ホントさっきはサーセンした!
§
モヒカンに見詰められる委員長のメガネくんは明らかに緊張していたが、またメガネのブリッジを押さえて軽く咳払いすると、落ち着いた感じで小さく頷いて、さっきの続きをモヒカンに話し始めた。
「元平君……だったよね? それじゃ言わせてもらうけど、委員会は連休前からスタートして、先週までは二日に一回、今週から毎日ランチミーティングをやっていたんだ。だけど2Bだけは一回も出てこなかった」
……、
……、
……、
なん……だと!?
思わず脳がフリーズしちまったじゃねーか!
信じられないセリフがメガネくんの口から発せられ、驚きのあまり振り返って脳筋ゴリラを見ると、サッと視線を落としてノートを見ているふりをした。
あの野郎!!
自分のミスを生徒にまんま丸投げしやがったのか!!
「担任の熊谷先生が言うには委員決めとか仮装でクラスの意見がまとまっていないということだったけどね。ま、それはともかく他のクラスは先週前半には企画書を出し切って、かちあったものはクラス間で話し合って、先週中に2B以外の行列の出し物は全部決まってたんだ。だから……ね」
あの野郎……
あの野郎!!!
あの野郎!!!!!
あの野郎!!!!!!!
周りの反応ももっともだ。
あの視線も。
あの騒つきも。
あの聞こえよがしの囁きだってそう。
――『(おいおいマジかよ)』
――『(なに言ってんだ図々しい)』
――『(なにアレ)』
ああ、ごもっとも。
アンタらが正しい。
後出しジャンケンもいいところ。
ゴネ得狙いのチンピラもいいところ。
アタシは恥知らずで厚顔無恥で傍若無人なクソモンスターペアレンツ顔負けの間抜けなクソクレーマーだった。
それもこれもあのクソ健忘症な脳筋クソゴリラのクソ怠慢のせいだと思うと、怒りのあまり身体がクソ震えて絶叫しそうになった。
(クッ……ッソが!!!!)
「――――ッ!」
この場であのゴリラを徹底的に糾弾して吊し上げてやるつもりで腰を浮かせようとした時、モヒカンの手が肩に乗った。
……いや、言い直す。
モヒカンの手が、肩をかなり強めに叩き、抑え込まれた。
その手は重くて……痛くて……有無を言わせない力がこもっていて……そしてその他のいろんな意味の言葉もこもっているような気がして……
だからモヒカンのその手はアタシを現実と正気に戻すことが出来たんだ。
で、浮かせた腰を椅子に落としたアタシの代わりにモヒカンが席を立った。
ギクリとした空気が談話室を震わせる。
モヒカンは立ったその場で俯いて、小さく鼻から溜息を吐いた後、わざとらしいと言えるほどゆっくりと委員長の隣に行き(……モヒカンが近づくとメガネくんは半歩下がった……)、そして談話室のクラス代表たちに向き直った。
何を言い出すのかと談話室が緊張する。
そんな中、モヒカンは目を閉じてスーーーッと鼻から大きく息を吸い込むと……
「サーセンッ!! したっっ!!!」
深々と頭を下げ、鼓膜がハウリングを起こすほどの大音量で謝り、数秒間頭を下げてから向き直って委員長のメガネくんに謝った。
「堂園さん、ご迷惑おかけしてサーセンした。先生とのコミュニケーションに問題がありました。俺達も今日、実行委員に決まったところで事情知りませんでした」
こいつは頑固で融通が利かない奴だけど、自分が間違っていると思った時は、嫌になるほど冷静で素直で、ついでに謝り方が上手い。
意表を突かれた談話室の面々は状況を飲み込むのに時間がかかっていたが、メガネくんが最初に我に返り、モヒカンの拘束魔法を解くようにまたメガネのブリッジを押さえて一つ咳払いをした。
「コミュニケーションの問題……ああ、うん、そういう事情か……。それはよく分かるんだけどね、でも、こっちもこういう事情だから、申し訳ないけどやっぱり仮装行列は考え直してもらわないといけない」
「はい、理解してます。今日ホームルームの時間にでもクラスでみっちり話して、明日のミーティングには新しい案をお持ちします。……センセー! それでいいッスよねー? ホームルームの時間貰いますよー? いいッスか熊谷センセー?」
立場が悪いという意識はあるのか、モヒカンに問いかけられた脳筋ゴリラはノートに視線を落としたまま、ヒラヒラと手を振った。
なんだそれ。
人として返事くらいちゃんとしろや!!
