(最終話)いつも通りのいつもの通り
最終話となります。
ここまでお付き合いいただいた方、本当にありがとうございます。
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こうしてアタシのいつも通りじゃない長い長い一日は終わったんだけど、それからはもう毎日がいつも通りじゃなくなってしまった。
それは脳筋ゴリラをノックアウトしたという噂……もとい事実が広まって、ジェロニモの二つ名が本格的に定着し始めたということもあるし、それでモヒカンと同レベルの学内の有名人になってしまったということもある。
(誰が事実を吹聴したかって話じゃなく、翌日も休まずに出てきた脳筋ゴリラの変形&変色した顔の惨状が、流れ始めた噂が事実であることを裏付け、それで爆発的に拡散したのだ)
たぶんそのせいで体育祭実行委員の面々のアタシに対する態度が明らかに丁寧で且つ随分と遜ったものになったというようなこともある。
メガネくんは笑顔がちょっと引き攣ってたし、アタシを睨んでいた柔道部のジャガイモオーク(=原先輩)ですら、まったく似合わない、返って怖いレベルの笑顔で妙に優しかったり。
怒らせると何をするか分からない……的な、ちょっと怯え過ぎじゃないかって雰囲気は甚だ遺憾ではあるけれど、アンタらの気持ちもよく分かる。
なにしろ我が校随一の武闘派である柔道部の「鬼熊」をノックアウトした上に顔面を変形させたわけだから、まあ、しゃーない。
それと朝、教室に入るとクラスメイトに挨拶されるようになったなんていうこともある。
そんでウナミつながりで女子トークというかガールズトーク? ってやつにたまに参加するようになったりとか。
それでちょっとショックだったのが、なんかアタシ不良っぽく(つーかリアルガチヤンキーに)見られてたらしくて、ケンカとか援交とか万引きとかやりまくって バックに龍神会とかついてるみたいに思われてたってことが分かった。
ちょっと……というか、実はかなりショックだったんだけど、体育祭実行委員達の異常な怯え方も、その噂の影響が少なくないんだろうな~と妙に納得したりもした。
ウナミはそういう話が出る都度、必死に否定してくれてたみたいだけど、払拭されるには至らなかったらしい。
ま、直接話すようになって多少は払拭できたかな、とは思う。
あとは一年の女子からマジ告白されたりとか、その流れでアタシのファンクラブが出来たりとか。
(『ジェロお姉様』だけはヤメロ、ときつく言い渡してある)
チャラオカがやたらと話しかけてくるようになったりだとか。
体育祭で本当に頭のてっぺんを剃ってきたシスコ(=小野寺)の綽名が「ザビエル」にシフトしかけているとか。
ついでに、脳筋ゴリラがメモを取るようになった……なんてこととかね。
まあそんな、いろいろなことはあるけれど、でもそういうのはたぶん、一過性だったり、いずれいつも通りという枠組みの中に埋もれるか組み込まれていくものなんだと思う。
アタシの立ち位置だったり、クラスのみんなとの関係や脳筋ゴリラとの関係だったり、ウナミとの関係だって、もっと言えばモヒカンとの関係ですら、何かが大きく変わったわけではなく、もういつも通りになりつつあると思うんだ。
そもそもアタシ自身の毒が減ったとかいうことがないもんね。
ホント、世の中には腹の立つことが多すぎて困る。
じゃあ、何がいつも通りじゃなくなったのかって?
なんというかほら、何が変わったってわけでもないのに、何故かいつも見えていなかったものが見えてきたりするんだよね。
今まで感じていなかったことを感じるようになったというか。
いつも通りのいつもの通りがまるで見たことのない景色に見えたり。
街路樹の葉っぱの緑が色鮮やかに映ったり。
頬を擽る風に優しさを感じたり。
空がやけに青く見えたり。
お母さんのご飯がいつも以上に美味しく感じられたりとか。
自分が妙に可愛く見えたりなんてのもあるね。
(ハイ、笑いたければ笑え)
いつも通りがいつも通りじゃない。
今日が昨日とちょっと違う。
違うってことにドキドキしてる。
そんな風に感じるっていう、そっちの方が大きな変化なのかなって。
上手く言えないんだけどさ。
少しだけ自分がこれでいいって思えるようになったっていうかね。
変わるってのも存外悪くはないかな……と。
つまりそういうこと。
まあともかくも、そしてまた、今日も懲りずに相変わらず、いつも通りのいつもの通り。
モヒカンがブラのホックを外しに来て、アタシはモヒカンにビンタする。
左手でビンタするのも慣れてきた。
うん! 今日のビンタも絶好調!
了
最後まで読んでくださりありがとうございます。
次回作の糧にしたく、よろしければ評価や感想などいただければ幸甚に存じます。




