いつも通りじゃない
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「センセー、俺やりますよ。ナバホ捌けんの他にいないっしょ」
モヒカンが座ったまま手を上げて発言すると、途端、男子どもから音にならない安堵の吐息と乾いた笑いが漏れる。
てめえら……やっぱりか……。
つーかそんなことよりモヒカンだ!
てめえ!
まるでアタシが扱い辛い暴れ馬か小骨の多い魚みたいな言い方しやがって!!
……と、口を衝いて出そうになるのをグッと堪えた。
だって、そんなふうに朝から爆発してクラスの雰囲気を壊すってのもどうかと思うし、いやだいやだと喚くだけだと小さな子供と変わらないでしょ。
ま、その代わりにモヒカンを石化させる勢いで歯を剥き出して睨み付けたんだけど。
周りのクスクス笑いがイライラを助長して、その耳障りなノイズを黙らせるようにそのまま視線を巡らせると、アタシが朝、教室に入る時みたいな冷たい緊張が走って笑いも静まる。
メデューサ効果成功。
まあ、バジリスクでもコカトリスでもいいけど、クラスメイトの習性を逆手に取った見事な攻撃でしょ。
石化耐性があるウナミと目が合うと、(災難だねえ、でも落ち着いて~)という苦笑を向けてくれる……ホントにこの子マジ天使。
「おーモヒカンか。そりゃ丁度いい。じゃ決まりな。ナバホー、今日も朝から眼つき悪いぞー」
その一言がみんなの石化を一瞬で解除して、ドッという効果音が似合うくらいに教室が笑い声に埋まる。
なにが丁度いいのやら分からんし、三白眼という人の身体的特徴を論う最低の冗談が何でウケているのかも分からんが、とりあえずやたらご満悦そうにしている脳筋ゴリラが憎い。
そういう憎悪にも軽蔑にも無頓着なこの担任は満面の笑みを浮かべつつ、この場の雰囲気に乗っかって、とんでもない自分の罪をカミングアウトした。
「いやーホントは連休前に決めとかにゃいかんかったんだけどな。忘れとった。はっはっは。定期的にミーティングがあるからそれまでに仮装行列の出し物決めといてくれ。これ企画書な。修正は効くから、ま、適当に考えとくように」
おい!
おいおいおい!!
はっはっはーじゃねーよ!!
体操服忘れた生徒には烈火のごとく怒ってパンツ一丁でグラウンドを走らせるくせに(※注:無論男子限定)、お前の怠慢と脳内ロストはこれで許されるのかよ!?
自分に甘く他人にゃ厳しい典型的な自己中野郎が!
一言くらい謝れや!
謝っても許さねーけどな!!
謝罪も自省も出来ない野郎はいつまでも成長できないクソガキだ!!
そんなお子様なテメエのクソチョンボで選ばれたこっちのやる気はマリアナ海溝よりも深くマイナスだわ!
だいたい体育祭に仮装行列ってなんなのって話だ。
そういうのは普通、文化祭でやるもんだろ?
仮装なんてまったく体育と関係ないし。
なんでこの高校は体育祭でそんなことやらせんのか意味不明。
しかも文化祭でもまた仮装行列があったりするってなんだそれ?
二度手間過ぎるし理解に苦しむっていうか理解不能なうえに輪をかけて意味不明。
どんだけコスプレ好きかって話だ。
教師も生徒会も単にお祭り好きで脳味噌お花畑すぎるってことだろーな。
付き合わされるこっちの身にもなってみろってんだ。
まったくやれやれだぜ。
「委員会の定例って何曜の何時からすか?」
「んー、どうだったかな? なんか聞いた気もするな~……う~ん、今すぐは分からんわ。ま、やるにしても放課後だろ? 普通は」
自己中なうえにテキトーか!!
そして思い出すつもりも調べるつもりもない無気力と無責任。
それじゃいつまでに仮装内容を決めればいいかも分からんだろうが!!
「マジすか! このセンセーはしょーがねーな。昼休みにでも他のクラスの奴に聞いときますよ」
「おお、頼むわ、任せた」
おいモヒカン、妙にやる気で落ち着いてるじゃねえか。
それくらいこの怠慢ゴリラに調べさせろ。
それに周りの助けを引き出すには、
『あ~んもうやだ~。急に決まっちゃってどーしよ~』
……とかいう、わざとらしくも可愛らしいアタフタドジっ子系の方が有効だろ?
お前は無闇にスペックとパフォーマンスが高いんだから、アタシのレベルに合わせろや。
でもまあ、アタシが可愛い子ぶってもドン引きされるだけだろうし、モヒカンが主体的に動いてくれるなら失敗も心配もないからいいんだけどさ。
それにしたって、このいい加減でチャランポランなスチャラカゴリラにまともな仕事の一つもやらせんと気が済まんだろーが。
だって出来ないとやらないは全然違うだろ?
いっぱしの社会人気取ってんなら、ちっとくらい仕事に献身を捧げる姿勢ってやつを身に着けてもらわんと到底納得できない。
こいつの給料の元になってる授業料や税金を払ってるのは誰だっつー話だ。
ま、アタシじゃなくて親だけど。
だいたいこういう現代社会が生んだモンスター教師を雇ったまま放置してる教頭や校長や教育委員会も頭がどうかしている。
それを看過している国も国だ。
お前ら全員、駆逐してやる!!
……と、盛大に脳内毒花火を打ち上げているにもかかわらず、体育祭の話はハイこれまで、という感じでさっさとホームルームを終了させて、とっとと教室から出て行った脳筋ゴリラにマジムカついたまま授業を受けたせいで、血圧同様シャーペンの筆圧も高く、何度も芯を折って、そのせいでますますムカついた。
いつも通りじゃない。
まったくいつも通りじゃない。
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