ヤクザが敬語を使うと逆に怖い
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その時、廊下をドスドスと近づいてくる足音がして、今にも話を切り出そうとしていたメガネ委員長はあからさまにイラッとした感じで目を閉じて小さな溜息を吐いた。
メガネ委員長の溜息が終わるのと同時に勢いよく談話室の扉が開き、能天気な空気をたっぷり纏った脳筋ゴリラが爪楊枝を口に咥えて現れた。
「いやー遅れてすまんすまん。またまた忘れとった。はっはっは」
恐らく談話室にいる全員のイラついた視線が集まったし、アタシの視線には殺意がこもっていただろう。
が、この不感症ゴリラはそれを難なく右から左へ受け流す。
「おおっと、なんだ~? はっはっは。空気悪いぞ~。どうした~堂園~」
委員長のメガネくんは、目を閉じてもう一度指でブリッジを押さえて軽い溜息を吐いただけでイライラを解消したようだった。
実行委員長になる人物というのは一味違うな……と、ちょっと感心する。
だってこっちは脳筋ゴリラの空気を読まない無神経な能天気さとあまりの無能さ加減に血液が沸騰していたから。
なにこのクソゴリラ、体育祭担当教師だったの!?
そんで自分のクラスの委員決めんの忘れてるとか、委員会の開催日時を覚えてないとか、なんだそれ。
仕事する気あんのかこいつ。
辞めてしまえ!
つーかクビになれ!!
「忘れてたって……昨日も放課後にお話ししたじゃないですか……(ハア)いえ、すいません。先生のクラス……2Bの仮装行列の内容が他のクラスと被ったので再考してもらおうと」
おいおい。
「だからなんでうちのが却下なんですか!」
「……イナバ!」
「――――ッ!!」
瞬間冷却。
一瞬で頭が冷えた。
ついでに談話室の空気も恐ろしいほどに凍り付いた。
モヒカンはホントに真面目な時とかホントにヤバい時にだけアタシを名字で呼ぶ。
そしてその『イナバ!』には『やめろ!』とか『黙っとけ!』とかのトーンが色濃く反映されていた。
クソ……分かったよ。
いや、納得はしてないけど、なんかマズい状況だってのは同意だから。
腹の中はマグマがボコボコしていたが、それを抑え込むように腕を組んで椅子に身体を沈めた。
そういうヤバめの雰囲気を野生の勘で察知したのか、脳筋ゴリラもフンと鼻を鳴らして肩を竦めながら後ろの席に向かった。
ついでに、
「ナバホ~、空気読めよ~」
などと神経を逆撫でするようなことを茶化すように小さく言いながら。
……あいつ、ホント、マジで殺してやりたい!!!
という衝動を抑えた自分を褒めてやりたい。
てか誰か褒めて。
「すいません。堂園さん、お話の続きをお願いします」
モヒカンのその一言でまた場の空気が一新されて、談話室の意識がモヒカンに集中した。
その空気が孕むのは、緊張と、期待と、恐怖。
というのも、こいつは超が付くほどの学内の有名人なのだ。
良い意味でも悪い意味でも。
悪い意味の方はケンカが原因だ。
モヒカンは一年の二学期、クラスメイトから常習的にカツアゲしていた三年生のグループともめた。
もめたというのは言葉が軽すぎかもしれない。
何があったかと言えば、カツアゲの事情を知って、金を取り返しに校舎裏に行ったモヒカンは、居合わせたその三年生の犯人グループ七人と大喧嘩になって、その内の主犯格四人を病院送りにしてしまったのだ。
だいたいにおいて、こう見えてうちの学校はそこそこ頭が良くないと入れないし(ま、と言っても『中の上』か『上の下』レベルだけど)、結構閑静な住宅街にある分、地域との関係性を大事にしてるから、生活指導も厳しくて、性質の悪い不良なんていないと評判だった。
そんな学校で発生した異質なそいつらは、授業や運動部の練習について行けなくなって落ちこぼれたドロップアウト組で、最初は単に一般生徒にちょこっとだけ粋がっている程度のみみっちい集団だったらしい。
それが繁華街でたまたま居合わせた同じ学校の生徒に百円、二百円とたかったのをきっかけに、回数を重ねて味を占めたというか、罪悪感が崩壊したというか、ともかく、だんだんその金額が大きくなっていったという。
中途半端に頭が良い分、なかなか尻尾を掴ませず、被害者も怖がって表沙汰にならなかった……という環境も手伝って、次第に悪さがエスカレートして増殖&増長したって感じだったと聞いてる。
ともあれ、四人も病院送りにしたモヒカンは本来なら退学になってもおかしくなかったが、そうはならなかった。
モヒカンは空手の有段者だけど、七対一だったし、先に手を出してきたのは相手の方で、モヒカン自身も木刀で打たれて鎖骨と頬骨を骨折していた。
つーか学校に木刀とか持って来んなって話だよね。
どうやって持ってきたか想像すると結構笑えるし。
あれ持って電車に乗ったのかな~とか、やっぱりそれは恥ずかしいから歩いて持ってきたのかな~とか。
まあとにかく、一つ間違えばモヒカンは死んでいたかもしれないし、カツアゲが原因(しかも常習的)で、他に余罪がザクザク出てきたせいで、相手の親も子供の非を全面的且つ無条件で認めた。
……という事情もあって、その三年生グループのリーダー格と木刀を振った奴が問答無用で退学。
他の五人は三か月の停学(実質的な落第確定で結局自主退学)という厳しい処分が下され、一方のモヒカンは入院中を含めた一週間の停学(実質お咎めなし)という、かなり寛大な処分になった。
モヒカンが学校創立以来の成績優秀者だったってことも寛大な処分の理由の一つだろうことは間違いない。
あ、これは良い意味の方ね。
あいつは学力学年首位の座をぶっちぎりでキープしつつ、一年の時の全国共通模試で二桁台(しかも前半)の順位を取りやがったのだ。
……クソ、なんか腹が立ってきたけど、それは置いといて、とにかくその大喧嘩で救急車とかパトカーとかまで来て警察沙汰になって、近隣でも結構な騒ぎになったので、後から入学してきた今の一年生を含め、この事件を知らない生徒はいない。
だからつまり、この学校でモヒカンを知らない生徒はいないってこと。
概ね『キレると手が付けられない危険人物』というレッテルと、『スイーパー(掃除屋)』という二つ名と共に。
そんなモヒカンが低姿勢且つ丁寧に謝ってきたので、周りの空気が緊張したのだ。
所謂、ヤクザが敬語を使うと逆に怖い……というやつ。
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