てめえそれ考える前から決めてただろ!
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ウナミは席が離れているし独自のお付き合いもあるので、朝のホームルームが始まるまでは瞑想の時間。
頬杖をついて目を閉じると、聞きたくもない雑音がやたらと耳を突いてくる。
「モヒカン、ま~たナバホ族にやられたん? 顔チョー真っ赤じゃん」
チャラオカ(チャラいバスケ部の平岡)……朝から鬱陶しい奴……つーか族とか言ってんじゃねーよ。
アタシはアメリカ先住民族でもねーし、群れるのが習性のバイク好きの不良でもねーよ。
だいたいその言い方だとアタシが一方的にモヒカンをいじめてるみてーじゃねーか。
結果には原因とか過程とかがあるだろ。
純情可憐な処女たるアタシが辱められたから、その天罰としてビンタという神の怒りの鉄槌が振り下ろされたってだけだろーが。
つまり因果応報ってやつだ。
だから悪いのはモヒカン。
はい論破。
「っせーな。族とか言うな。いいんだよ。挨拶代わりみてーなもんだし」
おいおい、挨拶代わりにブラのホック外すとか、モヒカン、お前どんだけ変態だ。
触っても背中ならギリセーフとか、服の上からだから大丈夫~とか思ってんじゃねーだろーな。
女性蔑視とかハラスメントとかに異常に厳しく反応する現代社会では確実に吊し上げ対象だかんなそれ。
なんならいっそフロントホックにしてやろうか?
あ、これナイスアイデアかも。
後でメモっとこ。
「よくやんよ~。おめーらホント仲いーよな~」
は?
どこが?
別に良くねーよ。
ってかムカつくからアタシに聞こえる位置でそういう話すんのやめろ。
「まあな。腐れ縁だし」
おいこらモヒカン、アタシとお前がいつ仲良くなったんだよ。
アタシは瞑想中で否定できないんだからお前が否定しろ。
それに腐れるほどの縁もねーだろーが。
……いや待てよ、『元町のちょっとした奇跡』の十五年連続同じクラス確定だから縁はあるし、長いぶん腐ってもいるか。
じゃあせっかくなら腐ったついでにちゃんと千切れて分解されて、きれいさっぱりなくなってくれてもいいんだけど。
……と、色々諸々言いたいのを我慢して苦行が如き瞑想(=寝たふり)を続けるんだけど、まあこれもだいたいいつも通りであることに変わりはない。
それぞれがぞれぞれのグループなりコミュニティなりの挨拶やら挨拶代わりの会話やらで忙しく、教室の中は演奏前のオーケストラよろしく不規則なノイズで溢れ、それがやがて指揮者としては粗野で巨体過ぎる担任教師の登壇で急速に小さくなっていく。
瞑想の影響か、本気の眠気に襲われて、ホームルーム中に頬杖をついてうつらうつらと舟を漕いでいると、何やら聞こえる「体育祭」の単語。
そういやあと一か月くらいだっけ。
この学校の体育祭は何故か梅雨入り間近の六月中旬に実施される。
暑いしジメるし、なんでわざわざそんな時期にやるのか理解に苦しむ。
あわよくば雨天中止にでもなってほしいものだが、創立以来の伝統にもかかわらず、四十年間、奇跡的に中止になったことは一度もないという。
「……つーわけで実行委員を決めんといかんのだがお前らに任せてもどうせ決まらんだろ? だから俺が決めてやる。よし、今日は五月十七日か……ごとお……後藤……いねーな……ごとな、とおしち、としち、いが……いそ?」
熊谷というこの担任は柔道部顧問の『鬼熊』と呼ばれるゴリラのような巨漢教師。
(まあ、どちらかと言えば熊よりゴリラに近い……身体も顔も)
このゴリラは中学高校大学で体育会武道系という専制君主制か独裁政権下で育った脳みそ筋肉野郎なので民主主義の原則を知らない。
大抵は凍るほどくっだらないオヤジギャグ的な日付の語呂合わせでこういう面倒な委員を決めたりする。
ちなみに、クラスの委員長もこうやって決めた。
四(し)月八(よう)日だから志(し)村洋(よう)平。
強引すぎるしダジャレにもなっていない……もはや『鬼熊』じゃなく『エニグマ』だ。
志村、ご愁傷さま。
「いがな……いそなな……いなな……おっ、稲葉! はい、まず一人決定!」
「は?」
なん……だと?
決定! じゃねーよ!
委員長(=志村)以上に全然ダジャレになってねーじゃねーか!
てめえそれ考える前から決めてただろ!
梅干し程度の脳みそしかないゴリラが姑息に無い頭使ってんじゃねえ!!
……と言いたいけれど、この担任にはそういう文句を言い出せない威圧感と、何を言っても無駄というATフィールドがあるので、不機嫌そうに殺意を込めて睨みつけ、無言の抗議を試みる。
ついでに言えば、このゴリラは機嫌が悪くなると誰彼構わず当たり散らすので、こいつを怒らせた奴が周りから恨まれる……だから何も言えない……というシステムが出来上がっているのだ。
「じゃあ次は男子な……いな……いしち……しんいち? いねーな。じゅうしち……じうな……」
クソが!
やっぱりこのゴリラには純粋無垢なJKのメンチなど全く効果がない。
人の気分を害すということに遠慮も呵責もなく気にも留めない人種というのは本当に羨ましい。
アタシなんか気ぃ使い過ぎでウナミとモヒカン以外に話しかけることのできない内気な少女だっつーのに。
ついでにウナミとモヒカン以外の奴らも内気なのか、アタシに気を遣って話しかけてこないけど。
しかしそれにしてもなんなんだ?
この男子どもの内気どころじゃない怯えた感じは?
チワワかお前ら。
真似しても可愛くねーからやめろ。
こいつらの戦々恐々とした感じは体育祭実行委員をやりたくないという理由だけではないような気がする。
もしアタシと組むのが嫌だからとかいう理由で怯えてんなら、それってほぼイジメだかんね。
ぐすん。
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