まったくもって違う
§
「ナバホ~、災難だったね~」
「ホント最悪。あの脳味噌筋肉顔面クソゴリラ。アホ面して一人でウホウホドラミングしてるだけならまだしも、このアタシに迷惑かけやがるとは身の程知らずにもほどがあるわ!」
「たはは、機嫌マックス悪いね~。かなり毒が強まってるよ~。私も手伝うからさ~」
昼になる頃にはムカつき具合もだいぶ治まったのだが、対毒浄化機能を持つウナミの前では遠慮のない愚痴毒も出る。
ウナミはアタシの毒を難なく受けきってさらりと浄化してくれる。
ホントにこの子の聖属性は半端ない。
「ったく、そもそもテメエの海馬ロストを押し付けるにしても下手に出るとか、先ず謝るとか、そういう文化的人類的礼儀が出来ない時点で類人猿だわ。いや、類人猿なら仕込めば謝れるし、それ以下か。だいたいミーティングの日時すら覚えてないって記憶力すらゴリラ以下ってことだよね」
弁当を食べながらネチネチグチグチと脳筋ゴリラの毒ネタを続けていると、とっくに食べ終わって教室を出ていたモヒカンが戻ってきて、アタシを見つけるなり小走りで近づいてきた。
それだけでよくない知らせだということが分かってしまう。
昼飯時くらい平穏に過ごさせてほしいもんだが。
「ナバホ」
「なに? ちょっと今、機嫌悪いんだけど」
「怖えーな。てか違う。やべーぞ、委員会、今日、談話室でランチミーティングだったみてー。すぐ行かねーと」
な……
「……んだと!? クソが! どんだけだよあの脳筋ゴリラ! ごめんマイハニー(=ウナミ)、行ってくる」
「委員会で毒吐いちゃダメだよ~」
さすがのアタシも生徒会をはじめとする諸先輩の面々や体育祭担当教師が鎮座する場では貝のように大人しくしているくらいのTPOは弁えている。
というか浄化能力を持つウナミか抗体を持つモヒカン以外に毒は吐いてない。
……と思う……たぶん……きっと。
食べかけの弁当を持ち、心ならずもモヒカンと並んで速足で談話室に向かう。
「悪りーな。業間に確認しときゃ良かった。俺のミスだわ」
「……モヒカンは謝んなくていいだろ。悪いの全部あの怠慢脳筋クソゴリラだし」
「ハハ、毒強えーな。とりあえず仮装行列は全国ゆるキャラ大集合的なやつとか業間にテキトーに書いといたけどいいよな? ありがちだけど、一応、洋平(=志村)にはさっき了解もらっといた」
こいつ、そつがねえ。
そうだ。
こいつは運動神経がよくて、頭もよくて、要領もいい……ついでに家柄もよく、おまけに最近モテ期が来ている……という神に愛された男だった。
そして全国屈指の進学校にも行けると言われていたのに、わざわざランクの劣るこんな『中の上』程度(※注:この学校の生徒は『上の下』と言い張る奴が多い)の何の特色もない平凡な公立高校に入って神と教師と両親を裏切った男。
ホント、モヒカンの志望校が判明した時は結構な騒ぎになったもんだ。
理由は頑として言わないし、どんな説得も受け付けず、だから誰も理由を知ることなく、モヒカンも考えを曲げることなく、今に至る。
手頃な高校で学園支配を企むダークヒーローでも目指してんのか?……って疑うくらい意味不明だ。
しかしまあ、だからこそこういう役回りの時には使える奴ということ。
アタシの下僕としてせっせと働くがいい。
「いいっしょ。脳筋が後で直せるって言ってたし」
「だな」
……だが、アタシたちはまだ脳筋ゴリラの真の恐ろしさを分かっていなかった。
§
「失礼します。すいません。2B、遅れました」
モヒカンが言いながら二人して談話室に入ると、室内の視線が一斉にアタシたちに向けられた。
談話室といっても普通の教室だ。
机も特にカタカナのロの字になっているわけでもなく、何ならこのまま普通に授業でも受けられるって感じ。
全学年二十四クラスの代表四十八名プラス生徒会でギュウギュウ詰め。
そのほとんどすべての視線がアタシたちに集中したのだ。
遅刻したし、途中入場だから見られるのは当たり前……だけど朝の教室の冷たい緊張と似ているようでちょっと違う異質な視線……非難の色が強いのはどうして?
まあ、遅れたわけだから、非難も当然と言えば当然だろうけど、あからさまな苛立ち……というか呆れ嘲る感じの、場違い感をぶつけてくるような視線には戸惑うしかない。
「空いてるところに座って下さい」
と言う実行委員長らしきメガネくん(たしか陸上部の堂園先輩)の声音も心なしか突き放すような感じで冷たい。
そしてだいたいにおいて空いてる席というのは座りたくない中央最前列。
痛い沈黙と視線の波を掻き分けて、どうにかこうにか席に着く。
やたらと椅子と背中がピリピリ冷たい気がするのはどうしてだろう。
いつも通りじゃない。
まったくもって違う。
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