ナバホとモヒカン
§
ぶッ殺す宣言して、胸ぐらを掴むとか、ビンタの代わりに思っきし頭突きを喰らわすとか、そんでお互いに頭抱えて蹲るとかいう、いつもと違うような、でも同じようなやり取りを経て、何とか復活した後、恥ずかしいから周りにはバレるまで黙っとこうとか、今から一緒に病院に行こうとか、今日の夜LINEするとか、メールもするとか、番号とかメアドとか交換しつつ約束した。
なんかもっとずっとしゃべっていたい気分だったけど、委員長(=志村)とかチャラオカを待たせているかもしれないからと無人の教室を出た。
なんかフワフワしたお花畑みたいな廊下を踏みしめて、二人でテレテレしながらクラスに戻ると、驚いたことに全員が残っていて、教室に入ってきたアタシとモヒカンに視線が集中した。
その視線の意味するものは驚きでもあり戸惑いでもあり、正直よく分からなかったけれど、でも朝いつもアタシが教室のドアを開けた時に感じる例のアレ的な冷たい緊張感ではなかった。
「あ……の」
「おう、やっと帰って来たか」
遅れてごめん、と謝ろうとしたら、脳筋ゴリラが第一声を奪っていった。
「さっきは悪かったな。ずいぶん遅かったじゃねぇか。どこでイチャついてたんだ? モヒカンがナバホの肩抱いて出てくから怪しい~なんて話しててよ。はっはっは。な? な? な?」
はっはっはーじゃねーよ!
この体育会系脳筋野郎は身体だけは頑丈だな!
復活してるしピンピンしてるし心配して損したわ!
というか能天気で頭空っぽで悪気のないクソバカな奴ほど無闇に勘が鋭くて核心を突いてくるもんだな!
余計なお世話だし、無神経にもほどがあるし、そもそもアンタには関係ねーだろ!
……と言いたいが、恥ずかしくて何も言えねえ。
ということでモヒカン頼む。
やべー。
顔が熱い。
心臓バクバク。
これは人様に見せられん。
つーかおい、モヒカン、どうした!?
「!!!」
なん……だと!?
モヒカン……お……お前……
顔真っ赤で斜め下向いて口許手で隠してる……って、超テンプレテレテレか!!
それじゃ肯定してるようなもんだろーが!!
つーかアタシもだ!!
いつの間にか左右対称で同じカッコしてたっつーね!
やっべ!!
「おい……お前ら……なんだその反応」
うるせえ!
脳筋おしゃべりクソゴリラは少し黙ってろ!!
「おっほ~♪ やっべ♪ 二人とも顔チョー真っ赤じゃ~ん♪」
お調子者のチャラオカの一言をきっかけに教室が俄かに活気づいてくる。
「おおおおおおーーーーーっ」
という感嘆の重低音の後に、お決まりの
「ヒューヒュー」
「キャーキャー」
という冷やかしの高音が徐々に大きくなっていく。
「ええええ??」
「マジ? マジ?」
「ヤバいヤバい」
「ウソウソウソウソ」
などという外野特有の他人事で無責任な声がリズムを刻む。
やめろ!
オーケストラか! てめえら!!
しかし残念なことに、いつもなら通じる邪眼・メデューサ効果も全く発揮されない。
巡らせた視線の先でウナミと目が合った。
ああっ! ウナミ・ザ・マイエンジェル! 聖母が如き満面の笑顔で
「おめでとう~」
とか拍手して祝福するのやめて!
「ややややめてやめて! そんなんじゃないし! ちょっと治療に時間かかっただけだし! ほらほら右手! ホータイ! ホータイ! ホータイ!」
クソ。
ダメだ。
ちっとも収まらねえ。
「きゃ~、なんか可愛い~」
とか、ふざっっっけんな!!
このビッチJKども!!
クソ! クソ! クソ!
今のこいつらにアタシが何を言ってもダメだ。
――ならモヒカンだろ。
お前がいつも通りのド鋭さで切り抜けろ。
……とアイコンタクトを送ると、既にテレテレモードから我に返っていたモヒカンから即座にラジャーの意味のアイコンタクトが帰ってくる。
さすが察しが早い、一を聞いて十を知る男。
アタシに惚れただけのことはあるぜ、モヒカン。
心の中でサムズアップしてやる。
それが通じたのか、いつものしょーがねーなって感じの笑顔が出た。
「んっ! んんっ! んっ! なんだなんだお前ら。まあまあ、いいからいいから、落ち着け落ち着け。どうしたどうした? ん? なに? 俺とナバホが? ハハッ、おいおい、あのなあ」
モヒカンが咳払いすると、みんなの演奏が静まって、こっちに注目したのを見計らって話し始めた。
やはりこいつはこういうのが上手い。
そうだ。
言ってやれ言ってやれ。
って……おい。
肩抱くとかなんだモヒカン。
今、こういう流れじゃないし、そもそもいきなり馴れ馴れしいだろ。
つーかおい、なんだこれ、離せや。
みんな見てんだろーが。
眉を顰めて見ると、モヒカンはアタシを見下ろしてニヤッと悪戯っぽく笑い、みんなに向き直って言い放った。
「言っただろ? ナバホ捌けんのは俺だけだって」
一瞬の沈黙。
みんな何かを咀嚼できないって顔。
次いで
「オオオオオオオーーーーー!!!!!!」
という、演者のテンション急上昇なオーケストラのクライマックスよろしく、一段と大きな歓声が沸き上がった。
アタシの顔面温度も急上昇。
ついでに腹のマグマも急上昇。
「モヒカン! てめえ! ガハッ!!」
痛え!!!
「あー……また右手って……ホント馬鹿か」
くっ……こいつめ。
「……黙れ……殺すぞ……つーか死ね……」
読んでくださりありがとうございます。
続きもよろしくお願いします。