ああそうか。
テメーはゴリラだから無理か。
つーかもはやゴリラに失礼なくらいに思えてきたわ。
「それと、よければ各クラスの仮装行列のリストを分けてもらえませんか。内容がかち合うとまた遅れて迷惑かけしまうので」
「それなら熊谷先生に渡してあるんだけどね……(ハア)まあいいか、コピーある? ……ありがとう……じゃ、これ」
「あざっす。それと、みなさんにもう一度謝ります。ご迷惑おかけしてサーセンした。これから一緒に盛り上げられるように頑張りますんで、よっしくおなっしゃす!」
本当に上手く場をまとめやがる。
なんとなく空気が温まってる。
なんだこいつ案外まともでいい奴じゃねーかと。
何なら拍手が起きてもおかしくないような雰囲気だ。
……とてもじゃないけどアタシには真似できねーな。
クソ。
だってアタシたち悪くないじゃん。
あのクソゴリラの怠慢と嘘のせいでしょ。
モヒカンはこの場を上手くまとめるのと、実行委員での今後の活動のために謝ったんだろうけどさ。
無理だよ無理。
「ナバホ、お前も謝れよ」
「な……」
んだと!?
すべてはあの脳筋クソゴリラのせいだというのに、アタシに頭を下げろと?
アタシはなんも悪いことしてねーぞ!
百歩譲って謝るにしたって先ずはクソゴリラが先だろーが!
……と、そんな心の声とは裏腹に、冷静で真っ直ぐすぎるモヒカンの視線と、この場の温まった空気の流れに逆らうことなどできるはずもなく、身体は素直に正直に動いた。
ま、この場の所作については自分にも悪いところがあったって意識も少なからずあるわけでさ。
仕方がないって思いも少々。
んで、機械的に立ち上がって、頭を下げた。
誰とも視線を合わさなかった。
……いや、合わせられなかった。
「堂園さん、さっきはサーセンした。みなさんもサーセン。アタシ事情知らなくて、ホントサーセンした」
モヒカンが穏やかにした空気が、アタシが謝ることでまた冷えてしまった。
何を今さら……的な冷たい視線が制服を貫通して肌を刺す。
イライラが募る空気ってホント分かり易いよね。
呆れかえったような溜息とともに、今度は聞き取れない程度の呟き。
ジャガイモオーク(=原)辺りからは
「……チッ」
とか軽い舌打ちまで聞こえてくる始末。
こういうの針の筵っていうんだよな。
直接責められない分、精神的にきつかったりする。
まあ事情を知らずに息巻いたアタシのせいだからしょうがないんだけど。
それにしたって元を正せば全部あの傲慢怠惰な嘘つき脳筋ゴリラのせいなのに、
「おーい堂園、こいつらも反省してるし、もういいだろ」
てなことを平気で言えてしまうこのクソゴリラのことが、心の底が更に深く抉られたほどの場所から途轍もなく途方もなく憎い。
「……事情は察するよ。みんなもね、多かれ少なかれお互いに事情はあるだろ? 短い期間で協力してやっていくんだから、これからちゃんとやればよしってことで、あんまり変な方向で熱くならないように。原、三年のとりまとめとか頼りにしてるから」
おお、さすが委員長様。
あんた神様ですか。
てかチョーいい人。
脳筋ゴリラよかよっぽどセンセーらしいよ。
ホントさっきはサーセンした!
脳内でエセインテリとかメガネザルとか罵ってホントサーセンしたっ!!
そんな脳内での全力謝罪を知ってか知らずか、メガネの委員長はチラリとアタシを見て、安心するように小さく溜息を吐いて、ほんの僅か微笑んだ。
なんて心の広いお方。
ホントあんたメガネの神様だよ。
メガミ様だ。
「じゃあ続けます。今後のスケジュールについて……」
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