだけではなくて、バイオレンスとかジェロニモとか、そういう暴力的レッテルを貼られたアタシに対する反感めいた感情も含まれていたのかもしれないって。
調子に乗ってんじゃねえぞ……的なね。
しかしそれにしたって思い出すだに腹が立つのはあの柔道部のジャガイモ野郎だ。
『ええ加減せいや』とか、根は小心者の乙女に凄みやがって。
てめえみたいな優しさも思いやりもないオークルックガイは一生童貞だ!!
ばーかばーか。
ブヒブヒ。
「ま、気にすんなよ。俺よかましだろ。狂犬病とかスイーパーだからな」
クソが!
お前はそれで慰めているつもりなのか!?
そっちのがなんかカッコよさげじゃねーか。
そのおかげで人気もあんだろ?
手芸部なんざ隠れモヒカンの巣窟らしいし。
アタシなんかどうだ?
ジェロニモで人気が出るか?
いや、人気が欲しいわけじゃないけどさ。
なんつーか帳尻は合わせたいじゃない。
こいつみたいにプラマイの振り幅が大きいのもどうかと思うけど。
「あんたはそれでも女子にモテてんだから補っても余りあるだろがい」
あ、しまった。
言わないでってウナミに言われてたんだったっけ。
でも手芸部のことは言ってないから大丈夫だよね。
「ハハ、ま、ちょっと悪そうなのがカッコいいって思う年頃なんだろ」
あ! こいつ!
「テメエ……モテてんのは否定しねーのか」
「そりゃお前、何人かにコクられりゃ多少は自覚するっつの」
「な」
ん……だと?
この野郎……すでにチョーシぶっこいていやがったか。
コクられる?
しかも何人にもだ?
何人だ?
クソ!
アタシなんか、こんなナイスバディにもかかわらず、男子どころかウナミ以外は女子ですらなかなか近づいても来ねーぞ。
いやホントマジで、アタシ眼つきは悪いけど脱いだらすんげーエロいんだから。
町歩いててもすれ違う男共は胸とかジロジロ見てくるし、姿鏡で自分の裸見て『やべ~、抱きて~』とか思うもん。
……いや、自意識過剰とかナルシスト的なやつじゃなくてホントに。
なのにアタシを見ると怯えた草食動物の目になんだよ、男子の奴ら。
つーかこいつ、付き合ってる彼女とかいんの?
そりゃ何人にもコクられてりゃ一人くらいいんだろ。
そんな気配一つも見せなかったくせに。
あれ? なんだこれ、この敗北感。
こんな奴に先を越された程度のことでショックを受けるとは情けねえ……。
クッソ……。
「なんだよ。急に黙んな。それよか今日中に仮装の出し物決めねーとな。なんか考えよーぜ」
「……みんなに聞かんでいいの?」
「そりゃ聞くよ。でもだいたい思いつきそうなの取られてるし、急ぎだからこっちで選択肢作って選んでもらう方が早いんじゃねーかなって」
「……メガネくん……いや堂園さん来週でもいいって言ってたじゃん」
「メガネくんってお前……いや、基本は今日中だって。俺らのせいじゃないけど、こっちのやる気も見せとかんとだろ?」
クソ!
なんかこの上から目線がムカつく。
つーかなんか鬱陶しい。
……いやいやダメだダメだ。
これに関しちゃ絶対こいつが正しい。
アタシはただムカついてて何か言い返したいだけだ。
それは分かってる。
余計なことは言わないでおこう。
うん、そうしよう。
「んだよ。黙んなって」
「うっせ! 考えてんだよ!」
あちゃ。
なにやってんのアタシ。
今のはいくら何でも必要以上に刺々しいだろ。
ほら、さすがのモヒカンも面食らってるし。
「……ああ、わーったよ。んじゃ午後の授業中お互いに考えといてホームルームでみんなに相談でいいな?」
「……わーった」
怒ったかな?
怒ったよね?
眉顰めてるし。
なんか声のトーンが低いから恐いしさ。
歩くの早くなったし。
背中からも怒りオーラ出てるし。
それに何より今のは完全にアタシが悪い。
「……モヒカン」
「……んだよ」
だから恐えって。
「……悪かったよ。イラついてた」
ああ、やだな。
こんな不貞腐れた謝り方しかできないっていうね。
それでもモヒカンは溜息一つ、やれやれしょーがねーなって感じで笑う。
……アタシにだけ見せる笑い。
「分かってんよ。いつものことだろ。気にしてねーから気にすんな」
ちくしょう……こいつは許すのも上手いんだ。
頭ポンポンとかされっと安心しちゃうしね。
つーか気安く触ってんじゃねーって話だけど。
でもなんでイラついてたのか、その時のアタシにはよく分からなかった。
分からないから、脳筋ゴリラの能天気な怠惰に振り回されている、いつもと違う自分の状況にイラついているのだと、その時はそう考えておくことにした。
読んでくださりありがとうございます。
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